9.「罠に嵌った魔王様」
魔王様の寝顔を拝見しながら、そういえば明日が休みであることを私は思い出した。
休日であるから、魔王様が朝起きたときにお傍に侍ることはできない。
休みなのに仕事をしようとすると怒るのだ、彼の君は。
脆弱な人間には休みが必要だ、と主張して、すぐさま部屋から追い出される。
人間界にいた時は休みなどなしに必死に働いても満足に暮らせるかどうか、そんな生活をしていた私からすると甘すぎると思うのだが――せっかくなので厚意に甘えている。
魔王様が満足そうに笑うから。
それを指摘すると「お前は一度目を取り外してはめなおしたほうがいい!」などと照れ隠しのお言葉を口になさるのだけれど。
しかし、そうなると困った。私は先ほどの質問の答えがどうも気になって仕方なかった。このまま休みを迎えても、一日中そのことばかり考えているだろう。
普段ならばそこまでこだわることなく流すのだが・・・・・・あの時の魔王様の表情がひっかかったのだ。
あの質問をした時、魔王様は一瞬何かまずいものを飲み込んだような顔をなさったと思う。
その後、その表情はすぐに消え、代わりに哀愁を帯びた顔で、
「ある意味で勇者にならば……」とつぶやいてらしたが、あれはきっとその場を流すための方便だ。
本来なら、触れて差し上げるべきではない話題なのかもしれない。
けれども、私の第六感はお尋ねするべきだと告げている。たとえ脳みそは人よりしょぼくれていようと、私の第六感は侮るべきものではないと信じている。
信じるだけなら只とはけだし名言だ。
私はこの第六感のお陰で、あまりヤバイ場面に合わずのんきに生きていけているのだと思っている。普通なら、きっと死んでいるだろう。
――あれは、このまま魔王様にずっとお仕えする気ならば、絶対に知らなくてはならないことだ。
朝一で聞かねばならない。きっと時間を置けば、そんなことあったか?といった顔で彼の君は知らぬフリをするだろう予感があった。
仕事ではなく、魔王様がお目覚めの時に居合わせるにはどうすればいいだろう――ああ、ひとつだけ方法があるではないか。
やっぱり、きっと怒られるだろうけど。
* * *
むにむに、と胸を揉まれている感触で目を覚ました。
むにむに、むにむに。
目を開くと、まだ眠りの国にいる魔王様の御手が私の胸の上をさまよっていた。
私はわりと気持ちいいのでこのままでもいいのだが、この時間が長ければ長いほど、きっと目覚めた時の魔王様の自己嫌悪の度はあがるだろう。魔王様はそういう方だ。もう、純情でいらっしゃるんだから。
「魔王様、ちょっと感じちゃうので止めてください。いやーん」
あまりセクシーな声を出して魔王様が興奮してもアレなので、私は棒読みで魔王様に奏上する。
魔王様の事情まで慮る私は大変良い召使だ。
魔王様は私の声に反応してか身じろぎをした。
「ん・・・・・・。ん・・・・・・んーーーーーーーー!!????」
がばり、と魔王様は飛び起きた。
信じられないものを見るような顔で、私と、そしてご自分の手の先にある――私の胸を見る。
「な。ど・・・どうして」
続く言葉はきっと「どうしてお前がいるんだ」ということだろう。
だから私はお答えする。
「魔王様がさびしそうなお顔を為さっているので添い寝してみました」
「嘘だ!」
そんな即答しなくても。
「・・・・・・と、いうのは冗談でお尋ねしたいことがあるので、朝一番で聞けるような配置についてみました」
「別に俺と一緒の床につく必要はないだろうが!」
やっぱり怒られた。しかし、それに対しての答えは用意してある。
「寒いんです」
「・・・・・・そ、そうか。そういえば人間は脆弱だったな」
「そうなんです」
よしよし、魔王様を丸め込むことに成功した。魔王様は脆弱な人間、というキーワードに実は弱いのだ。
「ところで、魔王様」
「なんだ?」
「触り心地がいいのはわかるのですが、そちらは私の胸です。私としては気持ちいいし、魔王様がお望みならこのまま一戦も吝かではないですが、この後魔王様はお仕事ですし、そんな気分でもないでしょう。宜しければ、私がこのままムラっとする前に手をはずして頂けると・・・・・・」
魔王様はまだ私の胸の上に手を置いていらっしゃった。流石に揉んでこそいないのだが・・・・・・
「うわっ!!」
目に見えない速度で手が離された。
しかし、魔王様。そんな、黒いガサガサと動く憎い妖精さんを見たようなときの顔をなさらなくても。
少し傷ついてしまうではないですか。
「で、お尋ねしたい議ですが、昨日、私がした『魔王様は勇者にあったことありますか』という質問の答えが気になって気になって仕方ないので、お答えいただけますか?もう夜も眠れず」
「嘘だ、寝ていたではないか!隣で!」
「それを証明できますか?今まで寝ていらした魔王様が」
ぐっと魔王様が呻く。
「魔王様とも在ろうものが朝起きるまで侵入者の存在に気づかないことなどありましょうや?」
もっとも、私でなければとっくに気づいていただろう。接触アレルギーは伊達ではない。
寝ている間に近づいて、消された魔物も数知れずだという。
「私を寝不足にするほどの質問、ぜひお答えいただけますね?脆弱な人間ですから、寝不足が続くと死んでしまいます」
「なんのことだか・・・・・・」
「わかりませんか?では、思い出して頂けますか?今すぐにでも。そうしたら、先ほど私の胸を触ってしまったことを不問にして差し上げますから。ええ、勿論事故だとはわかっておりますが、やはり年頃の娘としましては、少なからず傷ついてしまうものでして・・・・・・」
さめざめと泣くフリをする。
「お前、さっきといっていることが違うだろうが!」
わたわたと魔王様は慌てていらっしゃる。ああ、かわいらしいなぁと思いつつ、私はさらに駄目押しの台詞をはいた。
「なんのことでしょう?ああ、魔王様ともあろうものが人の胸を揉んでおいて、知らぬフリをしようとする卑怯なことを為さるなんて・・・」
仕上げに、ほろり、と涙をこぼして見せた。泣きまねだろうと涙を流すくらいは心得ている。女として20年と少しも生きればこれくらいのワザ、朝飯前よ、ふふふ。
涙を拭うそぶりをしながら、ちらりと魔王様を伺うと――観念したように、「わかった」と肩を落としていた。
――勝った!
私はその後、魔王様のお仕事が一段落ついたら質問に答えてくださるという約束を取り付けた。
魔王様が戻っていらしたときにすぐ話を聞けるように、魔王様のお部屋で待ってますと言うと、少し疲れたような顔で「好きにしろ」というお返事があった。
* * *
言葉どおり、魔王様がお戻りになるまで、彼の君の部屋で「好きなように」休日を満喫した。
そうしたら、帰ってくるなりなぜか怒られた。
魔王様の寝台で、魔王様の等身大の抱き枕(特注)を持ち込んで寝ころがって妄想していただけなのに。
「お前は、朝といい、今といい、慎みがない!」
なんだか魔王様はお父さんみたいだった。