1話
今年の冬もやはり寒い。俺は暑いのも苦手だが、寒いのもまた苦手だった。
「さみ~……」
声に出してもやっぱり寒いし、どうにかなるはずがなかった。しかも雪まで降ってきている始末。風がないのがまだ幸いだが、コートとマフラーを着用してもまだ寒く感じた。手袋も必要だったなと後悔する。
今は大学の帰りだった。もう空は真っ暗な中、徒歩で家を目指す。家といっても、下宿先のチンケな一室である。家賃は三万五千円。学生の身分としてはきついが仕方ない。
俺は震える手に息をかけた。目に見える白い息はすぐに消え失せる。とても脆い存在だった。
ふと、ある店が目に入った。サンタと同じ赤い服に赤いブーツ。先端の白い、赤い帽子を被った女の子たちが、懸命にお客に声をかけていた。どうやらケーキ屋さんのようだ。看板を照らすネオンサイン以上に、クリスマスツリーが店のはしっこで輝いていた。
「そうか……もうすぐなんだな」
それで初めて、俺はクリスマスが近いことに気付いた。月日では分かっていたことだが、クリスマスというイベントは頭にはなかった。それほど学業とバイトで忙しかったのかもしれない。少し自嘲気味になった。
思えば彼女いない歴十九年と三ヶ月。なんとも寂しい記録を俺は更新し続けていた。俺には全く余裕がなかったらしい。
「いらっしゃいませ」
「ありがとうざいます」
再びケーキ屋のサンタの格好をした女の子たちに目をやる。まぁまぁ可愛いかな。と思った俺は、自分の家に向けて歩き始めた。衝動買いするほど、俺の金銭はやはり余裕がなかった。
「ただいま~っと……」
返してくれる者は当然誰もいない。真っ暗な部屋はやぱり寂しい気がした。
「おかえりなさい!」
「…!?」
俺は驚いた。何と返事が帰ってきた。俺はここに一人で暮らしているわけだし、誰にも合鍵を渡していない。まぁまず渡すような相手はいないんだ。親がこっちに来るなんてこともないはずだ。
なら何故返事があった?
声と同時に電気が灯る。俺が点けたわけじゃない。勝手に点いた。いや、誰かが点けたんだろう。俺は何がいるのか、注意深く、慎重に部屋にあがろうと足をかけた。
「あ~、こんなに雪が積もってるよ」
襖の横から顔を出して、そんなことを呟いた。
誰?
さっきまでの緊張がなくなり、俺は唖然とした。何と意外なことに俺より十センチ近く背の低そうな女の子だった。
「ほらほら早くあがって」
俺の混乱した頭をそっちのけで彼女はそんなことを言った。
トテトテと近付いて、俺の頭と肩の雪を払ってくれる。特に頭は、届かなくてう~ん……てな感じで背伸びをしていた。その仕草がなんだか可愛く思えた。
「いつまでもそんなとこにいないで、あがって」
誘導する彼女に俺は従った。帰ってきて、こんな風に可愛い女の子が迎えてくれることに、俺は感動を覚えてしまう。
「……って違ーう!」
「はわっ!」
いきなり俺が大声を出したからだろう。彼女はびっくりしていた。が、かまわず俺は尋ねた。
「あんた誰だよ? なんで家にいるんだ!?」
「え?そ、それは後で話すよ。とりあえずご飯食べよ」
と、彼女は奥の部屋を指す。寝室でもあり、居間でもあり、食事する部屋でもあるその部屋には、グツグツと鍋料理が存在していた。
「うぉっ……」
持ってきただけで一度も使っていなかった、鍋とコンロ。久々の再会と、鍋料理が食えることに俺は喜んだ。彼女が何故ここにいるかなど、この際どうでも良くなっていた。
「いっただきまーす」
「ダメ。まずは手を洗ってから」
彼女はそう言って、飛び付く俺を制止する。すぐさま素直に手を洗った俺は、目の前の料理にがっついた。
「うまい!」
「そう?ありがとっ」
パクパク食べ進む俺。彼女は鍋に、肉や野菜をたくさん入れてくれていた。ありがたや、ありがたや。
無心になって食べ続けた俺は、腹がふくれ始めた頃、考えがまとまってきた。
「……って鍋はうまいけど、そうじゃない。あんたはいったい誰なんだ?」
「私?」
と自分を指差す彼女は、キョトンとしていた。はいそうですよ。今更ですよ。
「隠してもしょうがないから言うけど、聞いて驚かないでよ」
そう言うもんだから、俺は肉の味を噛み締めながら、彼女の言うことに耳“だけ”を傾けていた。目は鍋にしかない。
「私の名前はユイ。何とあのサンタクロースなんだから!」




