3-2. 「哀れなる男達」
体調不良でないとわかって一安心。
胸をなでおろしていると、魔王様が気を取り直した様子で口を開いた。
「……トリフェはシスコンというものなのか?」
そこに戻るらしい。
(ああ、なるほど)
私は瞬きし、目を伏せた。
魔王様には縁遠い言葉だから。
何しろ魔王様は自然発生タイプの魔物。トリフェ様のように血族のいるタイプの魔物ではない。
兄弟は愚か、ご両親ですらいらっしゃらない。
あえて魔王様の親にあたる存在を、と言えばこの魔界の大気そのものだろうか。
それであればシスコン、という言葉を耳にする機会など少ないに違いない。
我が家のように兄弟姉妹が大量発生した家でもまた、縁遠いが。
確かに兄弟姉妹に対して愛はあるが、執着など出来ようも無い。
正直理解しがたい。
寧ろ嫁に、婿にと望まれるなら、相手が余程常識を逸脱した者で無い限り喜んで家から出したいくらいだ。何しろ食い扶持は稼いでも稼いでも足りない。
流石に稼ぎ頭を取られるのは辛いところだが、そうでなければ大歓迎したい気持ちであった。
「おい?」
いけない。物思いに沈んでいた。
お仕えする方を前になんという無作法をしてしまったのだろう。
私は伏せていた視線を上げ、謝罪を口にした。
「ああ、申し訳ございません。少し考え事をしておりました。ええ、トリフェ様はシスコンではないかと存じます。魔王様は御存知ありませんでしたか?」
「ああ。妹についた虫を排除していいかとは問われていたが」
それだよ、それ!そこから判断しろよ――――――――などとは口にするには恐れ多いので、私は微笑を口に浮かべ続けた。
「先日、御相談を頂いたのです。お妹様に悪い虫がついたから、どうすればよいかと。魔王様には国が壊れかねないからトリフェ様のお力をそのまま振るうこと罷りならぬと止められたともお聞きいたしました」
「それになんと答えたんだ?」
「はい。お相手を徹底的に調査して、弱みを掴み、相手を陥れては如何かと」
そういえば、結果はどうなったのだろう。
あの後お尋ねした所、経過は順調だとしか聞いていなかったのだが、更に進展はあったのか。
「……それだ」
「はい?」
「トリフェが奇妙な行動に出た理由」
「えーと……?」
「お前の言うところの"お妹様についた悪い虫"を送った相手こそが、最近トリフェから熱い視線を受けている者だ」
ああ、先ほどの話はそう繋がるのか。
「大変ですね」
という相槌は、心の中で
(――――相手にばれていてどうするんですか、トリフェ様!)
などという突込みを同時進行にしていたので、大変に熱のこもらないものとなった。
「棒読みでいうな!」
ぎっとこちらをにらみ付ける魔王様。
ご不興を買ってしまったらしい。
しかしながら、彼の王の整った顔を険しいままにしておくのは魔王様の一の召使として自らに許しがたいことであった。眉間の皺が固定されたら困る。まさか火熨で伸ばすわけにもいかないのだから。
私はすかさず表情を崩し、
「お相手の御心痛深くお察しいたします」
よよよ、と袖を目元に寄せて泣き崩れてみた。
涙などはものの一時で、はらりと零すことが可能だ。あくびをこらえるか、悲しい話を思い出せばいい。
寝いるまでの時間と涙を流すまでの時間は人に誇れる速度であるが、余り人生の役には立たない。
珍しくその特技が役に立った瞬間だった。
「……。お前、意外に演技達者だな」
どうやら今度はご満足頂けたようで、感心したようなお言葉を頂いた。同時に眉間に寄せられていた眉の緊張を解いた様子。
魔王様の顔の平和は守られたようだ。
「お褒めに預かり光栄です、魔王様」
私は意外にできる使用人ですから。
魔王様の顔の平和を守る守人としても、只今大活躍した。
「ふむ。その演技達者を見込んで、頼みがある。というよりは命令だ」
な、なんでしょう。
私の仕事は魔王様の召使。
仕事は魔王様の身の回りのお世話をすること。
それには、魔王様の『命令』には基本的に絶対服従ということも含まれている。
基本的にとつけたのは、命さえ惜しくなければ逆らう事もできるからである。
魔王様は時として従順すぎる者を嫌うから、殺されない範囲で適度に逆らうことも必要だが、今回の雰囲気ではそれは必要ないと見た。
けれど、今回のこれはどんな命令なのだろう。
「承ります、魔王様」
私は膝を付いて首を垂れた。




