4話 予選3戦目
『
少女は校舎裏で呆然と立ち尽くしていた.突風が吹いて少女はよろけ,抵抗するのも面倒なので目を閉じて身を任せた.
少女は何者かに支えられる.背中がその人にぶつかったときに,周囲に匂いがふわっと広がる.
少女は目を開けて後ろを見る.銀髪の女性が体で受け止めて支えていた.
「大丈夫?」
「…平気.…ありがと」
「私はソフォラ・レア・ブレストウッド.辺端 香捕,あなたをゲームに招待しに来た」
「ゲーム?」
「そう,好きなように表現できるゲーム.あなたは…」
「面白そうね,ぜひ参加させて」
ソフォラを遮るようにカホは参加表明をする.
「…分かった.エントリーするね.ゲームの説明をさせてもらうわ」
ソフォラはカホをゲームに参加させて,説明をした.
』
キヨシは廊下を歩いているとマヤを見つけ,声をかける.
「やあ松来さん,聞きたいことがあるんだ.これから時間ある?」
「いいけど…,どこで?」
「あの橋の上ら辺でいいんじゃないか?」
2人は目の前にある,校舎と校舎の間の橋に移動する.
「それで聞きたいことって?」
「たいしたことじゃないんだ.昨日は忘れてたんだけど,どんな本を読んでいるのかなって」
「色々….電磁気学とか熱力学とか,鳥の図鑑や町の写真みたいな写真ばかりのものも.気になって調べてくなったことか,本棚見て面白そうだと思ったものを読むよ」
「あれ?理系クラス?」
「ううん,文系.授業に関係ない本ばかり読む.強制されないから好きに読める」
「なるほどね.俺も強制されるのは嫌いだな」
「それもあるけど,授業はつまらないからその学問もつまらなく感じる.小学生の頃なら,色々と面白い授業と本があったのに,中高はつまらない.中高生向けの問題集と教科書以外の学問の本見たことある?」
「いや,無いな.本屋を隅から隅まで探せば見つかるかもしれないが」
「図書室には,問題集じゃない勉強できる本があるんだよ.入門や実例を扱って説明する本もあるから敷居は低いよ」
「授業つまらないよな,ずっと話を聞いているだけ.それも授業によっては指名するから,気を抜かずに聞いてなきゃいけない.気を張りすぎて疲れて寝てしまうんだけどね」
「あはは,あるある」
「予習すればちょっと聞き逃しても平気なんだから指名なんて止めればいいのに」
「予習…?隣東苑くんは予習してるの?」
「え?してるけど…変だったか?」
「ううん,立派だね.私は宿題やったらもうやる気が起きなくて」
「宿題やってるのか,立派だな.いつも友達に写させてもらってる」
「…??」
マヤは大混乱しているようだった.
「何で予習するの?復習の方が大事で,しなくてもいいって先生に言われなかった?」
「そういう人も居るだろうが,俺は予習の方がいい.初めて習うことは自分のペースの方が楽だし,授業で常に聞き逃さないように気を張らなくてもいいので楽だから」
「…それで成績は?」
「前回は理系で8位だった」
「えっ…」
マヤの表情や態度が変わり,キヨシに沸いていた親近感が失せていくようだった.
「あっ…ちょっと,上の人だった….ごめんね,学校や教育に文句を言うから,成績悪いのかと思っていて…」
「謝らないでくれ.良くても悪くても文句を言ってもいいだろ?」
「うん,そうだね….でも,言葉の価値が違うよ…」
「そうかな?文句いいつつも成績がよければ教育は正しかったって見えてしまうんじゃないか?そう思われるのは癪だが,10位に入れば親に余計な口出しされない約束だから」
「どうして10位以内?」
「んー,話すと長いが…端的に言うと,社会ではその道の1位で無いと意味が無い.学校なら成績上位10位くらいで,その他の面を加えて総合的に1位であれ,ってことだ」
「社会で1位?」
「(親父の説明と同じのはつまらんが…).歯医者を例にとる.歯医者A,B,Cの3つがあって,そのうち1つだけ選んで通う事になる.選ぶのは,最も優れている歯医者だ.あえて2位の歯医者に行く必要はない.だが,それだけではない」
「というと?」
「選択できる範囲,つまり家から通える中だとか,費用が許容範囲内だとか,そういう中で1位になればよい.何も世界で1位にならずとも,地域で1位になればいい.それと,歯医者の中での1位だ.車やパソコン作っている会社と競っての1位じゃない.歯や健康のプロフェッショナルであればいい.そういうわけで,まだプロじゃないから1位じゃなくてもいいけど,成績なら10位くらいに入れってことだ」
「成績との繋がりが分からないんだけど」
「俺も変な気分だが…余計な口出しされないなら,理屈はどうあれ同意しておけばいいや,という感じだ」
「結構融通の利く人ね」
「ある程度いい加減じゃないとやってられんさ」
「…笑わないで聞いてくれる?」
「ん?」
「将来,私は大きな図書館を作りたい.学生たちに,勉強は問題集を解く以外にもあるんだということを知ってもらって,喜んで貰えるように.定年退職後に貯金で作る予定だから,利用できるのは孫世代からということになるけどね」
「へえ,いいじゃないか」
「…誰にも言ったことないのに,どうして喋っちゃったんだろう.皆には秘密ね」
「そんなことしない」
「ありがとう,その安心感が引き出したのかな」
「隣東苑くん?」
声のした方を向くと,階段の方から神経質そうな顔と体つきをした女子生徒がやってくるのが見える.
「ちょっとこっち来て」
「…?まあ,そういう訳だ.じゃ,また今度」
「またね」
キヨシとマヤは別方向へ歩き出した.
「こっち来て」
「どこへ行くつもりだ?そもそも誰だ?」
「2年1組,辺端香捕.ゲームの参加者,こっちへ」
「どこで戦ってもいいじゃないか」
「ここじゃやだ.あっちへ」
キヨシとカホは中庭に着く.校舎側の壁に壁画がある.
「ここで始めましょう」
「…ああ」
2人はカードをオンにする.役10秒後にゲーム世界に招待される.
「これから試合を…」
「待ってソフォラさん」
「どうしたの?」
「隣東苑くん!」
カホは語気を荒げて名を呼ぶ.
「ん?」
「好きです.付き合ってください」
「…(何言い出すんだこの子)」
キヨシはソフォラに助けを求める目で見る.
「辺端さん,ここはゲームのための世界で告白する場所じゃない.あの壁画だって,ゲーム世界で似せて作ったもので,恋の成就という効力は無い」
「(ああ,そういう意味だったのか)」
「……」
「隣東苑,答えを出して.時間が掛かりそうならゲーム世界から一度出てもらう」
「その…,好きと言われても,俺は君の事を知らないし…」
「まずは知るために付き合いましょう」
「(そういうものなのか?何か不穏な気がするんだが…まあ,いいか)じゃあ,付き合おう」
「本当?嬉しい…,これからキヨシって呼んでいい?」
「(手馴れているというか,グイグイ来るな….好きな人の前でこんなにスラスラ言えるものなのか?…練習すればできるかも)…いいよ」
「私のことはカホって呼んでね」
「…よろしくカホ」
2人とも警戒心が残ったまま沈黙する.
「もういい?」
「ごめんなさい,ゲームを始めましょう」
「バッジを4つ選んで」
キヨシは鞭,聖杯,ステッキ,根.カホは,水滴,×印,氷,煉瓦を選ぶ.
「ではこの宝石に触れてスタート」
ソフォラは宝石を浮かべて姿を消した.2人は宝石に触れる.
キヨシはステッキを投げる.ステッキはカホの横を通り過ぎて戻ってくる.カホは×の形をした手裏剣のようなものを自分の周囲に回転させて浮かべ,ステッキを叩き落す.キヨシは聖水の雨を降らせる.手裏剣は溶けて消えた.カホは雨を上空で集めて巨大な水滴を浮かべ,キヨシに向けて飛ばす.キヨシは木の上に飛び移る.水球は軌道を変えて追ってくる.キヨシは木の根を足のように動かし,跳び上がって水球から逃げ切り,カホの上に木ごと落ちる.カホは水球の操作を解いて,バリアを張って斜めに弾く.キヨシは飛び降りて鞭を振り,バリアを破壊する.カホは自身の周囲に冷気を出し,鞭の端から凍らせる.鞭は先端から凍り始め,キヨシは鞭を消して距離を取る.カホの周囲のみ瞬時に凍るが,離れるとすぐに溶けている.
カホの水滴と×印のバッジが変化して,海中の黒い煙のデザインになった.冷気を解き,黒い煙を撒き散らす手裏剣を自分の周囲に浮かべる.右腕をバッと前に出すと,手裏剣はキヨシに向かって飛ぶ.キヨシは鞭を振るが,絡め取られ,しゃがんで避ける.周囲が真っ黒で見えなくなる.
キヨシの鞭と根のバッジが変化して,巨大な電気ウナギになる.キヨシは巨大な電気ウナギを召喚する.黒い煙の中,電気ウナギはカホの位置を見つけ出し,電撃を放って痺れさせる.そのまま体当たりでカホを倒す.ゲームが終了する.
「私の負けね」
「やったぜ.俺の能力は『昇華』.2つ以上のバッジを元の絵柄とは違う解釈を組み合わせたものに変化する」
「私の能力は『進化』.片方が環境となってもう片方を別のものへと進化させる.そんなことより,私達はもう恋人だよね」
「そう,だね」
「今日一緒に帰ろう?」
「どこか寄る?」
「そうだね,同じ方向だし…」
「(えっ…そうなの…?見られていたってことか…?)」
「…キヨシは釣った魚に餌をやらない人?」
「(何を言い出すんだこの子.俺は何か見落としているのか…?分からない…)釣った魚をあげるのではなく,釣り方を教えるという例えがあるけど…」
「ごまかしてるでしょ」
「その土地の伝統的な持続可能な釣り方ではなく,最新の乱獲するような釣り方を教えるのは変じゃないかな.たとえ話につっかかるのも変だけど.おっと時間だ」
「帰りに校門ね」
「あれ?1組と6組は時間割同じだったか?」
「終わるまで待ってるから」
「…分かった.じゃあ」
キヨシは5限を追え,補習終了後に校門に行く.カホは校門横で立って待っていた.
「待たせた?」
「…もう会えないかと思った,良かった…」
カホはキヨシの腕に抱きつく.
「(何だろう,話がかみ合ってない気がする.男女の違いって奴かな.松来さんとは話がかみ合っていたけど,個人差か?)見られると恥ずかしいから,離して」
「…….そうね」
カホは最後にぎゅっとした後,腕を離す.2人はその後,会話をしつつ家に帰る.カホの質問に対してキヨシは自分のパソコンが不調なことを伝える.
「きっとグレムリンの仕業,なーんて」
「グレムリン…?」
「伝説の生き物で,機械を壊す悪魔のようなの」
「ふーん.(名前は聞いたことがあるかも).伝説ってどんな話なんだ?」
「ええと…ああっ!小指が曲がってる!」
「えっ,ああ,生まれつきだ.問題ない」
「何だ…良かった….こうして近くで見ないと気付かないものなのね」
「そうだな.でも最初は遠くから見るものだから,物事はややこしい」
2人は途中で分かれて,キヨシは家に向かった.
その夜,2時くらいにキヨシは電話を受ける.電話は何度も着信した履歴がある.キヨシは電話に出る.電話の向こうから鳴き声が聞こえる.
「ズッ…寂しくて電話しちゃった.忘れられてしまいそうな気がして,私は要らないんじゃないかって思うと怖くて」
「(眠い…)忘れないから大丈夫大丈夫,大切な恋人だから.おやすみ」
キヨシは眠りに就きながら,頭の中では台詞が記憶に残っていた.
「(俺は誰かに必要とされることがあるのか?あえて俺を選ぶとすれば何だ?俺は何ができる?何がやりたい?俺はどうやって見つけてもらうんだ?高校生という以外に肩書きは何もない.1位で無ければ選ばれない,見つけられなければ選択リストに入らない.俺がすべきことは何だ?一体,どうすればいいんだ…)」




