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隠蔽の理由

 シロクマの出何処は解体業者と、山田鈴子から聞いている。


「隣の家が、取り壊されていたら、間違いないわね」

 聖は、暫く関心が薄れていた、事件の情報をチェックする。

 

 三人の老婆の一人、白田和子は大晦日に亡くなっていた。

 八十五歳。死因は心不全。


「カズちゃんかな。元気そうだったのに、死んだのか」

 そして、南野家を映す動画も沢山あった。

 最新は二週間前。

 隣が映っている。

 塀は無く、建物がブルーシートで覆われていた。


「見てよ、間違いないわ。シロクマは、この家にあったのよ」

 マユの声は熱を帯びている。

「うん。……俺、なんか、わかんない」

 ショックだった。

 錯乱した晴子が、そこにあった剥製に息子の亡骸を隠した。

 腐乱死体から、溢れ落ちた飴が、それが真相だと教えてくれたのだが

 ……隣のシロクマなら話がちがってくる。

 骸骨を剥製に戻してしまったけど、それでよかったのか?

 大きな勘違いをしていないかと不安になる。

 

「けどさあ、南野晴子も、隣の人も憲司君を殺していないんだ」

「セイは人殺しは見れば分かるんだから、間違いないよ。憲司君失踪当時の、分かってる事実を確認しましょう」

 事件に関心を持ち、詳細に調べ、まとめているサイトは複数あった。

 信憑性のある、公表されている事実をまとめると、

 

 事件当時、南野家は晴子の両親、夫、憲司の五人家族で、

 通いの家政婦が居た。

 家政婦は午前九時から午後二時までの勤務。

 洗濯、掃除、買い物が仕事だった。


 平成二年五月七日、月曜日。

 小学校は全校生徒が五時間授業。

 下校は午後二時半。

 晴子の両親は海外旅行中。帰宅したのは午後九時を過ぎていた。

 夫の帰宅時間は午後八時。

 警察に電話したのは、夫だ。

 つまり、憲司が帰宅する時間に、家に居たのは、晴子だけだった。


「母親は子供の死因を知っている。飴で窒息死したのを見たか聞いたか、どっちか。聞いたとしたら……、隣の人?」

 マユはヒラリと聖から離れる。

 胸の前で手を交差して、細い白い首を真っ直ぐに伸ばし、天井を見ている。

 その姿が白鷺のように滑らかな曲線で美しい、と、聖は見とれた。

 

 憲司も晴子も老婆達もシロクマも、

 全てどうでもよくなる。


「そうか、子供が死んだのを晴子が見ていたかどうかは不明なんだ。自分の家に居たかどうかも解らない。そうだよね?」

 マユが、ふっと消えてしまいそうで、聖は問いかけた。


「やっぱり、憲司君は家で、母親の前で死んだのだと思う。他の場所なら目撃者がいるはず。隣の家も、考えられるんだけど、トモダチの家で様子が変になったんなら、救急車を呼ぶとか、するだろうし。母親は、子供が死んでしまってから、お隣に助けを求めた。これが一番ありそう」

 

 マユの瞳に光が戻り、静止していた身体が、滑らかな動く。


「そして、母親と隣の人は、憲司君の死を隠そうとした。何故かしら? 母親は、息子の突然の死を受け入れられない。錯乱状態。仲の良かった隣の人は同情し……」


 聖は、隣の人は、唯の同情にしては、やり過ぎだと、思う。


「同情で、行方不明だと嘘をつくことを勧める? 自分の家に、死体を預かるって思いつくかな」

「あのね、母親が子供の死を隠蔽した理由はね……自分が殺したと、思ったから」


 マユの目は大きく見開いている。

 辿り着いた推理に確信を持っている。

 でも、

「なんで?」

 と聖は反論する。

 晴子は飴を見ている。復讐の道具に、わざわざ使ったくらいだから、間違いない。

 息子を殺したのは、飴を与えた誰か、なのだ。

「そう、子供は母親の見ている前で、死んでいった。黙って、為す術も無く見ていたのかしら? ……喉に詰まったと、気付いたのよ。その次にどうする? 救急車を呼ぶ? 私なら、飴を取ろうとするわ。指を突っ込んで」

「晴子もそうした。もしかしたら、……飴を見たのは、その時かもしれない」


「無理だったの。だから自分を責めたの。おそらくね、両手の指が使えたら簡単なことだったのよ」 

「……無理なの?」

 聖は、試しにシロを呼び、口の中に右手を入れてみた。

 口を開けておけ、と言って、従うはずは無い。

 左手で顎を支える。全部の指に力が入るではないか。


「母親は自分が殺してしまったと思った。……とてもそんなこと、家族に言えなかった」

「それで帰ってこなかった事にしようと思いついて、遺体の隠し場所を隣の友人に相談したの?。

 で、隣の人は、じゃあ、うちのシロクマの中に隠しましょう、ってなったのか? 

 ……随分仲良しだったんだ」

 マユが、ニヤリと笑う。


「仲良しだけで、死体を預かる?」

 ……他に理由があるじゃ、ないの。


「あ、」

 そうか。

 誰に飴を貰ったか?

 登校班の小学生よりも、

 隣のオバサンの方が、よっぽど、ありそうじゃないか。


「隣の人は、子供が、そろそろ帰ってくる頃だと、家の前で待っていた。……綺麗な飴を憲司君にも、あげようと思ってたのかも。……二人の男の子は走って帰ってくる。走って、ハアハアしてる状態で、大きな飴……喉につかえそうよね」


 隣人は、自分があげた飴だと

 晴子に言わなかった。


「恨まれるに決まってるから、黙ってたのか」


「怖くて言えなかったのよ。自分のせいで死んでしまったと。

 飴の事を話せば、南野一家に恨まれるだけじゃ無い、自分の家族からも責められる。

 噂になれば世間からも責められる。この先どんな地獄が待ってるか知れない」

 

 医者が診れば死因は明確だった。

 そうなれば、飴の出所を追求される。


「自分を責める母親に、遺体を隠す提案したのよ。可愛らしいシロクマの中……いい思いつきよね。たとえば、南野家の庭に埋めたら警察が発見しそうじゃない? 」

 事件当時、晴子も疑われ、南野家が捜索対象になった可能性はある。

 しかし、隣の家は調べる理由がない。


<憲司君は、ここに居るからね、ずっと側に居るから、いつでも会えるでしょう?>


「子供の突然死に動揺している母親を、自分にとって都合が良いように誘導したのかも」

 

 隣人は玄関からシロクマを運び、遺体を入れてまた戻した。

 ケースから出せば抱えていける大きさだ。

 誰かに見られ、問われても、日干しにするとか、ブラッシングするとかメンテナンスの為に出したと繕える。

 広い屋敷の玄関で何をしようが、家族は知らなかったかもしれない。

 人通りの少ない細い通りだった。

 慎重にタイミングを見計らえば、隣への僅かな移動は誰にも見られない。


「でもさあ、シロクマの剥製の中とはいえ、玄関に子供の死体だろ? 

 普通は嫌だよ。平気でいられない」

「究極の選択ね。死体を預かるのは精神的に負担だけど、現実生活に影響はない。

 目に映るのは可愛らしいシロクマの子供。

 中身を知ってるのは自分の他に晴子だけ。二人だけ。

 憲司君を死なせてしまったと責められるより、

 下校途中で行方不明になった事にしたほうが、二人にとって、楽だった」

 

 楽だった、

 とマユは悲しげに小声で繰り返した。

 二人は、最悪の事態は免れた。

 一人は子供が行方不明の被害者として

 もう一人は不幸な家の隣人として

 少なくとも誰にも咎められない日々を送った。


 が、事件後、南野晴子は夫に捨てられ、両親も亡くなって、独り身になってしまった。

 いつしか、息子の死に対する自責の思いは薄れてゆき、

 大きな、水色の飴を憲司に与えた誰かに、恨みを抱くようになった。


「登校班の誰かだと思ったのか。一番怪しいお隣は、最初から除外されてた。……それから、どうなった?」


 再度、ネット上の情報を探す。

 

 聖が老婆達と餅飯殿商店街で遭遇した日の、さらに一月前、

 京都の鉄道会社のイベント会場で、二歳の幼児が犠牲になっている。

 

 三人は、飴を口に入れてから息絶えるまで、見ていた。

 大きく目を見開いて、それから数分で死んでいった。

 あんまり、あっけなくて驚いたと、晴子に報告した。

 三人の供述では、晴子と対話をしたのは、それ以降、無い。


「お婆さん達は、南野晴子は離れに居るか、外出しているかだと、言ってたのよね。

 でも、報道では長い間、引きこもっていた事になってる。

 ……家に居なかったのに、外で見かけなかった。

 隣の、息子のところに通ってたんじゃないかな」

  晴子が行く場所は他に無い。


  隣の主婦は、

  晴子の復讐計画を聞いていたと、マユは推理する。

  初めは実現不可能な絵空事だった。

  しかし、老婆達と出会ったことで、現実味を帯びてきた。


「さすがに怖かったでしょうね……罪も無いちっちゃい子が、殺されて」

 老婆達の行動力は予想外だったにちがいない。

 インタビューを受ける姿が、何かにひどく怯えていると、マユは前に言っていた。


 飴玉連続殺人事件の発端が、

 自分が、隣の子にあげた、飴一つだと、分かっていたからだ。


「人間の心を持ち合わせているなら耐えがたいわ」

 黙って居れば犠牲者は増えていく。

 自分が殺された方が、まだ、ましだ。

 とうとう、

 隣人は、晴子に、自分が飴をあげたと告白したではないか?

 言えなかったと、泣いて懺悔したのでは?


「聞いた方は、呆然としちゃったでしょうね。夢にも思ってなかったでしょうから。けれど、疑わなかった方が、どうかしている。とてもシンプルな真実だと、解る。……じゃあ、今までの復讐は? って、次の瞬間、当然思うよね、」


 聖はマユの推理の先に

 南野晴子の死因が見えてきた。

 ……自死、と。


 醜い逆さ吊りの姿を思い出して、ちょっと可哀想になる。


「あんな姿で亡霊となって老婆達に憑いていたんだ。

 飴玉殺人を止めようとしてたのかも知れない。

 勢いで、死に急いで、復讐計画を中止していなかったかも。

 動物園の前で、俺から水色の飴を奪っていったのは、凶器の回収だったのかな?」


 マユは黙って、何かを考えてる。

 イヤに静かだ。

 川の音が遠い。


「セイ、雪」

 マユが不意に、カーテンの隙間を指さす。

 外が白い。

 知らない間に雪が積もっている。

 チェーン巻かなきゃ、吊り橋は渡れない。

 面倒臭い。

 と、

 現実的な問題が頭をよぎる。


 マユは雪景色に微笑んでいる。


「この雪、シロクマくんが呼んだのかも知れない」

 珍しくも無い山の雪に、メルヘンチックなことを言う。

「ただの剥製じゃないんだもの。雪を降らせる力があるかも」

 

 遅い夜明けの光が、じわじわと白い世界を浮かび上がらせる。

「カーテン開けてよ」

「うん」

 あれ?

 マユが……朝なのに、いる。

 この一年、深夜にしか会えなかったのに。

 ひょっとして、

 奇跡が起こってるのか?

 このまま、リアルな存在になって

 一緒に朝食を食べたり出来るような、気さえして、

 にやけてしまう。


 勢いよく、カーテンを全開した。

 細かい雪が、ひっきりなしに落ちてくる。

 吊り橋も河原も真っ白。

 斜めに差す光でキラキラしている。

 木立の間から日が昇り始めたのだ。

 獣の気配は無い。

 川の音も雪のカーテンのおかげで和らいで聞こえる。


「きれい」

 耳元に清んだ声。

 喜んでいる顔を見たい。


 でも、

 冷たく美しい風景に首だけ突っ込んで、雪を見ていた。

 マユが、今、ふっと消えたのが、わかったから。





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