思いがけない依頼
「憲司君は……母親以外の誰かに連れ去られたの?」
「そう、なるのかなあ」
老婆達は晴子に住居と金以外に、衣服、装飾品も貰っていた。
食事は外食したり総菜を買ってきたり。
晴子とは、仕事の連絡以外、顔を合わせなかった。
晴子は広い屋敷の離れに閉じこもっているか、出かけて居ないか、だったらしい。
二十五年前の神隠し事件について、晴子のターゲットの一人がインタビューに答えていた。
未遂に終わった天王寺動物園事件の被害者だ。
子供を殺されてしまった親はマスコミに登場することは無かった。
彼は当時、六年で班長だった。
「南野くんと、隣の家の……くんは、走ってね、帰っていったんです。私がはっきり見たのは二人の後ろ姿だけです。他のことは覚えてないんです。他に人が歩いてたとか、車が停まってたかとか、あの時も何回も聞かれました。刑事さんや、親や、学校の先生に」
顔は隠されているが、朴訥な語り口が誠実な人柄をイメージさせる。
「ねえ、これって、不審者を見なかったと言ってないよね。覚えてない、んだから」
「うん」
聖は、最後まで一緒に居た、隣の子が気に掛かった。
「一人で帰ったんじゃない。隣の子と走って帰った。最後に憲司君をみたのは班長じゃない、隣の子だと、はっきりしたね。当然、隣の子は班長以上に問い詰められたでしょうね」
マユも同じ事を考えていたらしい。
「結果、何も情報は得られなかったんだ」
「まだ一年生でしょう。走ってたのよね。早く家に帰りたかった。トモダチのことなど見てもいなかったでしょうね」
飴玉幼児連続殺人事件と憲司君神隠し事件は、暫くの間、巷で話題になった。
しかし、何も新たな情報が無いまま、冬がきた。
南野晴子と憲司は消息不明のままだ。
毎晩のように来ていたマユも、次第に姿を見せなくなった。
聖は、珍しい<雑種の犬>の仕事に夢中になっていた。
クリスマスイブに届いた依頼だ。
いろんな血がはいってるらしく、見たことの無い、変わった外観だ。
「柴、スピッツ、もしかしてシェーパードも入ってる。この目は、ハスキーなんだな。待てよ、脚短い。耳垂れてる。ひい祖父ちゃんはビーグルかも」
享年十八才。
長く寝たきりだったようだ。床ずれで毛が抜けている。
飼い主も高齢で寝たきり。痴呆が始まっていると聞いた。
愛犬の死を理解出来ない。
依頼主は飼い主の親族で、電話をかけてきた。
……お祖父ちゃんに、この子の死を今は知らせたくないんです。
半年前から殆ど、丸くなって寝てましたから、そういう形にして下さい。
急いで欲しいとは、言わなかった。
でも、聖は、完成を急いだ。
一刻も早くと徹夜で作業した。
老人は、なぜ側に愛犬が居ないのか理解出来ない。
依頼主は、嘘で誤魔化して、剥製が届くのを待っているに違いない。
「どうだ、俺の最高傑作かも。気持ちよさげに、うたた寝してる、だろ?」
完成した時は嬉しかった。
シロに見て貰った。
シロは剥製の犬の臭いを嗅いで、
聖の腕の中へ飛び込んできて、頬をぺろぺろ舐めた。
年が変わった……一月の二日のことだ。
一仕事終えた達成感。
清々しい気分で梱包していると、宅急便が届いた。
大きな荷物だった。。
二人がかりで県道から吊り橋を渡って運んでくれた。
送り主は山田鈴子。
荷は<シロクマの剥製>
と
書かれていた。
へえ、シロクマ。
珍しい、と思った。
(何で、今、シロクマ?)と驚いても良いのに
飴玉事件をすっかり忘れてる。




