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隣人

 聖は途方にくれた。

 しばし、グジュグジュの腐敗肉が排水口へ落ちていくのを眺めていた。


「あれ?」

 水色の硬質な何かが、

 腐敗肉からブツリと半分浮き出ている。

 球体だ。

 カラリ、と一回音を立て、排水口に落ちた、

「おい、今の見たか? 丸い物体で、水色。何か見覚え有る」

 聖は足下に居るシロに聞いていた。

 シロは、堪らぬ悪臭のせいか背中を向け、ゴホと咳をしている。


「……、大きな飴がね、喉骨につっかえてたんだよ」


 何者かの声が、聞こえる。

「誰?」

 声はシンクの横、シロクマからだ。

 シロクマと目が合う。

 真っ黒な目と鼻が可愛い。

 ……でも、こっち向いてるのはどうして?


 さっき、背中をシンクに向けて中身を取り出した。

 それっきり、シロクマ本体に手を触れた覚えは無い。

「……もしかして、お前、動いた?」

 モフモフした足がズルリと動き、シンクの端に掛かる。


「おい、動くなよ、怖いから。可愛い足だけどさあ、」

 あれ?

 頭に、

 やっと「飴玉連続殺人事件」が浮かぶ。

 雑種犬の剥製作りが楽しくて、忘れかけていた。

 シロクマの剥製、水色の飴玉……。


「き、君は、もしかして憲司君か?」

 おもわず、袋の中にある死体に問いただす。

 これも、体位が変わってる。

 綺麗に横向いて片手が、伸びてる。伸びた先にシロクマが居る。

 自分が居た場所に戻りたがってるように。

 シロクマの艶のある黒い瞳には、子供の骸骨が映っている。


 ……どうして、中身バラしたの? 元通りにしてよ

 子どもの声が、聞こえた。


「ごめん、悪かった。大丈夫すぐに修復するから。まえより、ずっといい感じに俺は出来るから」

 そう言わずには、いられなかった。



「それでセイは、子供の骸骨を、シロクマの中に入れちゃったの?……信じられないよ。セイは、こんな……大それた事出来る人だったんだ」

 マユは床に置いたシロクマの剥製に近寄らない。

 ぴったり聖の側にいる。


「大それた事、だよな」

「だって、犯罪になるんじゃないの?」

 心配そうに言う。咎めてはいない。

「それは考えながら作業した。死体を発見して、警察に通報しなかったら、どういう罪になるんだろうって」

「どういう罪になるのかしら?」

「解らなかった。聞いた事ないんだ。……死体を発見して、通報した人なら知ってる。その人は、名前聞かれて、パトカーが行くまで、死体の番をしてるように言われたらしい」

「第一発見者に、なっちゃうのよね」

「そう。面倒くさい事になる。それを知ってる人は、例えば、道ばたで死体を見つけても、スルーしちゃうかも。そういう人を、捕まえられる?」

「ちょっと待ってよ。セイは、道ばたで死体を見つけたんじゃないでしょ? 自分宛に送られてきた剥製の中に死体が入ってたんだよ。……それに、ただ通報しなかっただけじゃ無い。……死体を加工しちゃったのよ」


「うん。死体を加工して、剥製の中に隠蔽したら、どういう罪になるのか、それも考えた。けどさ、後戻り出来なかったんだよ。シロクマと、あの子が、このままじゃ嫌だと、俺を急かすから」

「もし捕まっても、そう説明するつもり? シロクマがもし、解体されたら、セイは絶対、捕まっちゃうよ」

 マユが真剣に自分の身を案じてくれているのが、ちょっと嬉しい。


「そうなったときは正直に言う。中途半端で醜い状態に耐えられなかった。綺麗にしてやりたかったって。シロクマと死体もそれを望んでた。……そう説明するとどうなるか、その先も考えた。……俺が連れて行かれるのは、留置所の次は、多分精神病院だろう、って」

 

 マユが、笑った。

「警察も困るでしょうね」

「どうせ、俺、霊感剥製屋だしね」

 マユが、また笑って、ゆっくりシロクマに近づいていく。


「可愛いね。まるで生きてるみたい。毛も綺麗。光ってる」

「毛はね、所々黄ばんでたから、親父のコートの毛を足したんだ」

 丁度いいのがあると、ホワイトミンクのコートから切り取った。


「中に、憲司君の骸骨が座ってるのね」

「うん。綺麗にして接着剤で補強した」


「憲司君だとわかっていても、セイは警察に知らせない、と決めたのね」

 シロクマは南野晴子の家にあった物で、遺体から水色の飴が出てきたと、マユに話していた。


「憲司君は飴を喉に詰まらせて死んだんだ。お婆さん達が水色の飴を使ったのには意味があったのね」

「うん」

「ねえ、失踪当日、憲司君は、家に帰ってから、死んだと思う?」

「そうだろ。母親は死因を知っていたから、復讐に同じ飴を使ったんだ。どうして知ってた? 見たからだろ。母親の前で、誰かに貰った、大きな水色の飴を、口に入れたってことだ」


「それから? 何がどうなって、憲司君はシロクマの中にいたんだろう」

 マユはシロクマの周りを一回りする。


「母親は子供が飴を喉に詰まらせたのがわかった。……普通なら、救急車を呼ぶわね。でも呼ばなかった。そして子供は窒息死。……母親は遺体をシロクマの中に隠して、警察に嘘の通報をした。……なぜかしら?」

 マユの推理が始まった。

 聖は、南野晴子は息子の死を受け入れられなくて、狂ってしまったと、思っている。

 錯乱して、手近にあるシロクマの中に遺体を入れた。

 

 憲司がいなくなってから、近所づきあいも無く、家に引きこもっていたと、隣の主婦が喋ってた。

 子供を亡くした悲しみは、月日が癒やすと思えない。

 生きていれば中学、高校、大学、結婚と、終わり無い地獄の苦しみだったのではないか。


  いつしか、息子に大きな水色の飴を、与えた誰かに恨みを晴らしたいと考えるようになった。

 それは同じ登校班の中にいる。それ以外に考えられない。

 誰なのか、調べようが無かった。

 それで、全員をターゲットにした。


 息子を殺したくせに、何食わぬ顔で大人になり、幸せな家庭を持ち、可愛らしい子供まで持っている。

 腸が煮えくりかえるほどの憎悪が、罪の無い幼子に向けられた。 


 始めは、狂った頭で作り上げた実現不可能な、机上のプランだったかもしれない。

  偶然、三人の老婆と出会ったことで、妄想から生まれた殺人計画が、起動してしまった。


 コレが事件の真相だと半ば確信していた。

 

 そうして、この事実が明かされて、誰が救われるのかと、考えた。

 晴子の恨みは、憲司に飴を渡した登校班の一人に向けられたものだ。

 誰か判らないから、疑わしい全員をターゲットにしたのだ。

 今更、それが分かってどうなる?

 子供を殺された犠牲者は、その誰かを恨まずにはおられないかもしれない。

  

 大きな飴は、赤ん坊や幼児の口に入れれば危険だが、

 一年生の憲司に与える分には問題は無かった。

 喉に詰まらせたのは、不幸な事故だ。

 加害者はいないのだ。

 

 マユも、きっと同じ結論に辿り着くと思っていた。


「息子が、学校から帰ってくる。……走って帰ってくる。母親は玄関で出迎える。一年生だし、今日学校で何があったかとか、色々聞きたい。……息子は喋りながら、大きな飴玉を口に入れる。……母親は、ちょっと、何それ? とか言う。……息子は返事をしながら、様子がおかしくなる。……どうしたの? なに?……慌ててる間に手遅れになってしまった」

 マユは一人芝居さながらに、

 南野晴子と憲司の二十五年前の、憲司が死んだ時を再現していた。

 ……凄い、女優になれたかも。

 聖は、そう思った。


「憲司君は死んでしまった。……母親は、あまりに唐突な息子の死を、受け入れられない。錯乱する。現実拒否。……そうして、狂った頭で、次に何をしたらいいのか考える。つぎに、視界に入ったシロクマの剥製に息子を入れた。セイの推理は、そういう事、なのね」


「そうだよ。憲司君が、死んでしまった時に、晴子は狂ってしまった。二十五年前の五月の午後以来、引きこもっていたんだろう? 狂った頭で考える事は息子の事だけ。暇だし金はある。そのうちに、理不尽な復讐にエネルギーと思考が集中してしまったんだよ」

 なぜか、マユは首を横に振る。


「セイの推理、違う気がするよ」

 悲しげな目をして言うから、

 得体の知れない不安にかられて、聖はマユの半透明な肩に、見慣れたベージュのコートに手をかけた。

 手は留まらず空を切って……自分の胸に落ちた。


「あのね。……目の前で、子供が苦しんで、死んでいった。錯乱しても当然。そこまではいいの。

 ……異常な精神状態だから、死んだ子供をポリ袋に入れて、シロクマの剥製に入れる異常な行動をした、   

 そう考えたんだろうけど

 ……錯乱したひとが、ややこしい、この、一連の作業を出来るのかな」

 

 一連の作業、を聖は頭の中で組み立ててみた。

 子供の遺体をポリ袋に入れ、シロクマの剥製の背中部分の縫製をほどく。

 中の詰め物を出して、子供の遺体を入れ、ほどいた部分を縫い合わせる。


「最低でも、一時間かかる」

 晴子は、事件当時、家に一人だったのか?

 それさえも情報がない。

 夫は仕事で不在として、両親も居なかったのか?


 何かを見落としてると、聖は気がついた。


「母親は片手の指が、無かったんでしょ。今セイが話した作業を、片手だけで、錯乱した状態で、わざわざ、やったの?」

 そうだった、

 晴子は片手しか使えなかったんだ。

 息子をポリ袋に入れるのも難しいんだ。

 シロクマの中に入れるのは……無理かも。


 でも、憲司は家にあったシロクマの中に入っていた。晴子でなかったら、誰が?

 聖は、訳が分からなくなってきた。


「セイ、もう一度、画像で、確かめてみたい。シロクマの足が映っていた、写真を見せて」

 聖は、うん、と速やかに画像をだした。

 何度も見た、玄関に二人の男の子と晴子が映ってる写真

 左の端に透明なケースと白い足が、はっきり映っている。

 聖は熟視した。

 床に置いたシロクマと見比べた。

 同じ足だと断言できる。

 

 このシロクマは二十五年前、南野憲司が生きていた時に、南野家に飾られていた。


「セイ、隣の奥さんがインタビュー受けてる動画、見たよね。あれ、見せてくれる?」

 マユの右手が、マウスの上にある聖の手に重なる。

 冷たいが、柔らかい感触。

 画面を見つめる横顔は、透けていない。


「隣の人が気になるの?」

「セイ、止めて、」

 言われて静止させる。

 隣の主婦の首から下。

 まさかと思って、ハンカチを握る手に目をやる。


「この人は違うよ。憲司君を殺していない」

 マユは隣の主婦を怪しんだのかも。

 推理が外れてがっかりしてるかと、

 横顔を盗み見る。

 が、マユの瞳は、輝いてた。


「セイ、人じゃないの、背景を見て。此所、どこだと思う?」

「後ろに障子が、ある。玄関じゃないの? 大きな日本家屋の……南野家の玄関と似た感じのだ」

 まだ、聖はマユの推理が読めない。


「セイ、似た感じじゃないのよ。南野親子と、もう一人の子供が映ってた、あの写真は、此所なのよ」


「へっ?……まさか、そんな」

 写真をプリントアウトして見比べてみる。

 晴子の後ろあたりに、障子が、映っているではないか。


「南野家で撮ったと勝手に解釈してた。……これが、隣で撮った写真でも全然、不思議じゃ無い。子供が同級生で、仲良かったんだから……って、ことは、シロクマの剥製は隣の家に、あったのか」


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