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1-2. 「私の仕事は、魔王様の召使」

 せめて、少しでも時間をいただければ、秘儀『とりあえず物入れに突っ込む!!』を使ってなんとかできたのだが、わずかの躊躇も見せずに入室されてはどうにもならない。

 取り繕う暇もなく自室に踏み込まれた私にできたのは、現状をあるがまま報告するということだけだった。


「えーと、その。散らかってます」

「見ればわかる」

「ですよね」

 へらりと笑って相槌を打った。

 この有様に対してそれ以外の評価は難しいだろう。私だってそう思う。

「え……えぇと、今日は何の御用で?」

 せめて少しでも酷い現場から視線をそらそうと、首をかしげて御用聞きの体を装ってみた。

 が、コレは無視される。

 私の方はちらりとも向かず、彼は散らかったテーブルの上へと視線をやった。

「……陛下のお心を慰めるものを作っていたのか」

 ものはいいようだ。 

(暇つぶしと違って大分上等そうに聞こえます、それ)

 私は彼の言語センスに少しばかり感銘を受けた。


「ええ、そうです。今夜も、魔王様のお心を、その、お慰めしようと」

 すかさずその言い回しを学ぶ私。

「そうか。励め」

 励みますとも、仰って頂かなくても。

 うっかり飽きたとかいう理由でさっくり殺されては困るのだから。

 実際、あるのだ。そういうことが。

 魔王様にではないが、彼の配下の者が、目の前で「飽きたな」と呟いて、手近なものを犠牲にした例を眼にしたことがある。

 私の旺盛なる食欲ですら減退する光景なので、詳しくは説明しないでおく。精神衛生は厠の衛生維持並みに守らないと。

 明日はわが身かもしれないと思うと、例え暇つぶしといえど、大事なお仕事だ。

 こいつは面白い、と思ってくれていれば、そうそう殺されることもなかろう。

 何しろ、魔物は面白いことが好きだ。


「で、今日は何の御用件で?」

 気を取り直して聞き返してみた。

 実のところ、魔王様の側近のキノコ様、じゃなかったトリフェ様は魔王様の次くらいに偉い、と言うことは彼の名前をあやふやに覚えていた私ですら知っている。

 ということは、力も強い。

 彼のご機嫌を損ねるのも余り宜しくない。

 腰を低くして、気を使っているというのに、彼はそれを華麗にスルーして、尊大な態度で手近な椅子に座る。

 可愛らしい椅子にそんな態度はとても不似合いだ。

「椅子を借りる」

「ど、どうぞ。お構いもせず申し訳ありませんでした。えーと、お茶でもいります?」

「貰おう」

 用件はなんなのだ、と気になるが、彼は全くこちらの気持ちに頓着する様子がない。

 自由気まま。

 さすが魔物。

 力が強いほど、人間に近い外見をしているというだけあって、なるほど彼も人間界の良家のご子息のような高貴なお顔立ちをなさっている。まさに、貴族の我侭ぼっちゃん。傍若無人。

 そういう人間はたちが悪かったりする。

 魔物であれば、尚更だろう。

 頼むからいきなり切りかかったりしないでくれよ?などと背筋をひやひやさせながら、彼女はお茶を淹れ終えた。


「どうぞ」

 ことりとも音を立てないよう細心の注意を払って、彼女はテーブルの上(慌てて先ほど片付けた)にお茶を置く。

「頂こう」

 この間、彼はひたすら用件を切り出す様子がない。

 そんなに面倒でいいにくい用件なのだろうか?

 しかし、所詮自分は召使。

 たとえ面倒だろうが、無理難題だろうが、彼の方からはなんであれ申しつけられる身分。

 勿論、自分は他の方のお世話を免除させられているものの、「魔王様がらみ」であれば逆に言うと断れない。

 であればこそ、自分の気持ちなんてさらさら顧みず、用件を申し付けることなんてできそうなものだが。

 はて、と首をかしげながら、彼女もお茶をすする。

「あ、お茶受けもどうぞ」

 薦める前から当たり前のようにお茶受けに手を出していた彼に、とってつけたように薦めると、彼はこくり、と頷いた。





 結局お茶を飲み終わっても、彼は用件を切り出す気配がなかった。

 一体何のためにこんな小汚い部屋にやってきたのだろう?

「戻る」

 端的に一言。

 ああ、お仕事に戻るって意味ですね。

「いってらっしゃいませ。・・・で、ご用件はなんだったのでしょう?」

 本日3回目になる御用聞き。

 彼が部屋に入室してから、辞去を告げる今まで結構な時間が経過している。

 ああ、彼が帰ったら急いで魔王様のための「暇つぶし」ネタを作らなくては。

 時間が余りなくなった。

 しょうがない、升目を増やして、難易度を上げる方向にしよう。

 そのほうが手間がかからない。

 足りない数の棒をいくつかこしらえなければならないが、それくらいなんということはないだろう。

 そんなことをつらつらと頭の隅で考えながら、反応を待った。

「・・・・」

「あの・・・?」

「茶を」

「はい」

「茶を貰いにきた」

「・・・・・・・・それだけですか?」

 私は一体どんな無理難題なのだろうと背筋に汗をかいていたのに。

 ――――初めの5分くらいだけだけれど。

「…。ああ」

「そうですか。」


(それなら、早く言えよ!)


と思っても、相手は魔王様の側近。そんなこと口に出すことなどできるはずもなく。


「そのくらいの事でしたら、又おいで下さい。予めおっしゃっていただければ、もう少しお持て成しできると思いますので、ご連絡頂けると嬉しいです」

 社交辞令を口にした。

 まさかこんな小汚い部屋にもう一度くるなんて思わないだろうと思って。




 だから、翌日ひょっこり

「また、邪魔をする」

とこの方が顔を出した時には自分の楽観的性格を、少し悔やんだ。

 社交辞令も相手を選んで口にすべきだったと。

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