練習再び
まだ日が昇りきっていない早朝、僕は球技大会に向けてジョギングを始めていた。
部活をやめてからしばらく経っていたので、思ったより体力が落ちているため息が切れるのが早い。その事に焦りもあったが、時間もないし地道に続けていくしかない。
切りのいい所で切り上げて学校に向かうことにした。
「それから朝走ってるのか。頑張ってるな」
「そんなハイペースで進められて無いけど、少しずつ勘は戻ってきている気がするよ」
「それはなによりだ。こっちも少し調べてみたぞ」
「ほんとか、ありがとう」
悟が今回のテニスに出場するペアについて調べてくれると申し出てくれたので、ありがたくお願いしていたのだ。
「結論から言うと一組だけテニス部から出場するみたいだな。他に別の運動部から出る生徒もいるみたいだけど、そのペアに比べると問題ないだろう。その他は数合わせだからそっちも大丈夫だと思う」
「そっか。まだ戦いようはありそうで安心したよ」
「といっても何があるか分からないからな。油断せず頑張ろう」
「おし、それじゃ授業始めるぞー。席に着いて」
クラスに次の授業の先生が入ってきたので、話を切り上げて席に着いた。
放課後、家の近くで壁打ちを行っていた。
本当は乱打をやったりして感覚を掴みたい所だが、悟は野球部の練習があるし、他に頼れる知り合いもいない。
それでも何もしないよりはマシだと思って続けていると、急に後ろから声をかけられた。
「何してるの?」
聞き覚えのある声に振り返ると奏がこちらの様子を伺っていた。
「何って、壁打ちだよ。球技大会に向けて練習しようと思って」
「そうなんだ。ちらっと見えたけど、朝も走ってたでしょ。急にやる気になってどうしたの?」
「いや深い意味は無いけど、どうせやるなら勝ちたいかなって」
本当の理由なんて今は絶対に言えるわけがなく。。そんなわけで何ともふわふわした僕の回答になってしまったが、奏も一応納得したらしい。
「そんなものなんだ?まぁいいんじゃない。こういう機会じゃないとあんまり運動もしないだろうし」
「そんな中年レベルで運動してないわけじゃないよ」
「それもそうか」
何かこんな感じで奏と話すのも久しぶりだ。やっぱ落ち着くな。そんな事を思っていると奏から意外な提案があった。
「壁打ちもいいけど、誰かと打たないの?」
「打つ相手がいないんだよ。言わせないでくれ」
「あら、可哀想。特別に私が練習相手になってあげましょうか?」
「え"」
そんな提案そっちからしてくると思わなかった。
だってつい最近ラケット事件起こしたばっかりじゃないか。その記憶飛んでるんじゃないか?
「何よその顔と声は!私だって流石にこの前と違うんだから」
「いやーでも…」
「でもじゃない!一回やってみて判断しなさい。さぁコート借りに行くわよ」
その勢いに負けて引きずられながらコートに向かうことになった。
「じゃ行くよ!」
ボールが飛んでくる。
「ナイスボール!めっちゃ打ちやすい!」
驚いた。前回の時とは比べ物にならないくらい上手くなっている。フォームが良くなってるから打球も良くなっていて、普通にラリーが続けられる状態までなっている。
「でしょ!?私だってあのままだと悔しいからずっと練習してたの」
「すごいよほんとに!」
「でも自分のイメージには追い付いてないかな。もうちょっと練習していかないと。でも練習相手に不足無かったでしょ」
「甘くみてました。参りました」
僕の言葉を聞いて満足そうに笑う奏。
元々ポテンシャルがある上で努力を惜しまないから凄いな。
「これだったら奏も球技大会優勝狙えるんじゃないか?」
「うーん、男子でもそうだけど女子でもテニス部出てるからまだ難しいかも」
「流石に厳しいか」
「『まだ』って私は言ったのよ!」
負けず嫌いな奏は思わずムッとした顔をして言い返してきた。
「どうせならもっと練習して私も優勝目指すことにするわ」
「前回ラケット事件を起こした人とは思えない発言だね」
「あの事は忘れなさい。黒歴史だわ」
「でもそうだね。男女どっちもテニス部門で優勝取れたら嬉しいね」
「私は仕上げられる自信あるけど、そっちはどうかしらね」
「それだけ自信持てたら人生楽しいだろうね」
「何か馬鹿にされた気がする」
「そんなことないよ、素直に尊敬する。けど僕も諦めの悪さだけは負けてないと自負してるから最後まで粘るよ」
「そしたらまた一緒に練習しましょう」
「え、いいの?僕としては助かるけど」
これはまた意外な提案だった。
わざわざ奏の方から練習しようなんて言ってくれるなんて
「意外って顔に出てるわよ。私だって何となく優勝目指してるのか本気なのかくらいは分かるわ。朝からジョギングしたり、壁打ちしたり、珍しく本気でやろうとしてるみたいだから手伝ってあげようと思っただけよ」
もしかして僕が球技大会に向けて行動してるの見て、奏も仕上げてきてくれたのかな。
思い上がりかもしれないけど、そうだったら本当に嬉しいな。
「是非、こちらこそよろしくお願いします!」
奏は僕の返事を聞いてそれでいいのよと言わんばかりの顔をしている。
球技大会まであと少し。何も言わずに助けてくれる奏のためにも改めて頑張ろう。
読んで頂いてありがとうございます。




