2話 予選1戦目
『
学校の補習が終わった後,少年は帰路に就く.帰りに店に寄ろうかと,補習の前は思っていたが,疲れたのでそんな気分にはならなかった.
本屋の横を通る際に,歩を遅くして,横を見る.そのまま歩き,電柱にぶつかって目の前が暗転する.
「っつぅ…」
少年が周囲を見渡すと,車は停止し,人の気配は完全に消えていた.
「何だ!何なんだ!?」
「まあ,少し落ち着きなさい」
ソフォラが上空から降りてくる.
「誰だお前は!?」
「そんなに驚かなくてもいいのよ.私はソフォラ・レア・ブレストウッド.笠野 仁汰,あなたをゲームに招待しに来た」
「ゲーム?何の話だ?」
「ここはゲーム用の世界.そして,私が招待するのはあなたの表現が好きなだけできるゲーム」
「表現…それが怪しいゲームに参加するだけの価値があるのか?」
「まさか,あなたがそういうとはね.漫画家になりたいというのは嘘?」
「どうしてそれを!?」
「私達には,それくらいなら見抜ける力がある.本心では,そう思っていないんじゃないか,というあなたの悩みもね」
「馬鹿な…,俺は本当に….だが,家業を継がなくてはならないから,できない…」
「本当にそうかな?家業を継ぎながらだって,いや今すぐにでも漫画は描ける.連載物のような速度では無理でも描けるはず.でも描かない,描こうとしない」
「……」
「あなたは目の前から逃れたくて,追うことの無い夢を見ることで,目の前のことから目をそらしている.これを切り抜けたら,漫画を描こうと.でも,いざ描こうとすれば,描く気が起きない.だって本当は描きたいわけじゃないのだから」
「違う…」
「そうね.私が間違っているかもしれない.疲れたらやる気でないから.思うがままに吐き出して精神の疲れを取り除いたらどうなるかな?」
「何が言いたい?」
「ゲームにエントリーしない?思うがままに表現して,あなたの本当の夢を洗い出すことができる.表現しないものは見えない,表現の仕方に慣れなければ上手く表現できない」
「…ゲームのルールを説明してもらおう.決めるのはそれからだ」
「喜んで」
ソフォラはルールを説明し,カードとバッジを渡し,納得したジンタのゲームの勧誘に成功する.
』
数日後,ソフォラからの案内が各プライヤー箱に入っていた.
「まもなく予選を開始します.それに伴いバッジとカードの機能が解禁されます.参加できる時に現実世界でボタンを押してオンにして下さい.その場に2人いれば試合に招待します.なお,試合終了後に,自動的にオフになります」
「(都合のいいときにそれを示せば後は調整してくれるのか,ハイテクだな)」
キヨシは現実世界に戻ってカードのボタンを押す.特に何も起きずに,町を歩く.大きい車道の中央には常緑低木が刈り込まれて並んでおり,自動車は赤信号に成り立ての時に,最もスピードを出して交差点を横切る.道路の両脇には自転車レーンと歩道があり,自転車レーンの上には車が止まっている.歩道は歩行者と自転車でごった返し,歩道横には高層ビルが立ち並んでいる.ビルの駐車場に続く道に車が通るたびに,歩行者は立ち止まる.交差点横で立ち止まった歩行者を避けるように,自転車と歩行者が間を抜けて,交差点に進む.
「(チッ…邪魔だな.消えてしまえばいいのに…)」
町から人や動物が消え去り,車や自転車は停止する.
「これは…?」
「ゲーム世界,知っているでしょう?」
ソフォラが道路の真ん中に降り立った.交差点の向こう側に人影がある.
「そうか,招待とはこういうことか」
「これから,隣東苑 氷志と笠野 仁汰の試合を始める.2人とも,まずはこっちへ」
2人はソフォラの下へ歩いた.
「バッジを4つ選んで身に着けて」
2人とも箱から出して身につける.キヨシの選んだのは,三日月,炎,渦,猫のシルエット.ジンタが選んだのは,手,円,煉瓦,弓矢.
「では,この宝石に触れたら試合開始」
ソフォラは右手で紐を持って前へ差し出す.
「準備はいい?」
「OK」
「うん」
ソフォラは宝石を浮かべ,自信も浮かびつつ後ろに下がって姿を消す.2人は宝石に触れ,試合が始まる.
キヨシは右手を前に出し,火炎放射でジンタに攻撃する.ジンタは煉瓦の壁を呼び出して炎を防ぐ.ジンタは巨大な手を呼び出して車を掴み,キヨシに向かって投げる.車は壁を越えてキヨシの上に降ってくる.キヨシは三日月形の刃を飛ばして両断しつつ,左手で破片から目を守る.キヨシはジンタに向けて刃を飛ばす.ジンタは周囲の重力を変えて浮かび上がってかわす.無重力で水滴が球体になる.
ジンタは左手にボーガンを呼び出して,右手を添えてキヨシに狙いを定める.キヨシは壁に手をつけて,ジンタの様子を伺う.ジンタが身構えた瞬間に壁の作る影の中に入り込み,矢をかわす.そして,壁の影から繋がる車の影から姿を現し,竜巻をジンタに向けて放つ.竜巻は車や街路樹を吸い上げてジンタへ向かう.
ジンタの煉瓦のバッジから絵が消え,手のバッジに手の数が増える.ジンタは巨大な手を地面から2つ呼び出し,竜巻を掴んで潰して消滅させる.キヨシは三日月のバッジと炎のバッジが変化して,2つとも赤い炎の中心に黒い丸が現れる.
その手で周囲の地面をバンバンと叩く.地面は大きく揺れて煙が立つ.周囲が暗くなり,周りがはっきりと見えなくなる.
「(煙だけでこんなに暗く…?まさか!)」
ジンタが空を見上げると,太陽が食われるように黒く塗られ,金環日食が起きていたことに気付く.
ジンタの足元の影からキヨシが現れジンタの背中を突き飛ばす.直後に体を竜巻で吹き上げられ,倒れた.
「試合終了.隣東苑 氷志の勝ち」
ゲーム世界が終わり,現実世界へ戻る.キヨシとジンタは,ゲームが始まる前の場所に立っている.壊れた車や道路はゲーム前と何も変わらずにそこにある.
キヨシは交差点を渡り終えて帰ろうとしたところを呼び止められる.
「君,対戦者だろ?一緒にコーヒーでも飲まない?」
「…….(まあいいか,ゲームについて知っているかもしれない)どこで?」
「そこのコンビニで買って,あそこの公園のベンチでどうだ?」
「そうしよう」
2人はカップのコーヒーを買って,2つのベンチに腰掛ける.ベンチは屋根の下にあり,背もたれのない4本が丸いテーブルを囲むように並んでいる.ベンチは一人分くらいの間隔で手すりがついており,横になれないようにできている.ジンタは手前のベンチの右端,キヨシは右のベンチの手前側に座る.
「挨拶がまだだったか,俺は隣東苑氷志.その制服は同じ学校だな」
「何だ,同じ学校だったか.笠野仁汰だ,よろしく」
2人は淡々と挨拶を済ませる.
「ゲームについて知っていることは?」
キヨシの質問から始まり,ゲームの話を始める.2人は新しい情報を得ることなく話を終える.
「そうだ,笠野の固有能力は何だ?」
「『強化』.バッジを任意の数使用不能にする代わりに,1つのバッジの出力や手数を増やす.隣東苑は?」
「『昇華』.元とは違う解釈を2つ以上で組み合わせたものになる」
「よく分からないな」
「さっきのでは,三日月を刃,炎を炎と解釈した.それを,炎を太陽,三日月を月として解釈して,組み合わせでは日食として扱ったわけだ」
「対処し辛い能力だな.……」
「……」
ゲームについては特に話すことがなくなったので,沈黙する.
「話は変わるが,卒業後の進路は決まっている?」
「大学受験して大学に行くつもり」
「その後は?」
「さあ?まだ分からない」
「いいなあ,俺は高校卒業したら家業の店を継ぐことになってるんだ」
「嫌なのか?」
「嫌というか,遊び足りない感じだ.大学生は自由時間が長いだろ?羨ましいな」
「物は考えようだ.早くからキャリアを積めるから,できることが広がるのも早い」
「頭打ちになるのも早そうだな.フフ…」
「…….しかし町の作りをもう少し上手くできないものか,歩車分離すればもっと快適なのに」
「贅沢な悩みだ.俺たちは恵まれているんだから,そんなことを言っていると罰が当たる」
「快適さを商売にするのは普通のことだ」
「贅沢は駄目だ.この不況を皆で団結して乗り切らないといけない.仮に作ったとして,それを払うのは俺たちとその次の世代になるだろう.苦しめるようなことをするのは悪いことだ」
「(何か違和感があるな…)払うといっても対価として快適さを得るのだから,虚栄にまみれた粗大ゴミを残すのとは訳が違う」
「さあ,未来まで価値があるかどうか.それに,一般人の俺たちが言ったところで何も変わらないさ.俺たちよりも詳しい人たちが作ってこうなったんだ.それで不便だというのは,どうしようもできない部分だったということさ」
「その時点の事情や技術ではそうだったかもしれない,しかし,今は違うかもしれない」
「俺にもお前にも何の肩書きもないじゃないか.大勢の中に埋もれた奴の意見が届くことは無いんだからさ,そんなことでイライラしていたら損だぜ」
「…確かに,そうかもしれない.しかし,……」
キヨシは2秒ほど色々と考えたが,言葉に詰まる.
「分からない…」
「ところで,何戦目?」
「え?さっきのが初戦だ」
「俺は2戦目だ.君に,会わせたい人がいるんだ」
「会わせたい人?」
「同じゲームの参加者さ.頭のいい女の子.女は顔に感情がすぐに出るからな,どうも俺はレベルが合わないと顔に出ていた.もしかしたら隣東苑なら波長が合うかもしれない」
「へえ,何て名前?」
「ええと…,松来 魔夜.明日は何時から空いている?」
「明日は4限後の補習が終わり次第」
「俺も同じか.じゃあ,その後に図書室に来てくれ」
「んー…」
「何か問題が?」
「制服気に入らないから早く脱ぎたい」
「ああ,だから今着てないのか.まあ,別に合わなくてもいいが」
「仕方ない,我慢して会おう」
「じゃ,また明日」
2人は見送るとか家を尋ねるとかせずに,淡々と分かれて帰路に就く.
キヨシは干渉されることを好まない,仕方の無いことは受け入れるが,好みはしない.この距離感はキヨシにとって気分の良いものだった.




