西銀河物語 第2巻 アメイジングロード 第四章 新たな脅威 (1)
第四章 新たな脅威
(1)
未知の艦隊との戦闘でいらぬ犠牲を出した「第三二一広域調査派遣艦隊」はADSM72星系からミルファク星系側跳躍点に出てきた。ミルファク星系まで二光時、星系内に入り、惑星公転軌道上より少し下側にある跳躍点から首都星メンケントまで六光時。
ヘンダーソンは、ミルファク星系をスコープビジョンに見ながらこの二ヶ月の航宙を思い出していた。
「ヘンダーソン総司令官」アッテンボロー主席参謀の声に振り向くと
「軍事統括ウッドランド大将に提出する報告書が出来上がりました。目を通して頂けますか。星系評議会向け資料は作成中です。例の艦の残骸に関する民間技術者からの報告ももうすぐ出来上がる予定です。戦艦の「高速航宙試験」と「アトラス」の「シンクロモードテスト」の報告書は既に出来上がっています。同時に送ります。目を御通し下さい」
広域調査の主眼である未知の星系までの航路調査情報、星系内恒星、惑星情報、資源情報、移住可能性等多くの報告に加え、今回は「高速航宙試験」、「アトラス」のテスト結果等の報告がある。更に未知の艦隊との戦闘報告など山の様な報告を軍事統括と星系評議会にしなければならない。ヘンダーソンは、ミルファク星系に着く前、跳躍中に作成を指示しておいた。報告の仕方次第では、とんでもない結論を出す可能性がイエン星系評議会代表はある。それを十分に考慮しての早めの作成だった。
「分かった、主席参謀、総司令官セキュリティレベルで私のフォルダに転送してくれ」
ヘンダーソンの指示にアッテンボローは「了解しました」と言って自分のスクリーンパネルに指示を打ち込んだ。
「シノダ中尉、一緒に来なさい。司令官公室に行く」そう言ってシートから立つよう促した。
報告書と言っても紙でするのは、地球から火星に進出した中世期初期の時代だけだ。宇宙において紙パルプそのものがない。似たようなもの簡単に作れるが、リサイクルコストを考えると無駄であり、すぐに電子化された。今では、ほとんどが3D映像とコメントだ。
シノダは、ヘンダーソンについて艦橋を出て歩き出した。司令官公室は、艦橋と同じ階にある。通過ドアのパスは、総司令官とオブザーバだけだ。ヘンダーソンとシノダしか持っていない。
移動通路を五〇メートルほど行くと左手に有る司令官公室に入った。奥には司令官の寝室がある。
ヘンダーソンは、一〇人は座れる丸いテーブルにある椅子にシノダを座らせると、テーブルの側にあるスクリーンボードに指示を入れた。テーブルの上に3D映像が浮かび上がり、ミルファク星系から発進した「第三二一広域調査派遣艦隊」が映し出される。
「シノダ中尉」ヘンダーソンの声に「はい」と答えたシノダは、映像から視線を動かすと
「次からの航宙時には、私の補佐官として色々と仕事をしてもらう。今回の航宙に同行させたのは、その練習という訳だ。初めての航宙で色々と覚えたこともあるだろう。それを私と一緒にこの報告内容を見ながらもう一度思い出してほしい」
ヘンダーソンの上官を通り越した親の様な優しい心使いにシノダは、胸が熱くなるのを感じた。
既にミルファク星系内に入って三日目。後半日で軍事衛星「アルテミス9」に到着する。スコープビジョンに映る三番目の惑星首都星メンケント、第四惑星バーダン、第五惑星アルキメディア等の惑星がミルファク恒星の光で輝いていた。そして、今は米粒ほどにしか見えない軍事衛星と政治、軍事、経済の中枢であるシェルスターが首都星メンケントの衛星軌道上に浮かんでいた。
「帰って来たんだ」シノダは、気持ちの高揚を感じていた。管制官フロアでは、レーダー管制官、航路管制官、航法管制官が、有人航路監視衛星や軍事衛星と矢継ぎ早に交信をしているのが聞こえる。
ここまで来ると、民間の貨物船、星間連絡艦や他の軍艦艇が右に左に行きかう。「第三二一広域調査派遣艦隊」は大部隊だ。既に〇.〇五光速のゆっくりとした標準航宙隊形で航宙しているとはいえ、細心の注意を払わないと、他の艦艇と接触するする可能性がある。宇宙では、「視認出来たらもう遅い」である。一秒で数百キロを動いている艦が人間の視覚反応で避けられるはずもない。
艦隊は、「アルテミス9」の手前千キロのところで前進を止め標準航宙隊形をといた。各艦のクラス毎に宙港が別になっている為である。アガメムノン級航宙戦艦、アルテミス級航宙空母は第一層宙港、ポセイドン級巡航戦艦、アテナ級重巡航艦は第二層宙港、ワイナー級軽巡航艦、ヘルメース級航宙駆逐艦は第三層、第四層、ホタル級哨戒艦、タイタン級高速補給艦、強襲揚陸艦、輸送艦は第五層、第六層宙港が割り当てられている。
宙港別指定航路に乗った各艦は、「アルテミス9」各層の宙港管理センターと連絡を取りながら入港する。
ヘンダーソンは、コムを口元にして
「アルテミス9、宙港管理センター。こちら「第三二一広域調査派遣艦隊」総司令官ヘンダーソン中将だ。各宙港への入港許可を申請する」一瞬、間をおいて
「こちら「アルテミス9」宙港管理センター、「第三二一広域調査派遣艦隊」の入港を許可する。各艦艇は、各層宙港管理センターの指示に従い入港せよ」
「アルテミス9」の宙港は、六層が更に二つに円を半分にしてそれぞれ反対側に各クラスの艦が入る。航宙戦艦と航宙空母がそれぞれ反対の宙港に向かって動き始めた。
指定航路から順番に誘導ビームに乗り入港していく。接触を回避する為、ゲート奇数番号、偶数番号順に同時入港する。
「すごい。出港時もすごかったが、入港風景もすごい」シノダは、入港の壮観な眺めに見とれていた。やがて
「第一層宙港管理センター。こちら旗艦「アルテミッツ」、入港準備完了」
「こちら第一層宙港管理センター。旗艦「アルテミッツ」、誘導ビームに乗り第一番ゲートに入港せよ」
「旗艦「アルテミッツ」了解。誘導ビームに乗り第一番ゲートに入港する」
「アルテミッツ」が、ゆっくりと進み始めた。第一番ゲートの長い誘導路の間を進んでいる。やがて静かに停止するとランチャーロックが艦をホールドするとゲートの入口が下からせりあがって来た壁で隠される。少し経って
「こちら第一層宙港管理センター。旗艦「アルテミッツ」、ランチャーロックオン、バックドアクローズ、エアロックオン、フロントドアオープン」
「アルテミッツ」の前に有る大きな壁が下がって行くと宙港の風景が現れた。
ハウゼー艦長はコムを口元にすると管制フロアを見ながら
「各管制官はファイヤープレイスロック。ダブルチェック後、航宙管制センターにリモートオン。30分後、ブリーフィングルームに集合」そう言うと後ろを振り返り、ヘンダーソン中将に
「旗艦「アルテミッツ」。軍事衛星「アルテミス9」に帰航しました」そう言って敬礼をした。アッテンボロー主席参謀、ウエダ副参謀、ホフマン副参謀、シノダ中尉もヘンダーソンに向かって敬礼をしている。
「全員ご苦労だった」ヘンダーソンは答礼をすると司令長官席を立って艦橋を出た。参謀たちがその後に従い、シノダは、一番後ろにつくと一緒に艦橋を出た。
シノダは一度オブザーバルームに戻り私物が入った大型のバッグを手に持つと司令長官室の前で待った。やがてヘンダーソンが出てくるとにこやかな顔をして
「艦を出たら一度オフィスに戻り、その後、シェルスターのウッドランド提督のオフィスに行く。シノダ中尉、連絡艇の用意を頼む」
「はい」と返事をするとシノダは、「アルテミス9」に戻ったのだと実感した。
艦橋からは、艦の外に出るドアまでエレベータで直接行ける。他の乗組員と顔を合わすことはない。上級士官専用エレベータだ。途中で参謀たちのフロアに停まり彼らを乗せると、エレベータは一挙に推進エンジンのある高さまで下がった。エレベータのドアが開くと既に外部のエスカレータに通じるドアが開けられ、兵が敬礼して待っていた。ドアを出ると久々に嗅ぐ「アルテミス9」の空気を吸ったシノダは、「やはり艦内の空気よりこちらの方がおいしいな」と思いながら、ヘンダーソンたちと外に降りるエスカレータに乗ると誘導路まで下がり誘導路に出てシノダは「唖然」とした。
すごい数の人が自動エアカーの誘導路の向こうのフェンスで待っている。今回の派遣艦隊に参加した人たちの家族だろう。シノダには縁のない風景にちょっぴり心が沈んだが、すぐに気を取り直しヘンダーソンと共に誘導路に乗った。
自走エアカーにヘンダーソンが後部座席座ったのを確認して、自分が前部座席に座ると行き先をタッチした。自走エアカーが「ふっ」と浮いて動き始めると、シノダは、すぐに星系軍支給のノートパッドを取り出し、シェルスターに行く為の「連絡艇」を手配した。
「ヘンダーソン中将、広域調査ご苦労だった。予定外の事もあったようだが、概ね良い結果を持ち帰ってくれた。大変うれしい。これで今回の派遣を押したキャンベル評議委員も非常に喜んでいる」2カ月ぶりに見たウッドランド大将の顔が笑っていた。
「ウッドランド大将。お言葉ありがとうございます。しかし、ADSM72星系での戦闘で死んだ兵士には、大変申し訳ないことをしたと思っています。家族には十分な補償をお願いします」本来は艦隊総司令官が、派遣に参加した軍人の死をこのような形で言うことはない。軍人である以上、いつ命を落としても仕方ないのは職命だ。ヘンダーソンは、本来、航路と資源探査の派遣に被害者が出たことを感じているのだろう。そう思ったウッドランドは、
「解っている。今回の戦闘は全く予定外のことだ。軍政本部にも十分に言い含めておく」
ウッドランドはヘンダーソンの顔を見て顎を引いて頷くと、自分のデスクにあるスクリーンパネルのセクレタリボタンを押した。入口に近いドアが開きアルト・ナカタニ中尉が現れると「中尉はじめてくれ」そう言ってヘンダーソンがウッドランドに送った報告書がテーブルの上に3D映像なって現れた。初めに現れたのは既にADSM98と命名された調査対象の星系だ。
「ヘンダーソン中将、説明を始めてくれ」そう言って説明を促した。・・・
「ヘンダーソン中将、確かに今回交戦した敵は、我々がまだ開発途中のDMGを使ったのかね」
「間違いありません」
・・・DMG(分子分解網:デコンプ・マリキュラー・グリッド)ミルファク星系が開発中の材料でまだ実用化のめどは立っていない。最高軍事機密レベルになっている。接触するものを分子レベルに分解する事が出来るしろものだ。
物質の全てはこの世に発生した時点で必ず正と負の質量をもつ。負の質量は発生時点ですぐに消えてなくなり正の質量のみが残る。これは、電子、陽子、原子など全てのレベルおいて存在する。
負の質量、つまり反物質は、正の質量をもつ物質と接触する事により質量が相殺され、元の分子に戻る。この負の質量を定常化させる事に正の物質に接触させる事により武器を無力化しようというものだ。使い方によっては、戦闘を放棄させることも、殲滅することも出来る。ミルファク星系では、戦闘回避の為の方法として研究していた・・・
「今回持ち帰った艦の残骸の損傷個所がレーザーカッターで切ったようになっているのは、この方法を使ったというのが民間技術者の統一した意見です。彼らはこれを知られたくない為に持ち帰ろうとした我々を攻撃したのだと推測できます」
「ヘンダーソン中将の言う通りだろう」
「ウッドランド大将。自分としては、ADSM98星系に再度行き、彼らとの衝突を回避する交渉をしたいと考えています」
そこまで言ったヘンダーソンは、ウッドランドの顔が曇ったのを見逃さなかった。
「どうかしたのですか。ADSM98は、素晴らしい資源星系です。ミールワッツまでいかなくとも十分な資源を調達することが可能です。彼らに艦の残骸を返し、協力関係を結べれば、ミルファク星系にとって素晴らしい効果です」
そこまで言って言葉を一度切ると、それを待っていたかのようにウッドランドが
「面倒な事が持ち上がっている。今回の派遣は大成功だが、ヘンダーソン中将がいない間に問題が起きた」ヘンダーソンが眉間に皺を寄せ、怪訝な顔になると
「二つある。一つは、イエン星系代表の「ごり押し」でミールワッツ星系奪取の為に派遣した第七、第九、第一〇艦隊が苦戦している。アンドリュー星系とリギル星系の連合軍に押されている。総司令官の第九艦隊アンデ・ボルティモア中将が、援軍の泣き言を入れてきた。言い方は「もうひと押しで攻略できる。その為に一個艦隊増援してくれ」とあきれるばかりだ」
「そしてもう一つが、我ミルファク星系の隣星系であるリシテア星系が干渉してきた。西銀河連邦を盾に、我々が開発した星系と航路を開示しろと言って来ている。通らない事を行っているからには他に目的があると思われる。現在星系交渉部が対応に当っているが、事は簡単には済まないだろう」
ウッドランドからの思いもかけない事がこのミルファク星系で起こっていることを言われたヘンダーソンは言葉を失っていた。
「いずれにしろ、今回の報告をキャンベル評議会議員に説明しなければならない。その時はヘンダーソン中将も一緒に行ってもらう。その時に今の2つの懸念も話が出る」
そう言うとウッドランドは、解ってくれと言う顔をヘンダーソンに向けた。そして
「ヘンダーソン中将」改めて言うと
「帰還したばかりだが、また出てもらう。すぐではないだろうが。リシテアの件を任せられるのは君だけだ。艦隊の整備に努めてくれ。今回失った艦の補充は艦制本部に既に伝えた」一呼吸置くと
「ミールワッツ星系等には行ってほしくないのだよ」ヘンダーソンとは視線を合わせず、何かを見つめる目でウッドランドは言うと視線を移し、3D映像に映っている艦の残骸を見詰めた。
始めは「休む間もないのか」と少し胃に重いものを感じたヘンダーソンだが、最後に言った一言で理解した。
「第一七艦隊が休んでいれば、イエン評議会代表は、間違いなくミールワッツ星系戦に投入するだろう。そして結果がどうあれ、キャンベル議員の足を引っ張る材料とするはずだ。そうすればウッドランド大将の立場も悪くなる。今、ミルファク星系の軍事に平衡感覚を持って考えられる人はウッドランド大将だけだ。それだけにイエンは、ウッドランドが「目の上のたんこぶ」だ。「第一七艦隊」を政治の駆け引きの道具にしようとするイエンの思惑を阻止する為にも、今は「我艦隊」が動いていなければならないということか」
ヘンダーソンは、ウッドランドの目を見つめると航宙軍式敬礼をして
「解りました」と答えた。
ヘンダーソンは、軍事統括ウッドランド大将のオフイスを出るとシノダ中尉の待つ待合室に行った。
待合室でシノダ中尉の顔を見ると
「シノダ中尉、すぐにオフィスに戻る」そう言ってシノダ中尉を促した。
ヘンダーソンは第一層から第三層に行く為の環状線を移動しながら自走エアカーの外に流れる景色を見ていた。
シェルスターの中枢区、政治、軍事、警察、経済の主要な建物が並ぶ地区から放射状にシェルスターの外側に向かって走る主要幹線。更に連絡艇のある第三層宙港へは、その主要幹線から三層を貫く環状線が緩やかにカーブを描きながら走っている。厚さ三キロの構造を緩やかに降りる為の環状線だ。第一層から第二層へ移る時、下の方に見えている第二層地区、外側は星間連絡艦の宙港だが、その内側は、工業用施設が多く更にその内部に工業施設で働く人の居住区と商用街がある。・・最も長径二〇キロ、短径でも一五キロはある為、宙港は見えないが・・第二層から第三層に行くと表面上は外側に惑星、衛星間連絡艇用の宙港と倉庫街だ。
・・・第三層の下にはこの衛星を維持する為の、エネルギープラントと一Gの荷重状態を生み出すグラビティユニットがあるが、それを外から見る事はない・・・
「環状線を走りながら次々と窓の外に流れる風景は何度見ても良い」そう思いながら、視線をシノダ中尉の背中に移すと
「シノダ中尉、また出ることになる。それまで艦隊の整備と出動の準備に忙しくなるが、一週間の休暇は取れるようにしよう。キャンベル評議会議員への報告が終わった所で取ってくれ」
「また、出動」一瞬思ったが、口には出さず、
「解りました。ありがとうございます」とだけ答えた