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まっつぃ17|不思議な恋愛短編集

一生愛してると言った翌日、彼女は僕を忘れた

掲載日:2026/02/22

初の恋愛ものです

この世界において、あまりに純粋で強すぎる想いは「呪い」に変質する。


誰かを本気で想えば想うほど、その感情は不可視の鎖となり、相手の魂を締めつける。守りたいと切実に願うほど、祈りは皮肉にも相手の命を削る毒へと変わる。

だから人々は、愛を語る時に無意識のブレーキを踏む。


「好き」という言葉で足を止め、「ずっと一緒」という曖昧な表現で茶を濁す。「一生」や「永遠」といった、魂を縛る言霊は決して口にしない。それが、この過酷な世界で愛する者と長く寄り添うための、唯一の知恵だった。


そのはずだった。


夕暮れの帰り道、川沿いの風は秋の気配を孕んで柔らかく、世界は驚くほど穏やかだった。彼女は隣を歩きながら、なんてことのない日常の断片を拾い集めて笑っている。重なりそうで重ならない指先。その数センチの距離を、僕はもどかしく、そして愛おしく測っていた。


ああ、幸せだ。そう思った。

胸の奥から熱い塊がせり上がり、言葉にしなければ自分が内側から弾けてしまいそうだった。


「ねえ」


立ち止まると、彼女が不思議そうに振り返る。

夕日が彼女の横顔を鮮やかな橙に染め上げ、瞳の中に小さな火を灯していた。その煌めきを見た瞬間、もう自分を繋ぎ止めていた理性の糸が切れた。


危険だとは知っていた。

この世界の非情なルールも、口にした瞬間に支払わされる代償も。


それでも、僕は抗えなかった。


「一生、愛してる」


言い切った。

逃げ道も、照れ隠しの冗談も、一切の余地を排して。

彼女は一瞬、弾かれたように目を丸くした。それから、困ったような、ひどく幸せそうな顔で笑う。


「……なにそれ。プロポーズのつもり?」

「本気だよ。世界中の誰よりも」


返すと、彼女は少しだけ頬を染め、所在なげに視線を落とした。


「ばか。……重すぎるよ」


そう言いながら、彼女は自分から僕の指を絡め取った。

その瞬間、心臓を直接握られたような激痛と、それ以上の愛おしさが胸を支配した。

世界は静かだった。

ただ、足元の影が一瞬だけ濃く揺らいだことに、僕は気づかなかった。


翌日。


「……あの、すみません。どちら様でしょうか?」


病室のベッドの上で、彼女は僕を忘れていた。

昨日までの積み重ねも、繋いだ指の温度も、あの夕日の美しさも。すべてが真っ白な灰になって消えていた。

駆けつけた医師は、カルテも見ずに淡々と言った。

「魂への過負荷による記憶の融解。強い感情の反動だよ。珍しくない」


呪いは、すでに完遂されていた。

だが、僕は後から知ることになる。彼女が「忘れさせられた」のではなく、自ら「忘れること」を選んだのだと。

呪いによる魂の摩耗を止める唯一の方法。それは、想いの起点――すなわち、愛する人に関する全ての記憶を、自ら差し出し、削り取ること。


彼女は僕を守るために、僕を捨てた。


それなのに、残酷な運命は円環を描く。

彼女はまた、僕を好きになった。

理由も根拠もなく、まるで重力に引かれるように、最初から。


出会い直し、言葉を交わし、再び距離を測り直す。記憶は欠落しているはずなのに、彼女は以前と同じタイミングで笑い、同じ癖で髪を弄り、同じ仕草で拗ねる。

そして、積み重なった時間が一定の質量を超えた時。


「好きです。あなたのことが、どうしても」


その声は、以前よりも深く、切実な響きを帯びていた。

次の瞬間、僕の胸が焼かれた。

内側から肺を締め上げられるような、鋭い激痛。呼吸が止まり、視界が歪み、膝から崩れ落ちる。


ああ、まただ。

彼女の想いが純化されるほど、僕の魂は削り取られていく。

彼女は何も悪くない。ただ、抗いようもなく僕を愛してしまっただけだ。


だから今度は、僕が選ぶ番だった。


忘れることを。

彼女への募る想いも、共に歩いた季節も、命をかけて守りたかった理由も。そのすべてを、無に帰すことを。


――目を覚ますと、視界は真っ白な天井に覆われていた。

胸が軽い。あの、魂を焼くような痛みはどこにもない。

ただ、心にぽっかりと穴が空いたような、妙な空虚さだけが居座っている。


「……目、覚めたんですね」


隣に、一人の女性が座っていた。

泣き腫らしたのだろう、瞳の縁を赤くしている。知らない顔だ。僕の記憶のどこを読み返しても、彼女の名前は見つからない。


それなのに。

視線がぶつかった瞬間、胸の奥がひどくざわついた。

意識が「他人だ」と告げているのに、魂が「懐かしい」と叫んでいる。


「あなたは……?」


本心からの問いに、彼女は一瞬だけ言葉を失い、喉の奥で何かを飲み込んだ。それから、消え入りそうな声で囁く。


「……ごめんなさい」


何に対しての謝罪なのか、僕にはわからない。

彼女は深く、深く息を吸い込んだ。まるでこれから、断崖絶壁から飛び降りる覚悟を決めるかのように。


「初めまして」


胸の奥が軋んだ。

失ってしまったはずのパズルの欠片が、そこにあるのだと身体だけが知っている。

僕は、何も覚えていない。

ただ――。


(ああ、僕はまた、この人を好きになってしまう)


確信に近い予感だけが、空っぽの胸を満たしていく。


「変ですね」

彼女が、涙の跡を残したまま小さく笑った。

「あなたを見ていると、どうしようもなく安心するんです」


その言葉は、今はまだ呪いにはならない。

僕が彼女を覚えていないから。想いの回路が、まだ繋がっていないから。


けれどきっと、遠くない未来。

僕らはまた、命を削るほど本気で想い合うだろう。

そしてまた、どちらかが何かを削り、別れの「初めまして」を告げるのだ。


それでも。

彼女が震える指先で差し出した手を、僕は迷わず握り返した。

初めて触れるはずなのに、泣きたくなるほどその温もりを知っていた。


「……これから、よろしくお願いします」


彼女は一瞬だけ、幸せそうに目を閉じる。

そして、呪いの成就を祝福するように微笑んだ。


「はい。何度でも」

お読みいただきありがとうございました。

異世界ものより難産でしたが挑戦してみてよかったです。

他の短編もぜひご覧ください。


https://ncode.syosetu.com/s0717k/

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