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前夜

 鹿の剥製を完成させるのに、思いがけなく手間取った。

 前足の片膝を若干折り、何かを見つけたような風情をイメージした。

 描いた完成予想図はいい感じだった。

 気分良く創作に取りかかったはいいが、巧くいかない。


「鹿の足って、なんで、こんなに、細いの?」

 と、癖で同じ言葉を繰り返した。

 構想通りに仕上げるまで何度も修正しなければいけなかった。

 スムーズにいかないからこそ、没頭した。

 時間の経過に無頓着になった。


 つまり、餅飯殿商店街で遭遇した老婆達のことなど、一旦完全に忘れていた。


 卓上カレンダーの23日が赤丸で囲んでる。

 何だったかと思い巡らせたのは、前日、11月22日の朝だった。


「シロ、明日だ、えーと、一緒に通天閣まで行くんだ、たしか」

 思い出した。

 

 マユが望むように行動はするが、何も得られない空振りだと、予測する。

 人混みの中で、老婆達と再び出会う可能性は、ゼロに近いと。


 無駄と分かっても行く。

 それは明日の夜、結果を聞きにマユが来るに違いないからだ。

 行かなかったと言えない。


「お前、ちょっと汚ないかも」

 早朝の白い光の下で見ると、愛犬はコーヒー牛乳の色だ。

 繁華街の散歩に、このままではマズい。

 で、作業室の大きくて深いシンクで洗った。


「鹿の臭いが残ってるだろ」

 シロは生臭い血の臭いを嗅ぎ廻ったが、シンクに入るのを嫌がりはしなかった。

 湯で洗ってやると、気持ち良さそうに目を細める。

 仕上げ用の台に載せ、ドライヤーを当てブラッシングしてやった。

 雪のように真っ白で光沢がある毛並み。

 シロは、こんなにも綺麗だったのかと今更ながらに驚く。


「待てよ、首輪も要るんだ」

 山で自由にさせている犬を、人混みの中に連れて行くには色々準備が必要だった。


 シロは山から出たことはない。

 飼い犬に義務づけられている予防注射も亡き父の時代から獣医が往診してた。

 シロを連れて出かける用事が全く無かった。


 商品用の首輪から、赤いのを選んで、付けてみる。

 真っ白に赤が映える。

 シロは、慣れない感触に首を振ってるが怒ってはいない。

 リードは工具箱から適当なヒモを探した。


「シロ、散歩っていうのは、俺の後を、付いてくるんだ」


「クワン、」

 短く吠えてしっぽを振る。

「俺の言うこと分かったのかな?」

 試しに工房の中で散歩の練習を始める。

 リードを握って歩いてみる。

 

 シロは、初めての遊びに興奮したかのように飛びついてきた。


「分かって無かったんだ」

 前足は聖のベルトの上にしっかり置かれてる。

 聖が歩くと、そのままの格好で付いてくる。


「違う。二足歩行じゃない。普通に、俺の後ろを歩くんだよ」


 シロと聖の様子が面白いのか、

 壁の剥製達が動いているような気配。

 シロでは無い犬の泣き声も微かに、聞こえた。


 棚を見れば、犬の剥製アリスが……若干前に出てきてる。

「替わろうか? 」

 と目つきが言ってる。

「人殺しを探すんだろ? 」


 確かに、アリスの方がシロより散歩に慣れている。

 それに、愛する者を守るため、人間二人殺した犬だ。

 修羅場慣れしてもいる。

 でも、剥製だ。


 二足歩行の生の犬と剥製と、

 連れて歩くのはどっちが目立たないだろうか?

 と一応考えて

「アリス、心配しなくて大丈夫。お前が必要な程、たいした事じゃないから」

 小刻みに震えている(武者震いに見える)剥製の犬をなだめた。


 何となく、聖はいつもより早い時間に二階に上がった。


 元々、森の木の伐採作業の為に作られた作業小屋で、二階の六部屋にそれぞれベッドが置いてあった。

 聖は、川に面した側の、真ん中の部屋を子供の頃から使っていた。

 シロも同じ部屋の、床で寝ていた。

 しかし、今夜はベッドに入ってきた。


「まあ、いいか。洗って綺麗だし、暖かいし」

 無駄とわかっている老婆捜しだが、シロが喜ぶならいいか、と思った。

 人混みは怖い。人殺しの手を見たくないから怖い。

 でもシロと一緒なら心強い。

 ずっとシロだけ見て歩けばいい。

 

 聖は、ちょっと楽しい気分になっていた。

 

 人殺しより怖いのが、明日自分を待っていると知らない。

 

 ……シロは感知していた。

 聖が持ち込んだ水色の飴に、得体の知れない獣の死臭を嗅いでから。

 警戒モードになっていたのだ。

 それは、剥製達も同じだった。


 聖が熟睡した頃、階下では、陳列棚の剥製達が静かな戦いを始めていた。

 パソコンの横に無造作に置かれた飴玉から流れてくる

 死、憎悪、復讐、惨殺……。

 禍々しい、負のオーラーを

 それぞれの力で封じ込めていた。

 


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