飴玉
「最悪だろ? 俺が間抜けなんだけど。ありえないだろ?」
その夜、久しぶりに現れたマユに聖は愚痴った。
「四人の婆さんにつられて行列に並んだ俺が馬鹿だった。自分で蒔いた種なんだけどね」
山本マユは、工房を尋ねてくる途中、山で迷って、心臓発作で死んだ亡霊だ。
その身体は山の生き物が食い尽くし、骨だけがある。
家族は捜索願を出し、行方不明サイトに載っている。
推理好きで、不定期に工房を訪れていた。
初めは、美しい全身が見えたが次第に薄らいで、今は声だけの存在だ。
聖にとっては唯一の友達。
だから、山にマユの白骨が有る事を警察に届けていない。
「結局、支払ったのは四人分ね?」
マユは芯から同情してるのか、
声が震えてる。
「関係ないって言えないだろ? やり片が巧妙なんだよ。偶然相席になって、打ち解けて、俺が奢る流れになった。そう見えるように仕組まれたんだ」
餅飯殿商店街での一部始終をマユに聞いてもらい、気が済んだ。
明日から、遅れている鹿の剥製に取りかからなければいけない。
行きずりの老婆の詐欺集団のことは、さっさと忘れよう。
せっかくマユが来てくれたのに時間がもったいない。
「ねえ、何か見たい動画とかある? 」
マユが見たいのを、自分も見たい。
しかし、マユは
「セイ、そのお婆さん達、怖くないの?」
と、さっきより震えた声で言う。
「何で?」
騙された自分が間抜けと悔しかったが、老婆達に怖い印象は無かった。
……どうして、マユはこんなにも怯えているのだろう?
聖は、手際よく騙された事が強烈すぎて、
老婆達の左手が子供の手、人殺しの徴だったから、目に停まったのだと、うっかり忘れていたのだ。
だから、マユにも、老婆達が人殺しだと話していない。
人殺しの徴を見たのに、年老いた人達だから、罪は枯れて見えたのだ。
老婆達は身なりからして貧しそうだった。
うどん一杯ずつ、恵んであげたと思えばいいか。
と、
無意識に、貧しそうな老婆達に哀れみを感じていた。
だから
老婆達が四人から三人になっている怖さに、
自分で喋ってるくせに気がつかないのだ。
今宵のマユとの貴重な時間に比べたら、聖にとっては、老婆達は、どうでもいい存在だった。
「ゴメン、しょぼい話、して。たいした事じゃないんだ。そうそう、最後に呉れた飴玉がね、デカいんだ」
ポケットに突っ込んでいた飴玉を出す。
大きな飴玉を見たら、マユは笑ってくれるかもしれない。
「ほんとだ。すごく大きいのね」
「うん」
直径二センチ。人間の眼球より大きい球だ。
「口の中が一杯になっちゃうね」
マユは、笑ってくれた。
「……セイは今日、奈良公園に鹿を見に行って、不思議なお婆さん達と出会って一緒にカレーうどん食べて、お土産に大きな飴玉貰ったのね」
と、ほのぼのした楽しい一日だったように、言ってくれた。
聖は、とりあえず、何でもいいから(人気動画)を見ようとした。
今日のニュースがついでに目に入る。
(奈良公園で幼児不審死。貰った飴玉で窒息か)
奈良公園、飴玉、
直前の会話に重なってる。
えっ、と聖とマユは同時に声を出した。
亡くなったのは三歳の男児だ。
夫婦と、その子、一家三人で大阪市内から遊びに来ていた。
鹿にせんべいを食べさせている最中に、男児は苦しげに暴れ出した。
両親は子供の口の中に大きな飴があるのを知らず、対応が遅れたと話しているらしい。
「可哀想に。親が知らない間に、誰かが飴を呉れたってことか」
「……セイ、大きな飴って、書いてあるね」
「うん」
聖は、老婆達の手に人殺しの徴があったことを、ようやく思い出した。
「まさか」
と大きな声が出てしまった。
「どうしたの?」
マユの声も、さっきより大きい。
「……子供に飴をやったのが、あのお婆さん達かもって思ったんだ。同じ時刻に近くに居たし、大きな飴持ってたし、」
……それに、子供殺しの徴。
言おうとしたが、言葉が途切れた。
無頓着に幼い子供に与えた飴が凶器になり
結果、子供を殺してしまったのかと瞬間想像したが、
今日死んだ子は一人だ。
四人の老婆にはそれぞれ、子供の手があった。
四人の手で子どもの口に飴を入れたのか?
「ねえ、セイ。お婆さんが飴を持ち歩いてるのは珍しくないわよね。ドラマとかで見たから知ってる。電車やバスの中でお喋りしながら手提げ袋から、お菓子を出すの。セイだって知ってる筈よね。それなのに、偶然会った、お婆さん達と、死んだ子供を結びつけちゃったのは、何故?」
ふわりと、白い煙のようなのが肩先で揺れた。
マユは、この話に興味を持ち始めたのだ。
聖は、四人の老婆が人殺しで、
揃って子供を殺していると、話した。
「今、四人揃って、って言ったわね?」
「うん。そうなんだ。餅飯殿商店街であっちから来るのを見て驚いた」
「四人並んできたの? 間違いじゃないのね」
「うん」
「四人?」
「そうだよ、」
と答えてから、途中から三人になっていたのだと、気付いた。
ぎゅっと、心臓を何かに掴まれたような痛みが走る。
「私、さっき話を聞いたとき、それがとても怖かったの」
……今は聖も、怖い。
「よく、思い出してよ。いつ、一人居なくなったの?」
「うどん屋の前に並んでるときは、四人居たんだ。……一人だけ、別の席に座ったのかな。相席になった誰かに支払いされる為に」
と、なるべく怖くない方向に推理してみる。
「それは無理よ。うどん屋でしょう。客の回転は速い。相席は予測不可能」
「そうだよな。じゃあ、四人目は忽然と消えたのか」
石油ストーブ二台燃えている工房は暑いくらいなのに。
聖はだんだん、背中の辺りがゾワゾワしてきた。
身体から力が抜けて青ざめているのが自分で分かる。
「子供殺しの四人のお婆さんが三人になった。三人のうち一人は大きな飴を持っていた。これが事実ね」
反対にマユは活気づいている。
「そして奈良公園で大きな飴を詰まらせて子供が死んだ。お婆さん達は、奈良公園に行くとか、行って来たとか、話していなかった?」
「……そういう話はしていなかった。次の予定は喋ってたけど。動物園とか公園とか。でも、奈良公園の帰りじゃないと思う。逆から歩いてきたから」
「商店街をウロウロしてたかも」
「うどん屋が目当てだったみたいだった。目立つ看板だったから、一度でも前を通ったらわかるよ。俺みたいに、人の顔見ないで足下見て歩いてない限り。うどん屋の看板を初めて見つけた雰囲気だったから、あの通りに来たのも初めてだったと思うよ」
「じゃあ、うどん屋を出た後で奈良公園に行ったかもしれない。男の子が死んだのは何時?」
地方版の詳しい記事を探す。
午後三時頃、と書いてある。
聖がうどん屋を出たのは二時過ぎだ。
少し前に店を出た老婆達は奈良公園に二時半に行ける。
が、そんな事より、驚くべき事が書いてあった。
過去半年の間に、同様の事故が京都、神戸、大阪で三件起きていた。
被害者は二歳から四歳の幼児
保護者が知らない間に、誰かに貰った大きな飴玉を喉に詰まらせて、死亡している。
「セイ、これって、三件の事故も、小さな子供に誰かが大きな飴をあげたのが原因? セイに飴をくれたお婆さんが、奈良公園で、通りすがりの可愛い子供の手に飴を載せてあげて、運悪く、その子が死んだとしたら……」
京都、神戸、大阪なら、餅飯殿商店街から二時間以内。
老婆達が移動して不思議でない範囲だ。
マユは、他の三件の事故も、聖の出会った婆さん達かも知れないと言いたいのだ。
「四件目でしょ。警察も調べてるわ。大きな飴が、唯一の物的証拠ね」
そうなのだ。
と、パソコンデスクの端に置いた水色の飴に目をやると、
シロがこっそり舐めていた。
「食うな、喉につっかえて、死ぬぞ」
慌ててネチャネチャしてるのを手に取った。
「俺、この飴持って、警察に行くよ。死んだ子の喉にあった飴と同じなら、後は警察が動いてくれる。違う飴なら、婆さん達は関係無い、ってことだよね?」
それで全てはっきりするし、
この先の事故も食い止められる。
聖は、今までに分かった情報から自分が為すべきコトをはじき出した。
しかし、マユは反対した。
「そんな事したら、セイが捕まっちゃうよ。奈良公園で死んだ子の飴と、同じのを持って行って、知らないお婆さん達に貰いました、って言うの? 簡単に信じて貰えないよ。犯人にされるかも。もし違う飴だったら、どんなややこしい展開になるのか考えたくも無いわ」
そうなのか?
じゃあ、どうしたらいい?
聖は怖いやら不安やらで困惑しているのに、マユは
「分からない事が多すぎる。だから、もう一度お婆さん達に会うのよ。次の予定を喋ってたんでしょ。だから、セイ、もう一度会えるじゃない」
と、明るい調子だ。
「無理だよ」
老婆達の会話を思い出す。
「連休の最終日、串カツ、動物園、公園。たったこれだけ」
諦めて呉れると思ったのに、
マユは喜々として
「凄いわ。それだけ分かったら充分よ。……次の連休の最終日ってコトは11月23日ね。。そして動物園と公園の近くで串カツ。それなら、通天閣の近くじゃないの」
と決めつける。
言う口が生身の美女なら撥ね付けたいが、幽霊のマユには、きっと自分に分からないコトも分かるのだと、信頼している。
成る程、と納得する。
でも、
「俺は、11月23日の昼時に、何件かある串カツやの前を行ったり来たりして、婆さん達を探して、密かに尾行する、訳?」
「そうよ」
きっぱり言われても、現実的に不可能だ。
「連休で、すごい人だろ。俺、自信ない」
期待を裏切るだろうと言ってみた。
「セイ、シロを連れて行けばいいじゃない。未練たっぷりに、飴を見つめて、涎垂らしてる。きっと、飴を探し出してくれるわよ」
本当だ。
シロは静かに側に居て、聖が右手で握った飴に鼻をくっつけ、
涎を垂れている。
飴は、ほのかにニッキの香りがした。
犬の温かい舌で舐めたので香りがキツくなったのだ。
「お前、こんなのが好きなんだ」
シロは、聖の車に乗って都会へ行き、散歩するのを知ったように、
嬉しそうに、短く鳴いた。