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第29回:いろは丸の衝突
霧島での楽しい新婚旅行から数ヶ月。龍馬は海援隊の蒸気船いろは丸での航海に戻っていた。まだ旅の余韻に浸り、お龍への土産物を眺めて鼻歌を歌っていたが瀬戸内海の暗い夜がその気分を一変させた。目の前に紀州藩の巨大軍艦明光丸が急に現れたのだ。
「わわ、ぶつかる! 右じゃ、いや左か!」
焦った龍馬が舵を滅茶苦茶に回したせいで、いろは丸は自ら明光丸の横腹に突っ込むような最悪の角度で衝突してしまった。
「……やれやれ。これじゃあ100対0でこっちが悪いよ。ちょっと工作してくるから」
懐のタマは小声で龍馬に囁いた途端、混乱に乗じて相手の船へ飛び移り敵の航海士が落とした航海日誌に墨まみれの足跡をベチャベチャと残して、さらに操舵室の計器を前足で小突いて針を狂わせた。
「坂本さん、どうしたら……」と仲間が青ざめている中、相手の船からは「記録が読めん!」「計器も故障だ!」と悲鳴が上がった。タマは悠々と戻り、龍馬の肩で邪悪に目を細めた。
「……証拠がないなら、作ればいいのさ。君はただ、自信満々にハッタリをかましてなよ」
「タマ……おんしゃあ顔が怖すぎるぜよ!」
龍馬はタマのあまりの悪党ぶりに衝突の衝撃以上の恐怖を感じるのであった。




