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8.「ある意味で勇者」

 魔王といえば、対になるのは勇者。

 これは古今東西の常識といってもいい。


「魔王様、魔王様は勇者に会ったことはありますか?」

 魔王様の召使たる私は、今日も魔王様を快適空間で過ごしていただく為に勤勉に床を掃き清めていたのだが、突如沸いてきた疑問をおさえられなかった。

 そう、魔王といえば勇者がつきもののはずだ。

 にも関わらず、私はこの魔界に来てから勇者にあったことがない。

 もはや勇者は絶滅してしまったのだろうか?

「"ある意味で勇者"にならば毎日あっているが……」

 魔王様は哀愁を漂わせながら一瞬こちらを見て、ため息をつくとすぐ視線を逸らし、どこか遠い目をしながらこう仰った。

 ああ、何故魔王様は、私をそんな目で見てため息をつくというのだろう?

 恋煩いですか!

 などといったらすかさずスリッパ(右足用)が飛んできた。

 私も慣れた様子でそれを塵取りで遮り、防御する。

 お見事、と自画自賛できるほどタイミングばっちりで、それは見事に弾かれて、どこぞへ飛んでいった。

 その吹っ飛び具合から想像すると、結構な速度で投げつけられていたようだった。

「そんな、魔王様! 私の反射神経を鍛えるという優しさは屈折しすぎです、でもそれがいい!」

 私が少し陶酔して呟くと、さらにスリッパ(左足用)がとんできた。

 今度も上手く弾き飛ばした……と思ったが、残念なことにそれは一度宙を舞い、そのあと自由落下に身を任せたらしい。

 丁度そのスリッパの進路の先には私がいて……早い話私に当たった。

 これは痛い。少し涙目でスリッパの落下地点となった額を撫でた。

 しかしこれも、魔王様の「油断大敵」という言葉を体に教え込んでやろうという優しさなのだから、多少の痛みには耐えねばなるまい。

 魔王様もよくよく言葉を惜しむひとだ。

 スリッパではなく、魔王様の唇を額に落としてくだされば、きっと頭に焼きついただろうに――魔王様の唇の感触が。

 あ、それではダメか。

 何故かタイミングよく魔王様が酷いくしゃみをして、悪寒に身を震わせた。

「大丈夫ですか、魔王様?」

 最近こういったシーンを目にすることが増えた気がする。

 やはり、某かの病を得ているのでは……?

 人間よりもはるかに丈夫なはずの魔王様が、病気だとしたら、それは余程悪い病気に違いない。

「一度、お医者様を手配したほうが良いかもしれないですね。お呼びしましょうか?」

 触診こそ不可能だが、わかることもあろう。

 いっそ私が魔王様専属医師を目指して、高名な医師に弟子入りすれば……死ぬまでには覚えられるだろうか。物覚えにはちょっぴり自信がないが、魔王様の為だ、なんとかなるかもしれない。

「お医者様に手取り足取り全身くまなく見ていただいたほうが」

 勿論、万一の際に備えて、かつ後学のために私はその様子を一部始終余すことなく見守るつもりだ。

 私が決意を込めた眼差しで見ると、魔王様はふるふるとかわいらしく首を振って何故か後じさりをした。

 え、なんで!

「こ、怖くないですよ!」

「そこでその台詞が出るお前が怖い! 何を考えていたか言ってみろ!」

「何って! …………そんな恥ずかしい」

 もじもじ、と身をくねらせて恥らっていると、魔王様は血の気を急激に引かせた顔を強張らせた。

「まて、やっぱり聞きたくない、言わんでいい!」

 言えといったり言うなといったりお忙しい人だ。

 しかし、高貴な方は我侭であるとも聞くし、この程度の我侭なら可愛らしいものだろう。

 私は仕方ないな、と肩をすくめて「承りました」と傅いた。

 そんな私を見て魔王様は、

「何故そこで幼子がオイタをしたときに仕方ないなと許すオトナのような目をお前がするんだ。理不尽だ!」などを喚いていたが、私には魔王様の心中を慮ることはできなかった。

 優秀な召使としては、男心を学ぶべきかもしれない。

 きっと子ども扱いをされて傷ついたのだろう。オトコノコは大変だ。





 地面に落ちたスリッパは最終的に4足にもなった。

 私に向かって投げつけられたスリッパは魔王様の屈折した優しさの証。

 スパルタ教育は余り性に合わないのだが、これも魔王様なりの愛だと思えば私は耐えられる。

 虐げられるヒロイン、しかしそれも屈折した愛ゆえ……とメロドラマのヒロインになり切ってナレーションを入れていたら、

「そこ、どんどん曲解するのは止める様に」

 何故か疲れたような声で魔王様のストップが入った。

「曲解ってナニがですか?」

 ありのまま、自然体で受け止めているのに――スリッパ以外は。スリッパはつい弾いてしまう。

 私専用どつきスリッパはどうやら魔王様の懐に常備されることになったようなのだが、実は何足仕込んであるのか不思議なほど、次から次と取り出されるのだった。

 気がついたら身をひねってスリッパの襲撃をかわしている、というのはもはや恒例行事になりつつある。

 おかしいな、魔王様の愛の結晶のはずなのに。

 私如き凡人では魔王様の愛に相応しくないと、無意識下では思っているのかもしれない。


 このスリッパは以前、「お前相手にスリッパでは生ぬるい」と言われていたものだ。

 しかし、最近になって、魔王様の懐に私専用のこのスリッパが常備されることになったようなのだ。

 最近魔界も炎極期(ファイヤターム)に入ってしまったから、スリッパの底でも冷たく感じられる気がする。その為なのか、はたまた特注で作ってしまったから、破棄がもったいないというエコロジー精神なのか、意外に愛らしいデザインのスリッパに恋が芽生えてしまったのか。

 私としては三番目の理由を推したいところだが(メルヘンっぽいし)、日ごとに使用頻度は上がるばかりだ。

 一昨日は二足、昨日は三足だったはずだ。

 名前までつけているのだから、確かなはずだ。

 昨日まで、ミケ、タマ、ポチ、と名づけていたそれに、今日はタローが加わった。

 明日はどんな名前をつけてやろうか、とネーミングセンスに絶大な自信がある私は腕組みして考え込んだ。

 考え込みながら、ちらりと魔王様のほうを見れば、彼は私の言葉には応えず、目頭を軽く押さえて肩を震わせていた。

 目にごみでもはいったのだろう。可愛そうに。

 私はああでもない、こうでもないと新たなスリッパの名称を考えながら、ハンカチを差し出して魔王様の手にそっと押し付けたのだった。




 その日は結局あれきり勇者のことを聞きそびれてしまった。

 魔王様が今日は早く寝る、と私を跳ね除けて寝台にもぐりこんでしまった為にそれ以上尋ねることはできなかったのだ。


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