6.「華々しい誤解」
「喜べ」
ある日魔王様は私を呼びつけるとそう仰った。
「何をでしょうか?」
私は魔王様に向かって首を傾げて見せた。
とうとう、魔王様が私の選んだぱんつをお召しになる気持ちになったのか、はたまたトリフェ様がほぼ恒例になってしまったお茶会から撤退を申し出たのか。
期待に満ちた、金剛石もここまで輝くまいとばかりにきらきらした視線で魔王様を仰ぎ見ると、魔王様は重々しく頷いていった。
「お前専用のどつきスリッパを用意させた。これで遠慮なくお前を調教する事ができる」
(そ、そんな!)
その時、私の体に走った戦慄といえば筆舌に尽くしがたいものだった。
それくらいの衝撃が走った。
まさか、魔王様がこの私に対して『調教』したいだなんて。『調教』したいだなんて!
ついに、やってきたというか、今頃やってきたというべきか。
いやはや、でも。
「調教だなんて、どんな激しいプレイを! 私の体がもつでしょうか!?」
心拍数はだだ上がりしている。
「たわけ!!そんな如何わしいプレイをお前相手にするわけはなかろうが! 矯正だ矯正! お前を叩きなおしてくれるわ」
「如何わしいだなんて、私まだ言ってないのに・・・やっぱりそっちですか? 叩くだなんて・・・ああ、私まだ、痛みに喜びを覚える境地まで達してないのですが、魔王様のためにがんばるべきでしょうか」
私は赤く上気した頬に手をやった。
それを見て魔王様はぴくりと頬を引きつらせる。
「・・・お前相手にその気になれと?」
「照れ隠しなんてしなくても!」
「違う!!」
流石は魔王様。
一筋縄ではいかない。
だが、
「わかりますよ、魔王様」
私は魔王様のことなんてお見通しなんですよ、とばかり深く頷いてみせた。
おそらく、嬉しくて笑ってしまいそうなのを堪えているのだろう。
「大事すぎて手が出せないという奴ですね! わかってますよ、私!」
それくらいの愛情は、魔王様から感じることはできる。
「大丈夫です。ご安心下さい。私、魔王様の四号さんくらいになる覚悟できています!」
そして、自分の立場というものもまたきちんとわきまえている。
私は所詮召使の身、思いあがったりなどしない。
「・・・またお前は・・・ちなみに、その四号はどこからきた数字だ」
「一号さんは未来のお嫁さん、二号さんは永遠の愛人枠、三号さんはトリフェ様、四号に私。ほら。ぴったり四です」
「一、二はよしとしよう。だが、まて、その三号はなんだ!」
魔王様は怒鳴るような声を上げた。
やはり、図星か・・・と私はくっと喉の奥で笑う。
ごまかそうとしているのだろうか。
私の目を隠しとおせるとは思わないで頂きたい。
もう――――わかっているのだ。
「私、考えたんです」
びしり、と指を一本立てた。ネタはあがっているのだと突きつけるために。
「あんなに魔王様がトリフェ様を庇う理由を。魔王様とトリフェ様は恋人同士なんですね」
私は、口の端をくいと吊り上げて笑う。
前に魔王様が仰っていた"トリフェ様に思い人は前から居る"という言葉。
あれは魔王様ご自身のことだったに違いない。
確かに魔王様だと高嶺の花だ。何しろ、魔界の頂点だ。
そんな彼と、トリフェ様が表立って愛を表明するには、色々と微妙な問題があるのだろう。
王と側近がくっついていたとなると、仕事に支障が出るとか。きっとそういうことが。
加えて、魔王様の体質。今のところ私以外に触れる事も、触れられる事も出来ない。
私以外に触れると、アレルギーが出来てしまうんだそうな。
それはトリフェ様も思い悩む余り、私の所でお茶をして心を慰めたいと思うようにもなるというもの。
友達もいない。メイド服も好きで好きでたまらないのに、身近にはいない。
その上、だ。思い人にまで触れられないとあっては・・・・・・それはさぞ辛いことだろう。
私にしても偶然発見されたようなもので、恐れ多くも魔王様に触れてみようなどという者はそう簡単に現れるはずもなく(うっかりすればアレルギーの拒絶反応で荒れた魔王様に消される)、現状、私以外に魔王様に触れても大丈夫な存在は確認できていない。
できれば、一号さんから三号さんも体まで結ばれる恋人になれる相手であればよかったんだろうに、魔王様も大変だ。
けれども私はその体質のお陰で召使としてお仕えしている身分だから、できれば治って欲しくない。
治ったら職にあぶれるどころか、下手をすれば文字通り首が飛びかねないのだから。
危ない橋は渡りたくないものだ。
代わりに出来る事としたら、
「魔王様が1号さんから3号さんまでに触れられない代わりに、私を慰み者にしても、うらみません。でも余り酷くはしないで下さいね。死んじゃうんで」
できれば優しくしていただけると尚宜しい。
でも、魔王様が激しいプレイをお望みなら、できる範囲であれば努力するつもりだ。
「・・・・・お前相手にスリッパは生ぬるいことがわかった」
魔王様は額に手を当てて、呻くようにそう呟いた。
「ええ、なんでその結論になるのですか?」
魔王様の手にあるスリッパ、ふこふこのモコモコでちょっと気になるのに。
折角私専用に用意したなら、使い心地を一つ試してみてもいいではないか。
「俺とトリフェは恋人同士ではないし、今後その予定もない!!!!」
魔王様は、手にしていたスリッパを私に向かって投げつけた。
すぱこーん、といい音を立てて私の頭に見事命中。
あさっての方向へ飛んでいってしまった。
・・・痛い。
――まだ私は痛みに喜びを覚える事は出来ないらしい。残念だ。
魔王様は自分とトリフェ様の間にはそういった繋がりは欠片もないことを、私が不承不承理解するまで説明すると、今度は如何に私の頭が空っぽで、想像力が微生物にも欠ける存在なのかあらゆる言葉で私に教えてくれた。
よほど不本意だったらしい。
お似合いだとおもったのになぁ。
魔王様はおしまいに疲れたような顔で、
「お前は、節穴という言葉の意味を調べておけ」
宿題を出した。
「節穴という言葉の意味なら存じ上げていますが?」
最近新しい項目ができたのだろうか?
何しろ言葉は移り変わり行くもの。
私が知らない意味がいつの間にかはやっていたのだとしてもおかしくはない。
「いいから、もう一度勉強しておけ!」
そうか、これが調教なのか。
勉強させて悦に入るなんて、魔王様はなんとマニアックなのだろう。
「わかりました」
私は跪いて了承の意を表した。
「頼むぞ。本当に頼むぞ」
魔王様は縋るような声で、私に向かって何度も呟いた。
魔王様から頼まれるなんて、他の魔族や人間が聞いたら、きっと驚くに違いない。
そう思うとなんだか楽しい。
「はい!」
私は勢いよく頷くと、元気よく魔王様の前を退室したのだった。
なんとなく楽しい気持ちだったので、
(だったら、トリフェ様も思い人っていったい誰なんだろう?)
と魔王様から説明を受けてる最中にふと浮かんだ思いは、一瞬で消え、すぐ忘れ去ってしまった。