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5-5.「甘くてほろ苦い」

 そういえば、今日のお茶会ではトリフェ様から珍しく次回予告があったな、と思い出したのは魔王様が間もなくお帰りになろうという時のことである。

 魔王様の暇つぶし作成にも一区切りつき、私は少しだらだらしていた。

 魔王様がお帰りになるまで、あとは特にやることがないこの時間は、私の自由に使ってもいい時間であったから。

 トリフェ様とのお茶会、あれは仕事の一貫であって私の自由な休憩時間ではない。

 折角の自由時間にトリフェ様のことを思い出すのも微妙な気分だったが、思い出したからには仕方ない。忘れないように暦に予定を書き入れた。

目印をどくろマークにしたのはちょっとしたお茶目である。



 + + +



「そうだ、もうすぐ、その。人界で」

「はい、人間界のお話ですか?」

 ああ、人間界に居たときのことが大分遠く感じる。

 人間界の最近の情勢にはめっきり疎いので、余り情報を求められても困るのだが、一体なんだろう。

「何か気になることでも?」

「世話になった人に、菓子を配る行事があるときいた」

「・・・ああ」

 そういえば、あった。貧乏子沢山のうちの家ではまったく縁のなかった行事が。

 主に裕福な人たちの間ではやっていたという遊びだ。

 私には婚約者も居なかったし、余計に縁がなかった。

 人間界の暦では2月、つまり今月の14日(あと数日だ)に行われる菓子屋喜色満面のお祭りのことだ。

 内容は一年間で世話になった男性に、女性が感謝を込めて菓子を贈るというものである。

 あるいは世話になっていなくても、思い人に、恋心を託してお菓子を渡すということもあるらしい。

 そんなもの、何故女が男にものをおくらねばならんのだ、と思うし、菓子より御飯のほうが腹持ちがいいのにと不満に思っていた。

「あれが何か?」

 魔界にもあの風習があるのだろうか。

 たまに人間界の一部地域でしか行われていないような風習が、魔界には定着していたりするから侮れない。

 私も噂でしか聞いたことがなかった、極寒地域で行われるハダカ祭りと呼ばれるそれが魔界でも行われているのをしって驚いた記憶は新しい。

 魔王様にも参加なさってはどうですかと勧めてみたが、「ドアホ」と一蹴された。つれないおひとである。

「・・・私も」

 そこまで言って、トリフェ様は意味ありげな視線を送ってくる。

 なに、何が言いたいのか?

 頭に浮かんだクエスチョンを必死で解読しようと試みる私。

「やってみたいんですか?」

「違う」

 即答で返された。違うのか。

 難しい。判断の材料が少なすぎた。

 仕方がない、 私は頭の中でフローチャートを作ってみることにした。

 

 あの風習の話をした → トリフェ様が「私も」と口にした → やってみたいわけではないらしい。


 きっと話題として振ってきたからには、関連性があるのだろう。あるはずだ。

 野生の第六感で何かを天から受信したとかでない限り、あるはずだ、あってほしい。

 でなかったら私には分からない。


 必死で考えて(その間トリフェ様は辛抱強く待っていたようだった)、私はこれかな、と思った言葉を口にしてみた。

 自分の出した答えに半信半疑で。


「まさか、私から欲しい、とか?」


 まさかそんなことはないですよね、ハハハハ。

 そんなつもりで言った言葉を肯定されて私は絶句した。

 え、本当に?

 驚く私に、トリフェ様は黙って頷いた。


「ああ!なるほど」

 

 その瞬間私は閃いた。


「次のお茶会はその日がいいんですね」

 なるほど、漸く事前予告する気になったのか。

「でも、生憎その日は・・・」

 断りの言葉を口にしようとした私は、顔を強張らせた。

 な、なに。なんなのだろう。

 トリフェ様の目がコワイ。


「用事があるのか?例えば、菓子を渡す相手が居るとか」

 ずいっと迫ってくる。


(こ、こわい。こわいから、こわいの!)


「い、いえ。その・・・魔王様もお招きしようと思っていたのですが、よ、よろしいでしょうか?」


 半笑いでお伺いを立てると(勿論、今思いついた台詞だ)、トリフェ様は顔を一瞬曇らせた後「よかろう」と頷いた。

 渋い表情が気になる。

 なんだ、そんなに菓子を独り占めしたかったのか。いつも殆ど一人で菓子を食べていってしまうくせに。

 お陰さまで、私は毎日違うお茶請けを用意しなければならない。

 人間界に居た時にはど貧乏だったから、菓子など口にしたことがなく、せっかくこちらに来て菓子などという高級品を思うまま貪れると思っていたのに当てが外れた。

 食い物の怨詛は根深いということを、この御仁はわかっていないらしい。

 それを思い知るいい機会だろう。魔王様相手では、まさか全部独り占めとかはできまい。


「で、ではそういうことで・・・」


 そろそろ戻ってはいかがですかと暗に促すと、しぶしぶという形でトリフェ様は立ち上がった。


「14日、忘れるな」

 去り際、念を押すように、何度も何度も繰り返した。


 はいはい、忘れませんとも。ついでに魔王様を誘うのを絶対忘れないようにしよう。泣き落としてでも来てもらおう。

 だって、なんだか怖かった。

 


 + + +


 14日。

 間を開けず姿を見せていたトリフェ様も、その日まで暫くは訪れず、私は束の間の平穏を得ていた。

 しかし、とうとうその日はやってきて、しぶしぶながらお茶会を開くはめになった。

 魔王様をお誘いしているだけ、今回は気が楽なほうだろう。


 しかし、微妙な空気のまま始まったお茶会は、私が魔王様に「たわけ!」とたたき出されてすぐさま終わってしまった。

 又、何かやってしまったらしい。


(でも、そこ・・・私の自室なんですが)


 閉じられていた扉の向こうで、時折、

「お前も、もっと他に眼を向けろ!」だの、

「目を覚ませ!」だの、

「あれよりいい女は一杯居るぞ」

だのとトリフェ様を叱責しているらしい魔王様の声が、妙に強く耳に残った。

 何の話をしているのだろう。

 のけ者は少し寂しかった。

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