1-1. 「私の仕事は、魔王様の召使」
「ごきげんうるわしゅう。魔王様。今日のお召し変えは如何しますか?赤いふんどしと、黒いビキニパンツどちらがよろしいですか?」
私はにっこりと微笑んで、丁寧に90度きっかりの見本のように美しいお辞儀で御挨拶したというのに。
「どっちもいらん。大体お前は毎日毎日パンツしか興味がないのか!」
魔王様に今日もどつかれた。
何がいけなかったのだろう。
私の仕事は、魔王様の召使。
具体的な職務内容は、魔王様のお世話。
魔界を統べるお偉いさんな魔王様には、本来ならばたくさんの人間や魔物が直接お仕えするはずなのだけれど。
身の回りを直接お世話することができるのは、何の因果か私一人。
特殊能力があるわけでもないし、魔物でもない。ただの人間。
ただの人間が何故、彼の召使などをしているのか?――――といえば、散歩をしているときにうっかりマントにひっかけられて、魔界につれてこられた(彼はつれてくるつもりなどなかった)のがきっかけだ。
あちらからこちらの世界に来ることはたやすいそうだが、こちらの世界からあちらに戻るのは、只人の人間には大変苦しいことになるのだと聞いている。
どうせ、貧乏子沢山の家庭だったから、一人くらい減っていても特に問題はなかろうと、今のところ「大変苦しい」思いをしてまで帰る気はない。
大雑把な家族だったから、いなくなっても下手をすれば気づかれていない恐れが有る。
せめて、一年後くらいには気づいて、少しは寂しく思って欲しいが、そう願うだけで叶うとは思っていない。多分、それどころじゃないだろうから。
第一、こちらの暮らしはそう悪いものでもない。
少々取り扱いが面倒なお偉いさんを一人お世話すればいいだけなのである。
毎日、何人いるかわからないような自分の弟や妹を相手にする生活に比べれば天国だった。何人いるかわからない・・・気付いたら増えているのだから、うちの両親は少し自重という言葉を覚えるか、野生を抑えるべきである。もう、こうなってはその思いを告げる機会は二度とないだろうが。
ラッキーなことに、魔王様をお世話「できる」のは今のところ私一人だけだ。
代わりが見つかるまでは職を失う心配はない。
なんて幸運。この就職難の時期に。
人間界でまともな職につこうとするより、ここで働くほうがずっといい。欠点はおそらく自分の肉親に今後あえないだろうことと、人間界で遭遇するよりも一段階上の生命への危険が、わりとその辺にゴロゴロ転がっていることだろうか。人間は脆弱だし。
まぁ、でもきっとなんとかなる。大丈夫だ。きっと。
魔王様が接触嫌悪症だなんてなんの冗談だろうかと初めは思ったものだが、お陰様で自分は”魔王様に触れてもアレルギーが起きない”者として重宝されているのだ、それには感謝しなくてはならないだろう。
「それでは、いってらっしゃいませ」
今日の午前の仕事は終わった。
深々と90度のお辞儀をして、魔王様が見えなくなるまでお見送りするまでが午前の私に架せられた仕事。
午後は魔王様がお帰りになってから、お休みになるまでお世話すればいいだけである。
私はあくまで魔王様専属の召使。
本来ならば、他の方のお世話もするべきなのであろうが、貴重な”魔王様に触れる召使”が磨耗してはいけないと、私は他の方をお世話することを免除されている。
磨耗なんて、道具じゃないんだからと思わないでもないが、魔物にとって人間なんて、その辺に生えてるぺんぺん草みたいなものである。
気を使ってもらえるだけでも、破格なのだと思えば、それくらい許容せざるをえない。
何故か人間に近い生活習慣を好む魔王様なので、只人である自分でも無理せずお世話できるのはありがたい。
魔王様以外の魔物は、通常睡眠・食事を必要としない者も多いと聞く。
そのような方々につき合わされていたら、きっと睡眠も食事も必要とする自分は、早々に参っていただろう。
自分の幸運さに感動しながら、私は与えられた部屋へ一人戻った。
風呂・台所・御不浄つきの、寝室別の召使に与えられるには過ぎた部屋に。
「さて、今日はどうしよう」
私の仕事は魔王様の召使。
彼の身の回りの世話をすることが架せられた仕事。
それには、彼の暇つぶしを手伝うことも含まれている。
魔王様を飽きさせて、うっかり私を殺してしまおうなんて思われないよう、私は結構必死に暇をつぶせそうなものを考えている。
そんなわけで、私は開いた時間に物語を作り出したり、パズルを作ったり、玩具になりそうなものをせこせこと作っている毎日だ。
手先が器用でよかった。
昨日は、4×4の四角い升目に区切った紙に、升目の辺と同じ長さの細い棒を用意して、陣取りゲームをやった。
細い棒を交互においていって、1×1の正方形を完成させたらそれが陣地になる。
1×1の正方形を完成させたら、連続してもう一本細い棒がおける。
升目の4隅を細い棒で囲って、より多く升目の正方形を獲得したものが勝ちと言うシンプルなゲームだった。
今日は升目を多くして、難易度を上げようか。
それとも、別のゲームを考えようか。
考え込んでいたら、部屋の扉がノックされた。
「は、はい?」
来客の予定なんてあっただろうか?
「今あけます!」
可及的速やかに扉を開けた。
そこではっと私は我に返る。
(しまった、テーブルの上が散らかったままだ!)
一瞬、焦ったが何も部屋に人をいれる必要はないな、とそう思い、平常心を取り繕う。
只の召使如きの部屋を訪問しようなんて者は限られている。
精精、何か手が足りない仕事に、私を駆り出そうとするメイド頭とかその辺りだろうと思って、張り付いた営業スマイルで扉を開けて外をうかがった私は凍りついた。
「邪魔をする」
そのまま、私の返答を待たずに私の部屋にずかずかと入る彼は――。
「ちょ!魔王様の側近の・・・・」
なんだったっけ、キノコみたいな名前の。
――――――――思い出した!
私ごときには縁遠い、高級感漂うあの名前は、
「トリフェ様!」