3話
「じゃあいくよ」
さらにクルッと回る。今度は見逃すまいと、手品のタネを見破るように見つめた。だが、あまりにも一瞬の変わり様は、タネも仕掛けもないように思えた。
「ぐ、もう一回」
人指し指を立てて、挑戦状を叩き付けた。
「いいよ」
とユイは満足気だった。俺が信じ始めてしまっているのが心底嬉しいのだろう。しかし、まだ信じきってはいない。断じてだ。
「ぐ……」
しかしどれだけ注意深く見ても意味がなかった。やはり仕掛けが分からない。こいつは本当に本当なのかという疑念も、少しずつ確信に近付いていた。もはや、見破るのは不可能だと思った俺だが、まだ続ける。今や目的は別のものへと変わっていた。
「もう一回」
「まだやるの? いい加減認めてよね」
満足気だったユイもそろそろうんざりしてきたようだ。だが、まだ諦めない。俺はいよいよ携帯のカメラを用い始めた。
「なにそれ?」
「いいからいいから」
首をかしげるユイだったが、続けてくれていた。ありがたい。俺のよからぬ期待に応えてくれたらなおいいのだが。
「むぅ……」
携帯のカメラ機能ではダメか。しかしまともなカメラなんて持ってないし。もしビデオで撮ってスローにしてみたらどうだろうかと、俺は思考を働かせていた。
「ねぇ、そろそろいい? 私さすがに疲れちゃった」
そう言ってユイは止めようとする。それは断じて阻止したかった。
「いやそれはダメだ。俺は諦めない。もしかしたら写るかもしれないんだ」
「……何がよ?」
「何ってそりゃ胸とかいろい……」
俺は馬鹿だった。つい口が滑った。しまったと思った頃には全てが終わっていた。
「……なにそれ」
気のせいかダークなオーラがユイの背後、いやユイ自身から溢れていた。それはもう恐ろしく感じた。
「ああぁ…、いやいや違う。そうじゃない。誰も裸が写真に写るかもなん……あ、いやそうでもなくて……」
「この変態! サイテー!」
顔を真っ赤にして叫ぶユイ。
「…!?」
瞬間、俺は引っ叩かれていた。あまりの速さに避けるは叶わず、あまりの力強さに吹っ飛んでしまう。それが、一発では収まらなかった。
「ごめん。悪かったよ」
手の跡が両頬にくっきりとついた俺は正座していた。まだヒリヒリして頬が痛い。明日になっても残っていないことを祈ろう。
「こんな変態だったなんて」
と、ユイは俺から少し離れたところでブツブツ言っていた。怒ってしまった私服姿のユイは、鍋も料理も、俺が確保した小皿も片付けてしまっていた。
俺が変態なら、お前は狂暴だと訴えたかった。初見の可愛らしさはどこに行ったのか。化けの皮が剥がれたら鬼か何かじゃないか。とはまぁ言えないけど。
「あのさ。まぁサンタクロースの存在は百歩譲って信じよう。それに君もサンタクロースなのも万歩譲って信じる。でも何で俺の部屋にいたんだ?」
「何で万歩もなのよ。私はお祖父ちゃんを継ぐために来たの」
「どういう意味かさっぱりだ」
すると、ユイはこちらに顔だけを向けた。
「私はね。人間じゃないの。いわば精霊みたいなものかな」
狂暴な精霊がいたもんだなと、俺はそんなことを考えてしまう。まだ痛いからな。
「私みたいなのは他にもいっぱいいて、本当のサンタクロースになろうと頑張ってるの。いわばリーダーみたいなもんかな。そのリーダーになろうと皆必死なの。サンタクロースは家系で継ぐとかならいいのに、どれだけ優秀かで決まってしまうから。」
「それは一人だけなのか? だとすると凄い競争率だな」
「うん。私はお祖父ちゃんの跡を継ぎたい。でもそう簡単にはいかないの。試験で決まるから」
まるで受験生だなと思った。サンタクロースになるのも楽じゃなかったようだ。
「それで試験のために此処に来たというわけ」
「ストップ。いきなり話が飛んだぞ。試験があるのは分かった。だが試験と此処に来たことは関係ないだろう」
「関係あるわよ。試験は、各自に指定された人間に贈り物をすること」
「ん? じゃあ何かくれるのか?」
「そうなんだけど。ただ単にあげればいいってもんじゃないのよ。その人が一番求めているものをあげないと。まぁそれは物とは限らないみたいけど」
なるほどね。だからご飯を作ってくれたわけか。帰ってきたときにご飯が用意してあって、おかえりなさいなんていうシチュエーションは、確かに俺は望んでいたかもな。
「で? これじゃダメなのか」
「みたい。何も起きなかったし。ねぇ何か欲しいのある?」
こうやって直接聞き出すのはありなのかと疑問に思うが。欲しいいものねぇ……。
「やっぱ金かな」
「……」
あ~、目が据わった。まぁそりゃなんか清く綺麗な願いじゃないけどさ。実際、苦学性には金はいるんだって。
「分かった。何とか用意する」
「あ、あぁ……」
そう言ってユイは立ち上がって外へ出て行ってしまった。




