現身
旅に出る人の無事を願って、身代わりを家に置いておくという風習は、形は違えど各地にあるそうです。なので、うちの風習もそういうものなんだろうと思っていました。
でも、うちの町のやつには、少し変わったところがありました。
現身って呼ばれてたんですけど。
人形を作る時に、旅立つ本人の寸法を取るんですよ。背丈とか足の大きさだけじゃなくて、傷跡とか、痣の位置とかまで。昔の記録を見ると、指の長さだの耳の形だの、かなり細かいところまで書いてあります。
今はそこまでしません。身長なんかを簡単に書いて、あとは歯医者さんで歯を診てもらった紙を一緒に入れておくって感じでした。わたしのも、たしか実家にあったはずです。
場所ですか? 東京です。池袋からそう遠くないところで。
詳細は勘弁してください。仮にT町としておきますね。都電の停留場が一つあって、駅の反対側では何年か前から再開発をやってるんです。新しいマンションやら商業ビルやらが建っているんですが、奥へ入ると、車一台通るのがやっと、みたいな道がちらほら残っています。
わたしは高校卒業後に町を離れ、十数年ぶりにT町に戻ってきました。
そこで、若いのに声をかけられたんですよ。「あそこ通ってきたのか?」って。何のことかわからなかったもんで聞き返したら、向こうは少し変な顔をして、
「あそこって言ったらあそこだよ。知らないの。じゃあ、よそからか」
「いや、ここで育ったんですけど」
「へえ」
別に責める感じじゃないんですよ。珍しいな、くらいの調子で。さっき通ってきた細い道、昔は使ってたらしいけど今はみんな裏から回るんだ、じいさんたちがうるさいもんで自分は行かねえけどなって、そんな話をしていました。
その時は気にしませんでした。
しばらく町を歩いて、昔からあるらしい、商店街の喫茶店に入りました。
というのも、わたしが住んでいた頃にはなかった店だったんです。新しい店じゃなさそうなので話を伺うと、わたしが町を出たあとに、別のところから嫁いできた人が継いだ店だということでした。
店主の女性は、えらく世話を焼いてくれる人でね。こんなとこをふらふら一人で歩くようには見えないのに、ああ、髪に葉っぱがついてるよ、取ったげる、なんて、初対面にしてはずいぶん距離の近い人でした。
それで、取った葉っぱを見て、「あんた、あっち通ってきたの?」と言うんです。
またか、と思いました。
うちは外から嫁いできたから細かいことは知らないけど、こっちじゃそういうものらしい、って言っていました。
「たとえばさ、帰ってきた人は本人が名乗るまで、名前で呼ばないんだよ」
「どうしてです?」
「さあねえ。変だとは思うけど、理由なんかいちいち聞いてたら暮らせないでしょう。そういうものだって覚えたほうが早いしさ。守ってれば何もないんだから」
それで、その人が何気なく続けたんです。
「昔は、帰ってきた人が少し違ってた、なんて話もあったらしいけど」
そのへんで、ただ道を避けているだけじゃないらしいとは思いました。でも、昔からある町ですからね。理由のわからない決まりくらい残ってて、それを若者が知らなくたって、別におかしくはないでしょう。
その晩、昔からある酒屋を覗きました。
代替わりしていましたが、奥には当時の主人だったゲンじいさんがいて、紙煙草をふかしていました。子供の頃は店先でアイスを買ったり、空き瓶を持っていって小遣いに替えてもらったりしたものです。
今もご壮健で何よりでした。ずいぶん小さくなったようには見えましたけどね。
向こうも、わたしを見るなりわかったようでした。
「おう。帰ってきたか」
しばらく昔話をしているうちに、わたしがあの道を通ったことを話しました。すると、それまで笑っていたゲンじいさんが、ちょっと黙りましてね。
「こっち来なさい。人のいるとこで喋るもんじゃない」
そう言って、店のもっと奥へ手招きしたんです。ゲンじいさんは昔からそういう人でしたよ。何でも知っていて、自分が知っていることだけが本当の話だ、といわんばかりに喋る人でね。
実際、いろいろなことを教えてくれる、賢いおじいさんではあるんですよ。悪い人じゃないですし。
ゲンじいさんの話では、昔は普通の道だったそうです。表通りへ抜けるにも、隣町へ出るにも、あっちを通るほうが早かった。道沿いにも何軒か家があったそうです。
それが、いつの頃からか皆避けるようになったとか。
帰ってこない人がいたとか、帰ってきても、何か違うと言い出す人がいたそうで、だんだん通らなくなった。ただそれだけのことだ、と言うんです。
「あんなものは迷信だよ。昔からあそこはそういう場所だとか、道を違えるだとか、好きなことを言う。戻ってきたなら同じ人間に決まっとる」
それから、少し笑って、
「ハル爺なんか、帰ってきたら右手の指が一本増えとったなんて言う奴までいたがね。馬鹿馬鹿しい。昔から六本だったよ」
「写真とかあるんですか?」
「写真でも六本だったよ」
と、言い切りました。ゲンじいさんほどの人が迷信だと言うんだから、その時のわたしには、それがいちばんもっともらしく聞こえたんです。
翌日、もう一度あの道のほうへ行きました。
道のいちばん奥に、まだ人の住んでいる家が一軒あったんです。門の前で植木に水をやっていた人がいたので、ちょっと話を聞きました。
「あの、向こうの道のことで聞きたいんですけど」
「ああ」
嫌そうな顔をされました。わたしがこの町で育ったんだと言うと態度は軟化しましたが、今度はどこかふしぎそうな顔になりました。
「一人暮らしを始めるとき、わたしも現身は作ってもらったんですけど、なんで作ったかって知らなくて。昔、ここを通った人が違って帰ってきたっていう話があったんですよね」
「違ったっていうかねえ。昔は帰ってきたら、現身を出して見比べたらしいけどさ」
「それで、違ってたらどうするんですか?」
その人はそこで水を止めて、わたしの顔をまじまじと見直しました。
「違ってたって、どうしようもないでしょ。今じゃ現身なんて、どこの家もそんなきっちり作っちゃいないんだから。あんなのでどっちが正しいなんて決められるの、お嬢さん」
それ以上は聞けませんでした。なんだか急に気味が悪くなって、そのまま帰ったんです。
でも、帰る途中から自分の身体が気になってきたんです。こんな歩幅で歩いていたっけ、とか、腕ってこんなふうに振るものだったっけ、とか。一度気になると、何をしてもぎこちなく感じるものですよね。
実家に戻って、真っ先に現身のことを聞きました。
母は何を今さら、という顔をして、押し入れの奥から出してくれました。人形と、身長やら何やらを書いた紙、それに歯医者でもらった記録。十数年前、一人暮らしを始めた時に作ったものです。
見比べましたよ。隅から隅まで。でも、変わってないんです。
「何か変わってる?」と、母にも聞きました。
「別に。何も変わってないんじゃない?」
それで、たまらなくなって、洗面台の鏡を見たんです。
確かに、自分の顔でした。
でも、変じゃないですか。植木に水をやっていた人は、わたしの顔を見て「お嬢さん」と言ったんですよ。
ゲンじいさんは、最後までわたしの名前を呼びませんでした。
母も。
自意識過剰でしょうか?
では、最初の若いのは、あいつには、わたしがどんなふうに見えたんでしょう。
……今でもときどき、その日のことを思い出すんです。
あの道が何だったのかは、わかりません。ただの迷信かもしれないし、久しぶりに帰って、歩き回って疲れていただけかもしれない。
でも、現身を作ったとき、「無事に帰ってきますように」なんて、誰も言わなかったんですよね。
わたし、どんなふうに見えてますか。




