5-4.「甘くてほろ苦い」
少しの身動ぎにすらトリフェ様は反応なさる。
それは、まるでじっと見張られている気分で、大層居心地が悪い。
ひょっとして、私が魔王様に悪さをしないかと監視しているのだろうか、と考えた事もあった。
しかし、思い切って魔王様に直接確認してみたら、そういうわけではないという答えが返ってきた。
寧ろ、監視させるならもっと適任が居る、とも。
確かに、トリフェ様の場合、あからさま過ぎて監視には向かない。
この方も、何故そんなに私の動向を気にするのか。さっぱりわからない
――そう申し上げたら魔王様は「男心をお前に理解しろといっても無駄だろうな」と哀れむように言われた。
男心がなせるワザらしい。
さっぱり答えになっていないその言葉を聞いて――――私は確信した。
どうもトリフェ様はメイド服フェチらしいと。
なるほど、そう思ってトリフェ様の行動を観察していると、納得できる。
ご自身の召使にでも着せれば、メイド服天国なのに、それを命ずるのは恥ずかしいのだろう。
だから、私で心を慰めているのかもしれない。
友達のいない寂しさと、メイド服に飢えた心の隙間を一石二鳥で埋められるプランが私の部屋でお茶、というわけだ。
しかし、トリフェ様も立ち回りがお上手でない方だ。
いくらメイド服がお好きでもじっと見すぎだ。
少しの反応も見逃さないほどの注視。
犯罪レベルまでもう少しだ。
もう少し上手く立ち回って頂けないものか。
いくらメイド服に興味津々といえど、ちらりと盗み見るだけにするとか。
友達増やすとか。
お茶会の回数をせめて減らすとか。
妹へのシスコンぶりを抑えるとか――これは流石に無理か。
ともかく、とばっちりが回ってくる私には全く迷惑な話だ。
今日も早く終わらないかなと思っていたが、トリフェ様はまだ居座るご予定らしい。
会話が続いてしまった。
「陛下も日を追う事に声に張りが出てきた」
「そうですか」
遠くに思いをはせるような目をして呟いたトリフェ様に私は適当な相槌を打った。
魔王様が私に向かって張り上げる声は、城内全体に響き渡っているらしい。
「あなたが来てからは毎日快調に目が覚めるようになりました、ありがとうございます」
と何故か呼び止められて感謝の眼差しで見つめられたのはつい先日の事だった。
なんでも、元々魔族は夜型タイプが多いのだが、人間の生活に近い形態で過ごす魔王様に合わせるには朝おきなくてはならない。
どうしても夜しか活動できない魔族を除いて、大抵の魔族は魔王様に合わせて朝型に切り替えていたのだが、彼は朝起きれなくて至極困っていたらしい。
しかし、私を詰る魔王様の声が城内に響くようになってからはそんなことがなくなったとのことだ。
私は魔界に新名物を作ってしまったらしい。
只人の私が魔界に新名物を提供するとはなんとも畏れ多い事である。
魔王様に「こんな名物が出来ているらしいですよ」と報告して、なんとも畏れ多いことですと申し上げたら、
「だったらもう少しなんとか・・・お前にいっても無駄なのはわかってる、わかってるんだが・・・!」
くっと魔王様は俯いてしまった。
もう少し何とか頑張って、魔王様のお力を借りなくても、自分ひとりの力で名物を作り出せと激励してくださったようだ。
魔王様が、私に未知なる第三の瞳を開眼させ、特殊能力を持った超人になれと望んでいるのでなければもう少し頑張ってみようと思う。
「――――私、役に立っているんですね」
一瞬、トリフェ様が妙な顔をなさった。
お茶にまだ毒は仕込んでいないはずだが、何かうっかり変なものをいれてしまっていただろうか。
はて、と自分の行動を思い返すが、今日も至って普通にお茶を入れたはずだ。
お茶請けは魔界でも有名なお菓子【ばっちゃマン】チョコ。
オマケのトレーディングカードをこっそり懐にしまいはしたが、それは正当な権利である。
魔王様にも確認したところ、このカードの処理は私に一任すると仰ったのだから。
「どうか、なさいました?」
「・・・・なんでもない」
「そうですか」
しーん、と沈黙が流れる。
特に愉快なおしゃべりを交わすでもない、微妙な空気のお茶会になるのは毎度の事だ。
やれやれ、本当に、ナニが楽しくてここに来るのだろう?
やはり、メイド服か。
私以外にも城内の召使にも、メイド服着用の者を増やすよう魔王様にそれとなく進言したほうがいいかもしれない。
微妙な空気のままお茶会は続き、結局トリフェ様は20杯目のお茶を飲み干した頃漸く席を立ってくださった。