【おまけ】二人の日常
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開けた窓から心地の良い風が吹く。
アリアシネ侯爵家夫人のエリーゼは椅子にかけながら、夫が自分の髪を結んでくれるのを頬を緩め堪能する。骨張った手は、細いふわふわした髪を優しく解き結っていく。
「ハーゲン様ハーゲン様」
「なんだ?」
二つに結われた髪に藍色のリボンが巻かれていく。ふぅと達成感の息をつく夫――ハーゲンの服の裾をチョンと引いた。
「わたしも、ハーゲン様の髪を結びたいです!」
「? いつもしているだろう?」
代わりばんこに編むのが二人の日課だった。金髪のエリーゼの髪をハーゲンが編み編み。黒髪で長いハーゲンの髪をエリーゼが編み編み。
いいえいいえ、エリーゼは首を横に振る。
「わたしと同じ髪型にしたいのです!」
にぱー、屈託のない顔に、だがその口から発せられた言葉に表情が凍りつく。無意識に櫛を背に隠した。
エリーゼは今二つ結びである。
「エリーゼ、私は、男だ」
「知っておりますよ?」
大事なことを一言ずつ区切って言ってみたが、サラリと肯定される。
エリーゼは自分のリボンが何本も入った箱からしゅるりと二本引き抜く。両手にリボンを構え、期待に満ちた眼差しを注いだ。
うっ、とハーゲンは呻く。
「ぜひ」
「…………」
「似合うと思います」
元来押しに弱いハーゲンだが、それでも力を振り絞り沈黙を貫く。
「ハーゲン様……」
「…………………………少しの間だけだ」
覚悟を決め櫛のバトンを渡し、今度は椅子に座る。
むふ、とエリーゼが櫛を構えた。
◇
「きゃーっ! ハーゲン様すっごくお似合いです!」
数分後。エリーゼの歓喜の声が部屋を満たした。
「……ありがとう」
二つ結びにされたハーゲンの表情は対照的に暗い。
エリーゼはその姿を見て、余計なことは言わないように口元に手を当てる。
――嫌そうなお顔。でもお揃い嬉しい〜という心中を隠した。
にこにこ微笑むエリーゼの顔を横目に見る。
わざとらしいため息をつき、これでこんなに喜んでくれるなんて随分と安上がりだと揶揄した。
もう暫くはこのままで良いか、と彼女が座るための椅子を引き寄せた。
文学フリマ東京42(5月4日)にて発売いたします。ブースはきー17です。




