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ただの幼なじみじゃいられなくなる日

作者: リロ
掲載日:2026/06/27

「葵……さ、最近ちょっとかっこよくなったよね」


褒めたはずなのに、胸がざらついた。

六畳一間にすこし湿っぽい空気が流れる。

私、山本皐月は幼なじみである葵の家に来ていた。


「え、そうかな?」と笑う葵の口元が少しだけ緩んだ気がした。

まるで、最初からそう言われるのを期待していたかのように。


「うん、かっこいいよ」


とりあえず、そう言っておいた。

うまく息が吸えないみたいに、胸が詰まる。


「まあでも、最近セットとかしてるからね」


そんなの、聞いてないよ。

誰のため?

色々な言葉が出てくるが、ぐっとこらえる。


「そう……なんだ。頑張ってるんだね」

「うん!毎日トリートメントもして、ドライヤーもして…朝にちゃんとセットしてるんだよ」

「そっか、流石葵。すごいね。」


だから、聞いてないってば。

そんなこと。

ふふーんと誇らしげな葵が愛おしいはずなのに、胸のしこりは大きくなるばかりだった。

掛け時計の音がやけに響いて聞こえる。

ずっと傍にいたはずなのに、目の前の葵はどこかへ行ってしまいそうで、それが私には他のどんなことよりも恐ろしかった。

私、重いのかな。

そんな考えがよぎって、少しだけ笑ってしまう。

素直に思いを伝えられないまま、飲み込んだ言葉が溜まっていく。

自分の世界に入って堂々巡りに浸っているものだから、気づいた時には会話が止まっていた。


「葵ってさ、好きな子……いるの?」


慌てて会話を続けようとして、思わず言ってしまった。

………言ってしまった。

葵はなんて返事するんだろう。

期待と不安で胸がいっぱいになる。


「……え。」


葵の瞳が揺れる。


「……わかりやすいかな、俺。」


あーあ、やっぱそうなんだ。

……もしかして、私?


「うん、バレバレ。だって葵、意味もなくそういうことしないでしょ。」


冗談めかして言う。


「ねえねえ、誰が好きなの?」


あえて平気そうに。

自然と、逃げ場を無くすように隣に寄り添う。


「っと………誰にも言わないでよ?

……2組の佐藤さん」


言ったあと、葵は少し顔を赤くした。

かわいいなあ……。

――でも。

………やっぱ私じゃないか。

淡い期待が霧散して消える。

君の好きに、私は入ってないんだ。

いつも話してくれるから、もしかしたら好きなのかもって…思ってたのに……

恥ずかしげで、どこか楽しそうな葵を見てすっと目が細くなる。

あはっ……

この子は恋する自分に酔ってるんだ。

……わかるよ、幼なじみだもん。


「佐藤……さん?」


遅れて情報を処理する。

誰?

……その子。


「あ……わかんないか。ええとね、去年同じクラスだったんだけど―――」


いつもよりイキイキして葵が喋る。

私の顔なんか見ちゃいない。

わかんないか……?

なに……その言い方。

ねえ……なんで私の知らないところで、知らない人と仲良くしてるの。

それが当たり前だ。

私は葵の全てを知っているわけではない。

わかってる。そんなの。

――だけど。

そう自覚することが、それを突きつけられる事が何よりも苦しかった。


「……その子の。」

「ん?」


ようやく、葵の視線が私に向いた。


「その子の、どこが好きなの?」


笑ったまま、ぐいっと顔を近づける。


「どこが好きって言われても……困っちゃうな…」


あはは……と葵が少し目線をそらす。

だよね、そうだよね。

昔っからそう。

自分の気持ちを言葉にするのが苦手なんだよね、葵は。


「なんでもいいんだよ?顔がかわいいとか、声が可愛いとか。」

「えー……」


ちゃんと言わないと、伝わらないよ。

……なんてね。


「……言わなきゃだめ?」


それ、私に聞いちゃう?

君の''好き''って、そんなもんなの?


「言わなきゃだめ…ってさあ……。」


冷たい風がすっと胸をなぞった。


「そんなんじゃ、付き合えないよ。」


自分の胸を思い切り刺しているようだった。

だけどこうしている方が楽だった。


「別に…好きだけど、付き合うとかそういうのじゃ……。」

「じゃあ、なんなの。」


ねえ。

自分でも驚くくらい、声が低かった。

ピキッ

露骨に空気が固まった。

あー……やっちゃったな。

ごめんね、葵。


「じゃあさ、なんのためにその子の事好きになったの?」


……理由なんて、ないよね。

私だってそうだもん。

「ねえ、教えてよ。」

葵の口が半開きになっている。

言葉を紡ごうとして口を動かしているが、上手くいかない。

しどろもどろになりながら。


「え…あ……その……。」


こういう時くらい、はっきりしなよ。

こいつにはわかんないんだ。

だからモテないんだよ。


「………私じゃ、ダメなの。」


言って欲しいんでしょ、こういうセリフ。

あーあ……俗っぽくて嫌になる。


「私、葵の為ならなんでもできるよ。

葵のことならなんでも知ってるよ。

学校でこんなに仲良くできる異性なんて私くらいでしょ?

ねえ、なんで?

今日だってさ、わざわざ家に上げて2人っきりって。

期待しない方がおかしいよね?

なのに、聞かされた話は好きな人がいます?

それもどこが好きかちゃんと説明できない?

ふざけないで。

私はこんなにしてるのに。

葵の…どこが好きとか話せるのに。

ねえ、なんなの?」


矢継ぎ早に言葉を連ねる。

言いたいことはいっぱいあったはずなのに、底を尽きたかのように言葉が出なくなった。

……私の気持ちも、こんなものだったのかな。

もう…どうにでもなれ。


「私の事好きって言ってよ!

葵が好きな人いるって言った時、期待しちゃったじゃん!!

好きな子いるのに他の女の子家にあげないでよ!!

葵が忘れ物したらノート見せてあげたり、雨の日は傘貸してあげたし――

他の女の子と話せないような話もしたでしょ?!

私、何でもしてあげたじゃん?!

あの子じゃ、私みたいにできない……!

絶対できないよ。

こんなに話せるのは、私だけなんだよ。

葵がどんな人間でも、好きでいられるのは私だけなんだよ……!!」


もう全部がどうでもよかった。

号泣しながら気持ちをぶちまける。


「……ごめん。」


葵はそう一言だけ呟いた。

ごめん?

私があんなに言ってあげたのにごめん?

……もういい。

もういいよ、葵。

失望した。

……嘘、してない。

うるさい。

……やっと好きって言えたんでしょ。

うるさい…!

心の中がぐしゃぐしゃだった。

そして、


「それしか言えないんだ。」


嘲笑ってやった。


「もういい、ばいばい。」


その勢いのまま、玄関を出た。

葵が追いかけて来てた気がしたけど、無視した。

目の前の曲がり角まで走ってから、息を整える。

やっと、息がちゃんとできた気がした。


「私、なんのために頑張ってたんだろうな。」


その声は、誰にも届かずアスファルトに消えていった。

葵の連絡先を全てブロックして消した。

多分…その方がよかったから。

少し振り返った。

葵が追いかけて来てくれるんじゃないかって。

案の定…いなかったけど。

ふとスマホを見た。

通知は、来てなかった。

一抹の寂しさを抱えながら、私はゆっくり歩き出した。

初投稿です。

こういう子がいたらいいなと思って書きました。

これから定期的に投稿していこうと思います。

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