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シロクマの中身

 ……顔なじみの配達のヒトじゃない。

 車で吊り橋を渡れると知らないから、県道から運んできのか。

 ……あ、でも一度前に会ったような……。

 夏に、カラスを持って来た人だった。

 子供の幽霊も連れてきた。

 聖は嫌な予感がするが、その人は愛想がいい。

「それ、良かったら引き受けますよ」

 玄関に置いてあった、宅配で送る予定の段ボール箱を、持って行ってくれた。

 聖は出かける用事がなくなった。

 思いがけない空白の時間。

 目の前には大きな箱。

 暇なんだし、開ければいいのに、聖はすぐに、箱に触れられない。


 山田鈴子から不意に何が届いても驚かない。

 半解凍の猫を抱いて、土砂降りの夜に尋ねてきた人だから。

 たとえそれがシロクマでも、あの人が送り主なら、何でも有りだ。


 問題なのは、

 箱の中に、厄介なモノが入ってる気がすることだ。

 シロも、感じてる。

 ペタリと床に伏せて、箱から離れた壁に身を寄せている。


「シロ、一人で開けるの嫌だから、こっちに、来いよ」

 聖の哀願に、シロは仕方なそうに、側に来た。


 箱の中身は

 透明な樹脂のケースに入った子供のシロクマだった。

 座っている姿。

 大きさは紀州犬のシロより二回り大きい。

 大人と子供の間。

 ヒトでいえば十四才くらいだ。


「プレゼントじゃ無さそうだな」

 剥製は不格好だった。

 身体のバランスが悪い。

 バニラクリーム色の毛が、所々汚れている。

 シロクマの剥製が規制されていない時代より、もっとずっと、遠い昔に作られたモノらしい。

 顔の細工は丁寧だ。義眼は高価な素材で出来ている。

 まずいのは全体の形と、背中の縫製。

 全体的に見て、プロの仕事と見受けられるのに、数カ所に、ずさんな処理がある。

 修復の依頼だろうと推測した。

 ケースから本体を取り出す。

 あり得ない重さだった。

 シロクマを作業室に運び、

 白衣に着替えた。

 マスクをして、ピンク色のビニール手袋をはめる。

 深い大きなシンク横の、ステンレス台にシロクマを置く。

 やっぱり不細工。

 頭部や肩に比べて、尻がデカすぎる。

 詰め物が間違ってる、と判断する。

 背中の縫い方が、変だ。

 糸を探して、カッターナイフで切っていく。

 中に小石でも適当に入れてるのかな、と推測して。

 

 (まさか、こういうモノが入ってるからだと、計り得なかった)


 聖はシロクマの中に入っていた詰め物を、何か? と引っ張り出して、

「うわあああー」

 と叫んで、腰が抜けた。

 手に取った、重い詰め物を深いシンクに放りだして

 後ずさり

 作業室の冷たいコンクリートの床に、うずくまった。

 シロが心配げに顔を舐める。


 シロクマの中にあったのは、

 ポリ袋に入った人間の、子供の遺体だった。

 半液体化していた。

 白い半袖のシャツと青いズボン。化学繊維なのか、それだけは形を留めている。

 長い年月を経て腐敗し、ドロドロになったようだ。

 哺乳類の遺体は扱い慣れている聖だが、

 あまりに、グロくて、吐きそうになる。


 と、その時、白衣のポケットのスマホが着信のメロディを奏でた。

 山田鈴子からだ。


「剥製屋のにいちゃん、ご無沙汰してます。実はな、アンタにまた仕事を頼みたいねん。シロクマの剥製を修理して欲しいねん、明日か、明後日に届くと思う」

 明るい声。

「……シロクマなら、今日受け取りました」

「なんや、もう着いたんか。連絡が後になって、ゴメンやで」

 鈴子は、山奥だから日数が掛かると思っていたと、言い訳する。

「前に、猫の剥製を頼んだ白木はんから、また頼まれたんや」

 シロクマの依頼主はヤクザ。○○組の若頭だ。

 聖は、今度は胃が痛くなってきた。

 もしかして……ヤクザに死体の処分を頼まれたかも?

 山奥の剥製屋、アイツなら証拠隠滅可能だと考え、大型の剥製の中に死体を仕込んで……。


「知り合いのリサイクル業者から貰ったんやて。解体業者から廻ってきたらしいねんけどな。シロクマの剥製は違法なんやろ。けど、レアなだけに、高い値が付いてる。焼くのは勿体ないんちゃうかと、ほんで、白木はんとこに、持ってきたと言う、いきさつや。白木はんは、もうすぐ刑務所から出てくる舎弟の出所祝いに丁度いいと、買い取ったんや」

「……出所祝い、ですか?」

 白木は、シロクマの中身と関係ないのか?

「その男、カタギになって、故郷の北海道に帰るんや。小さいラーメン屋を白木はんが、買うたったんやて」

 出所する舎弟の為に、店一軒買う白木は、優しいヤクザなのか。

 それとも、店の一軒出してやる理由があるのか。

「その男な、けったいな奴で、シロクマの入れ墨してるんやて。だからな、喜ぶに違いないと思ったらしい」

 シロクマの入れ墨……?

 聖は頭の中に描けない。胃が痛くて吐きそうなのに、ちょっと笑ってしまった。

 白木は、シロクマが汚れていて、不格好なのが気にくわなかった。

 で、聖に綺麗にしてもらおうと思いついた。

 ただそれだけ。

 死体入りのシロクマと知ってはいない……ようだ。

 鈴子も、死体の存在は知らない、に違いない。

 現物は見ていないと言うから。

 手配は社員に任せたのだろう。

「悪いけど、なるべく急いで欲しいねん。それと、明日にでも見積もり出して、知らせてな。剥製の値段なんか白木はん、判ってないからな、遠慮せんと、儲けてや」

 陽気な声で電話は切れた。

 死体がと、言う前に。


 鈴子に電話をかけようとしたら、シンクからドボリ、ドボリと音がする。

「何だ?」

 聖は立ち上がれない。

 鼻がつぶれそうな強烈な腐敗臭。

 シロは堪らないのか人間くさい咳をする。


 シンクの中を見たくない。

「やるべき事は、すぐに山田社長に電話して、それから、警察に電話、」

 と側にいるシロをしっかり抱いて、心を落ち着かせた。

 若干冷静になったのはいいが、シンクの中で何が起きているのか、気付いてしまった。

「俺が、乱暴に、扱ったから、袋が裂けたんだ」


 ……何分、人間の死体だから、警察に届けなければいけない。

 ……発見した状態で、そのままにしとくんだ。


 ところが、どうだ、袋は破れ、どろどろした中身がシンクの排水口を通って、工房の地下の浄化槽へ落ちていってる……死体の、骨以外の部分が。

 相当マズイ。

 警察は浄化槽を取り出して、グシャグシャでぶよぶよの肉片を集めるのだろうか?

 浄化槽を掘り出すには、上の建物、工房全部を、取り壊さなきゃいけない。

 大がかりな作業になる。

 掘削機やブルトーザーが必要だ。

 ところで解体用の重機の重みに、吊り橋は耐えられるのか?

 ……無理だ。

 ……浄化槽は掘り出せない。


 そこまで先行きを想像して、とにかく遺体の肉が流れるの阻止しなければ、と思った。

 立ち上がって(痺れが切れていて、時間が掛かった)怖々シンクの中を覗く。

 半透明なポリ袋の中に、白い骨が見える。

 かつて身体だったタンパク質や油がズルズル低い方へ、移動し、ポリ袋の裂け目から排水口へ消えていく。

 悪臭に口を押さえて、為す術も無く見ていた。

 既に大半が喪失している。

 今更、遺体の入った袋を、引き上げても手遅れだ。


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