4話
何だかよく分からない展開となってしまっていた。結局話は、サンタクロースの存在を前提として進んでしまってるし。
でもまぁ、その話の根源であるユイは出ていってしまったし、もう気にすることはないように思う。おそらくユイも家に帰ったんだろう。俺は立ち上がって風呂の用意を始めた。
小さな風呂の浴槽に湯を張り、もうすぐ入ろうかという頃だ。ユイは帰ってきた。変わったことは、手にコンビニの袋を抱えていたことである。
「ただいま」
と、さも当たり前のように言うので、俺は「お、おかえり……」とつい返してしまった。
わりとすぐ帰ってきてしまったユイは、再び居間にある足の低いテーブルのそばに座り込んだ。
「?」
俺にはどういうつもりか分からない。しばらく様子を見ていた。
ユイはコンビニの袋から何かを取り出す。それは履歴書だった。
「……」
買ってきた履歴書に、何やら一生懸命書き込んでいるユイ。こそっと覗いてみると、これはまた内容は酷かった。
まず名前はユイだけである。学歴は海外にあるような学校名だ。それも計算すると、同じ学校に十年はとどまっていたようだ。そんなに留年したのか。
志望理由は、サンタクロースになるためとか書いてるし、笑うしかない。郷を煮やした俺はユイを止めた。
「待て待て。お前はそれをどうするつもりだ?」
「どうって。働くため。あなたがお金がほしいって言ったんじゃない」
うん。確かに言った。でもあの流れだと、まさかコツコツ働いて貯めるとは思わないじゃないか。
「こう……サンタクロースならポンッと出すのかと思ったんだけどな」
「そんなことできるわけないでしょ」
まるで俺が痛い子みたいじゃないか。そりゃ金がポンッと出たらおかしいよな。ファンタジーだよな。けどそんなファンタジックなことは、そもそもお前が言い出したんだぞ。
言った。俺は心の中で盛大に言ってやった。
「ていうかそんな履歴書だと何処も雇ってくれないぞ。それにまぁ金は冗談だ。多分一番じゃないし」
「なにそれ。じゃあ一番は何よ?」
自分が買ってきた履歴書は無駄だと知るや、ユイは呆れたようなそんな顔をしていた。
「欲しいもんならいっぱいあるけど、一番と言われると決まらないしなぁ」
「そ、じゃあ、あなたのそばにいて見定めさせてもらうから」
「ちょっと待った。それはもしかして此処に住むとかそんなオチじゃないよな」
願うように尋ねた答えは、俺の希望を悉く打ち砕きやがった。
「当然じゃない。私サンタクロースになりたいもの」
「……」
可愛い娘との同棲は嬉しいけど、今はそんなこと言ってられない。金はどうなる。食費は二人分になるだろう。ただでさえ狭いこの部屋にもう一人増えるのか、寝にくいったらありゃしない。
「あぁ、布団は一人分しかないから。一緒に寝ることになるぞ」
「ならあなたは玄関で寝て」
「ごめんなさい。頑張れば何とか二人分があります」
くそっ。何て容赦のない女だ。つーか、此処元々俺の部屋なんだけどな。いつの間にこんな上下関係が出来てしまったんだ。
何処か納得仕切れない俺は、どうにか打破出来ないかと粘った。
「俺がそれを一番って言ったら?」
「却下」
やっぱり無理だった。せめてもう少し考えてくれてもいいんじゃないかと思う。そんなことを申し出たら、ユイが恥ずかしいようなことは全部却下らしかった。
「じゃあよろしく」
ユイが右手をさし伸ばしてくる。俺もそれに応えた。
「ああよろしく」
座った者同士、テーブルを挟んでの握手は何とも奇妙な気がした。いやそれは仕方ないのかもしれない。サンタクロースを目指すユイとの奇妙な生活が始まるのだから。
「あ、そういえばあなたの名前は?」
「ぶっ…! お前知らないのかよ。せめて調べてから此処に来いよな」
「む、別にいいでしょ」
ユイはうっすら頬を赤らめて、小さく反論する。こういう仕草は、悔しいがやっぱり可愛いんだよな。
「俺は氷野誠一だよ。氷に野原の野に、誠意の誠に一で氷野誠一だ」
「分かった。じゃあよろしく誠一君」
「あぁ」
かくして、苦学生の借り部屋に居候が住み着いたのだった。




