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第19回:さらば武市

毎日やることもなく無職でぶらぶらしていた龍馬は、気まぐれに土佐の獄中にいる武市半平太へ手紙を書くことにした。とはいえ、政治に疎い龍馬が書けるのは「タマの煮干し代が嵩んで困る」といった緊張感のない世間話ばかりであった。

ところがその夜。夜食の煮干しをケチられたことに腹を立てたタマが龍馬の寝込みを襲い、書き置きの手紙の上でわざと泥遊びを繰り広げたのである。

翌朝、文字は激しく滲み無数の足跡がついた無惨な手紙が武市の手元に届いた。しかし、死を覚悟し研ぎ澄まされた精神状態にあった武市には、それが全く別のものに見えた。

「……おお、坂本。おんしゃあ、これほどの決意を……」

滲んだ「煮干し」の文字が、武市の目には「日本を滅ぼし」という凄まじい血書に見え、タマの泥肉球は、志士たちが流した無念の涙と返り血の血判に見えたのである。

「……わかった、わしも最期まで土佐の武士として見事な散り際を見せよう」

武市は激励に涙し、従容として切腹へと向かった。

一方タマは金色の目を細め、何百里も先の土佐で腹を切る男の姿を見ていた。

「……煮干しの恨みで踏んづけた手紙が死にゆく男の誇りを守ったか。歴史って本当に思い込みでできてるんだね」

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