10話 本選
『
「良いですかソフォラ,私達結社の理念は,現代文明社会で人々が自分を見つけることを助ける,というものです.熱中するあまり,理念を忘れないで下さいね」
「肝に銘じておきます」
「…ソフォラ,あなたは気を張りすぎです.失敗したらメラ派が勢いづくと思っているでしょう?
「しかしレア様,彼らに隙を与える訳にはいきません.10人の凡才よりも1人の天才と9人の廃人などと…絶対に主導権を渡してはなりません」
「あなたは余計なことを考えずに取り組みなさい.私がなんとかしますから」
「…どうするつもりですか?」
「あなたに言ってしまえば,あなたは意識してしまう」
「知らなければ気になって集中できません」
「我慢しなさい,そのゲームが終わったら教えます.鮮度が関係のないものです」
「…分かりました」
「では,頼みましたよ」
「この世界は合理性を捨て,再魔術化していると言われることもある.消費者が買っているものは意味であり,その実,必要ないものも買っている.同時に,必要なものは軽視される.家事や掃除には給料を払わないが,本質的には不要な属性を持つ商品には高い金を出す.過去の価値観に浸かった私たちにはこの不合理な状況から抜け出すことができない.平和にしたってそうだ.経済開発であり発展こそが平和であり,戦争が起きずに傷つかないのが平和.経済的な弱者をいたぶるのは戦争で傷つけるのではないから平和.甘いことを言っていると生き残れないからそうやって過ごしてきた.しかし,次の世代は取り巻く環境は違う.高い感性で歪みに気づき,次の段階へ移行させることができるはずだ」
「現代社会では生活の全てが経済に組み込まれている.そこでは,経済的な価値観によりあらゆるものが評価される.希少なものは高い価値があり,ありふれたものには低い価値しかない.そして,共用地はみんなで金を出して使うもの,すなわち持つ者にとってのものとして,その他を排除するものと扱う.言われれば不味いということは分かる.対策の1つとして,見えない恩恵や負担を可視化することがある.そういう風に,解決策は問題を捉えれば作れる.これですべてじゃない.まだ終わりじゃないだろう?」
』
ゲームの参加者たちは,ゲーム世界の小型ビルの屋上へ招待された.下には6車線と街路樹で隠れた歩道が見える.生物はおらず,車も停止している.ソフォラは8人の参加者たちの前に姿を表す.
「お待たせしました,これから本選を開始します.あなたたちから見えないところに観客がいるけれど,巻き込むことはないから気にせず存分に戦ってね.一戦目は…」
ソフォラや参加者たちをすり抜けて観客たちが歩く.2人組が下にゆっくりと降りてくる.2人組のうち,男は忘れ物に気づいて上に瞬時に飛び上がってバッジを拾った後に,ゆっくりと降りてきた.
「さあ,本選開始.実況は私,ビター・アーモンドと」
「解説のサラダ・バーネット.よろしくね」
「一戦目は,編織勇時vs隣東苑氷志ですね.バーネットさん,2人の戦いはどう思われます?」
「プレイスタイルが全く違う2人ですね.2人とも予選の間に自分のプレイスタイルを確立しました」
「して,そのスタイルは?」
「編織くんは多彩な攻撃を絡めて相手の対応速度を上回る攻撃で追い詰めるのに対して,隣東苑くんは威圧的な攻撃を絡めて相手を委縮させて追い詰めていきます.固有能力にも,そのプレイスタイルの影響はありますね」
「編織くんの能力は『合体』.2つの能力を同格で合体させるものですね」
「はい,性質は単純なもので,それゆえに使える手も限られます.その結果,複雑な戦略を組み立てるよりも速度重視の方が効率的になります.相手からすればどの技で来るかわからないから初動が遅れる分,攻撃側が有利です」
「対して隣東苑くんの能力は『昇華』.元とは違う解釈を2つ以上で組み合わせたものになるというものです」
「こちらは対処しづらい能力ですが,全体的に技の出力が下がります.イメージしたものは強く,唯一であって揺るがないほど出力が大きくなるためです」
「つまり,前もって2通り以上のパターンを想定するこの能力は出力を抑えるものとなるということですか?」
「そうです.しかし能力によって相手に何が出るかわからないプレッシャーをかけます.それもあって,警戒している相手に大きく印象付ける大きな光や音を使うことで流れをコントロールするプレイスタイルとなります」
「なるほど.おっと,試合が始まります」
キヨシは三日月,炎,鎖,六角形を,ユウジは炎,手,丸太,扇を選ぶ.
「今度は本気の戦いだね?」
「ああ.そして,今度は俺が勝つ」
2人は鐘の音を聞いて,動き出す.
ユウジは巨大な扇を出して振り,竜巻を起こす.竜巻は周囲の木や車を吸い上げて上から降らせる.キヨシは落下物から逃げつつ,鎖を飛ばして落下物同士をつなげる.車は竜巻によって再び巻き上げられ,鎖の先の他の車や木がフレイルのように振り回され,ユウジを襲う.ユウジは竜巻を消して巨大な手を地面から呼び出してつかみ取り,粉砕した.キヨシはユウジの横に回りこみ,火炎放射を行う.ユウジも手を引っ込めて火炎放射を行う.キヨシの炎は押し返され,横によける.キヨシは三日月状のブーメランを飛ばす.ブーメランはユウジの肩を掠り,キヨシの元へ戻り,即座にもう一度投げる.ユウジは再び竜巻を出してブーメランを吸い上げる.キヨシの三日月と炎のバッジが変化して,月光に照らされた紅葉になる.キヨシは竜巻を窒息させるがごとく紅葉を降らせて,竜巻を止めつつ,ユウジの視界すべてを赤く染める.ユウジは上に向けて火炎放射をするが,上から押されて自分にかかるのでやめ,筏を呼び出して上に乗り,積もった紅葉の上を滑走してキヨシに向けて進む.
キヨシは紅葉を消してユウジが地面に落ちた瞬間に正六角形柱を上から落とす.
「(これで全てのバッジは出尽くした.残りは固有能力…)」
ユウジは扇で仰いで自分を横に飛ばして避ける.2人は大技の隙を伺うために,小技を使って相手を煽る.
「(最初は君を理解できなかった.俺は自分に力が無いから,帰属意識によって自分を集団の力に同化しようとしていた.その方が大きなことをなせるから.対して君にはそういう雰囲気が感じられなかった.そういうものと無縁なのかと思った.というのも,もしかしたら君は君の言動や姿勢,恰好で表現することによって同じ仲間を探しているのかもしれない.同じ人間だと分かれば,怖くなんてない.そういえば,俺は組織の一員としての言動で色々と馬鹿にしていたな.作り出して管理する大変さを知らずに…)」
「(このゲームで,表現してみたら作り出すことの難しさ大変さを知った.そして同時にセンスの差を思い知ることとなった.しかし,打ちひしがれてばかりじゃない.俺は大変さを知ることで,成果物に対しての誇りを覚えた.これだけ苦労して作ったものを馬鹿にされると怒りたくなる.以前じゃ考えられないな.そうすると,相手の努力に気づけるようになった.まだまだ見落としはあるかもしれない)」
「(それでも勝ち負けや優劣はあるんだ.だからこそ,相手に敬意を持ってぶつかる!誇りの尊さは大小じゃない!そうだとも,君の,お前の力はこんなものじゃない!)」
ユウジの炎,手,丸太のバッジが変化して燃える丸太とそれを振り回す巨大な手になる.ユウジはそれでキヨシの六角柱を弾き飛ばし,キヨシに降り下ろす.キヨシの鎖と六角形のバッジが変化して銀の枝につく雪の結晶となる.キヨシは銀の棒を振ってユウジに冷気を放つ.冷気は衝撃波となって炎を消しつつ巨大な手を凍り付かせ,もう一振りしてユウジを凍り付かせた.
試合が終了し,2人ともビルの屋上へ飛ばされた.2人は元通りになった.
「隣東苑氷志の勝ちですね.バーネットさん,結果をどう見ますか?」
「隣東苑くんが流れを支配した,その結果…ということでしょうね」
「どの技が飛び出すかわからないのが持ち味の編織くんの動きを事前に理解した,ということですか?」
「理解ではなく,この場面ではこれしか使えない,という袋小路に追いやったわけです.その流れを様々な印象付けを行う攻撃によって作り上げた,そんな感じですね」
「最後は編織くんが速攻勝負にかけましたね」
「ええ.2つのバッジの組み合わせを警戒させつつ,3つ合わせることで相手の裏を掻いて一気に勝負を決めようとしましたね.手のバッジを素材に使うことでコントロール精度が上がるため,それを使ったのでしょう.隣東苑くんが精密な動きを要求するように煽っていた訳ですが」
「なるほど.続きまして第二試合が始まります.次は…」
キヨシは準決勝へ進む.ビルの上から第二試合から第四試合を眺める.
準決勝の一戦目が始まる.
「次は辺端香捕vs隣東苑氷志ですね.2人のプレイスタイルは似ていますね」
「隣東苑くんの能力の特徴として出力が抑えられるが意外性があること,辺端さんの能力の特徴として片方が基となる環境になることから,どちらも流れを支配するものが適した形になります」
「では,もし両方が流れを支配しようとすればどちらが勝ちますか?」
「それを決めるのは力量差と時の運,そして経験であったり忘れる力であったりします.つまり,分かりません」
「おっと,始まります」
キヨシは黒猫,雲,円,波を,カホは鳥,炎,木,草を選ぶ.
2人は鐘の音を聞いて,動き出す.
キヨシは小さな雷雲をカホに向けて飛ばす.雷雲は大きな音と光を出しながら飛んでいく.カホは炎の玉を飛ばして雷雲にぶつけて消滅させる.カホは地面から蔓草を生やしてキヨシに襲い掛かる.キヨシは球状の物理バリアを張って蔓草を弾きつつ,地面を蹴ってカホとの距離を詰める.カホは草を消して鳥に乗って飛び上がる.キヨシはバリアを解き,その瞬間にカホは炎の玉を飛ばす.キヨシはアスファルトと同化して姿を消し,攻撃をやり過ごす.カホは落下する前に鳥を呼び出して横に衝撃を逃しつつ着地する.カホは木を出現させ,急速に生長した根が地面を割りながら伸びていく.キヨシは地面から飛び出し,瓦礫の波を呼び出して攻撃する.木はは押し流される.
「(この世に不要な人はいないと言う.それは嘘ともいう.違う,本当だと証明してほしい.世界中に一人だけでもいい,私を必要として欲しい….私は,あなたにとって必要な人間になれるように尽くした.それなのに…)」
カホの鳥と炎のバッジが変化して,火の鳥になる.
「(あなたが私から離れたとき,とても悲しく,そして相手の女を呪ったよ.その愛情を私にも分けてほしかった….でももう戻れそうにない)」
火の鳥は瓦礫を溶かしつつ,熱風を巻き上げてキヨシへ向かって飛ぶ.
「(正直なところ,彼女がいないのは恥ずかしいという気持ちがあって付き合うことに承諾した.しかし,…….こんなものかという感じだった.話していて楽しかったり,一緒に遊んで楽しいのは本当だ.しかし,もし…結婚,いや同居ですら,したくはないと思える.どうにも面倒で,息が詰まりそうで….一瞬でも長く一緒にいたい,という気持ちや損得を超えた愛情というものが無い.それはきっと夢中になってしまうほどの,喧嘩をしても嫌いになれない,一緒に暮らすのが嫌どころか寧ろ嬉しい,といった本当の愛じゃ無いからなんだろう.いや,もしかしたらそれは高望みかもしれない)」
キヨシの雲と波のバッジがモヤモヤした球体に変わる.キヨシは前方にモヤモヤした球体を出現させ,突っ込む火の鳥をとらえた.
「母に憎まれ,義父に腫物扱い,義弟たちが私を庇って母と喧嘩をするのは耐えられない.私はあなたを一目見た瞬間に,私を救い出してくれると思った.その勘までは間違っていたとは言わせない!」
カホの木と草のバッジが変化し,瘴気を放つ林が出現した.カホとキヨシの間に一列に並び,侵入を拒む.
「(この程度なら乗り越えると思っているわけだ.相手の考えに乗るのは癪だが…止むを得ない.が,相手のペースに乗せられ続けるわけにはいかない!)」
キヨシの黒猫と円のバッジが変化して地球の描かれた看板になる.
「虫が良すぎるぜ,理想像に俺を当てはめているだけだ.俺は俺以外の何者でもない」
キヨシは林の成長を速め,自分の毒で滅ぼさせる.
「その自分が正しい認識という証拠は?」
「知らなきゃこのレベルまで達せない.それが答えだ」
「本当に御しにくい…」
カホの火の鳥と毒の林のバッジが変化し,光輝く鳥となった.カホは光輝く鳥を呼び出してキヨシに向けて飛ばす.鳥の周囲は分解されて消滅していく.
キヨシのモヤモヤ球と地球の看板のバッジが変化し四角い細胞になった.キヨシは右手で鳥に貫手突きをする.指先から消えていくと同時に新しく指先が生えて伸び,伸びた指は鳥を貫き,カホを貫いた.
「もっと周囲を見ろよ,お前の仲間はいる.難しいことは楽にはできない,一部しか変えられなかったり,すぐにはできなかったりするものだ.理想の相手に全てを任せてはだめなんだ,いつになっても満たされない,いつか相手には逃げられる」
試合が終了し,2人はビルの屋上に飛ばされた.
「隣東苑氷志の勝ちですね.…言うことありませんね」
「2人とも支配を好むスタイルだったので,攻撃だけでうまくいかない時,どうなるか分かる試合でしたね」
「これ以上は野暮ですね.プレーを振り返ってみましょう」
実況と解説は記録を再生して観客向けに説明を始めた.
「次が決勝,もうすぐ終わりなのが少し寂しいが…関係ない.ベストを尽くそう」




