「放課後、裏庭に来い」と最恐ヤンキー公爵令息に呼び出されたら、震える手で「ファンです」とサインを求められました。 〜強面な彼は、私が匿名で描く『もふもふ精霊』の限界オタクらしい〜
「おい。……ちょっと面貸せや」
放課後の教室。
地獄の底から響くようなドスの効いた声に、クラスの空気が一瞬で凍りついた。
声の主は、教室の入り口に仁王立ちしている巨躯の男子生徒。
燃えるような赤髪、鋭い三白眼、制服を着崩した不良スタイル。
この国の筆頭公爵家の嫡男にして、学園の【最恐】ヤンキー、ジークフリート・フォン・ベルンシュタイン様だ。
「目があっただけで三日寝込む」「気に入らない教師を窓から投げ捨てた」「素手でドラゴンを絞め殺した」など、数々の(真偽不明な)武勇伝を持つ彼が、ギロリと教室を見渡す。
そして、その凶悪な視線が――教室の隅で縮こまっていた私、マリベル・コリンズに突き刺さった。
「……そこの地味な女。お前だ。荷物持って裏庭に来い」
「ひっ……!?」
私!?
なんで!? 私、何かしましたか!?
廊下を歩く時は壁と同化し、授業中は気配を消し、食堂では端っこでパンを齧るだけの、善良なモブ令嬢ですよ!?
「き、聞こえねぇのか? あぁん?」
ジークフリート様が苛立ち紛れに壁をドンと叩く。
ビビビッ、と壁に亀裂が入った。物理的に。
「は、はいぃぃぃ! い、行きます! すぐ行きますぅ!」
私は涙目で立ち上がった。
クラスメイトたちの「あーあ、可哀想に」「明日から彼女の席に花瓶を置かなきゃ」という同情の視線を背中に浴びながら、私は死刑台(裏庭)へと向かった。
◇
人気のない校舎裏。
夕日がジークフリート様の影を長く伸ばし、禍々しさを演出している。
「あ、あの……ご用件は……命だけは……」
私が震えながら尋ねると、彼は無言で私に近づいてきた。
一歩、また一歩。
大きい。見上げると首が痛くなるほどの身長差だ。
彼は私を壁際に追い詰めると、バン! と私の顔の横に手をついた。
いわゆる「壁ドン」だ。ただし、ときめき指数はゼロ、恐怖指数はマックスである。
「……おい。単刀直入に聞くぞ」
至近距離で睨まれる。
殺される。それともカツアゲ? 実家の権利書?
「お前……『マシュマロうさぎ』だよな?」
「……は?」
予想外の単語に、私の思考が停止した。
マシュマロうさぎ。
それは、私が趣味で描いているイラストを、匿名で魔導ネット(SNS的なもの)に投稿する際のハンドルネームだ。
描いているのは、可愛い精霊や小動物が戯れる、ほのぼの系のイラスト。
地味で根暗な私の、唯一の秘密の趣味なのだが。
「な、なぜそれを……」
「とぼけんじゃねぇ。お前が昼休み、スケッチブックに『虹色リス』のラフを描いてるのを見たんだよ」
見られてたー!!
うかつだった。モブだと思って油断していた。
学園の最恐ヤンキーに、あんなファンシーな絵を描いていることがバレたら……。
「キメェんだよ!」と罵倒され、スケッチブックを燃やされるに違いない!
私が絶望して目を閉じると、ガサゴソと何かが取り出される音がした。
ナイフか? メリケンサックか?
「……これ」
恐る恐る目を開けると、目の前に突きつけられていたのは――一枚の色紙と、サインペンだった。
「サインくれ」
「……へ?」
「だから! サインだよ! 『ジークさんへ、マシュマロうさぎ先生より』って書いてくれ!」
よく見ると、ジークフリート様の顔が、耳まで真っ赤になっていた。
視線は泳ぎ、手は小刻みに震えている。
これは……怒りではない。羞恥と、緊張?
「お、俺……先生の絵の、大ファンなんだよ……!」
彼は蚊の鳴くような声(当社比)で言った。
「あの丸っこいフォルム……つぶらな瞳……見てるだけで浄化されるっつーか……。特に先週投稿された『もふもふ精霊』の絵、あれマジ神。待ち受けにしてる。尊すぎて死ぬかと思った」
「え、えええ……?」
あの強面のヤンキー公爵令息が?
もふもふの絵を見て「尊い」?
「今まで正体不明だったから諦めてたけど、まさか同じクラスに『神』がいるとは思わなくてよぉ……。テンパって呼び出しちまった。悪ぃ」
彼は頭をガシガシとかきながら、私から視線を逸らした。
「幻滅したか? 俺みたいな強面の男が、ファンシーな絵を好きだなんてよ」
自嘲気味に笑う彼を見て、私は慌てて首を振った。
「い、いいえ! そんなことありません! 私の絵を好きだと言ってくださるなんて、とっても嬉しいです!」
私の絵は、子供向けとか、甘すぎると言われることも多い。
それを、こんな最強の男の子が、顔を赤らめて褒めてくれているのだ。
作り手として、これほど嬉しいことはない。
「ほ、本当か……?」
「はい! サインでよろしければ、いくらでも書きます!」
私が色紙を受け取ってサインを書くと、彼はそれを宝石のように両手で受け取り、プルプルと震えながら天を仰いだ。
「……家宝にする。額縁、一番高いやつ注文しねぇと……」
どうやら彼は、ガチのオタク(それも限界オタク)だったらしい。
◇
その日以来、私の学園生活は激変した。
「おい、どけ! マリベル様のお通りだ!」
朝、私が登校すると、ジークフリート様が校門で待ち構えていて、モーゼのように生徒の波を割って道を作ってくれるようになった。
周囲の生徒たちは「ヒィッ!」「マリベルさん、弱みを握られてるのかしら?」「可哀想に、奴隷にされているんだわ」と勘違いして震えているが、違うのだ。
彼は私を『先生』として崇め、勝手にSP(護衛)を買って出ているだけなのだ。
「先生、カバン持ちます」
「い、いえ、そんな公爵令息様に……」
「俺が持ちたいんです。その右手は神の右腕だ。一ミリたりとも負担をかけさせるわけにはいかねぇ」
彼は私の通学カバンをひったくるように奪い、大事そうに抱える。
傍から見るとカツアゲだが、本人は至って真剣だ。
昼休み。
私が食堂で一番安いBランチを食べようとすると、ドサッと目の前に豪華なステーキ重が置かれる。
「先生、これ食ってください」
「えっ、ジークフリート様のお弁当では?」
「俺はパンでいいんで。先生には栄養をとってもらわねぇと、新作の筆が鈍る」
「申し訳ないです!」
「いいから食え! ……あ、いや、召し上がってください……お願いします……」
彼が凄むと、食堂中の生徒が悲鳴を上げて逃げ出す。
結果、私と彼の周りだけ半径五メートルの空白地帯ができ、まるで二人きりのデートのような空間になってしまう。
「あ、あの、ジークフリート様。みんな誤解してますよ? 私が脅されているって」
「あ? 雑音なんて気にするな。……それより先生、今度の新作、『パンケーキと子猫』ってマジですか?」
彼はスマホ(魔導端末)を取り出し、私のSNSの画面を見せてくる。瞳がキラキラしている。
「はい。今ラフを描いてるところで……」
「見たい。今すぐ見たい。……いや、ダメだ! 未完成の状態を見るなんて神への冒涜だ! でも見たい! ああっ、俺はどうすれば!」
頭を抱えて悶える最強ヤンキー。
そんな彼の姿を見ていると、最初は怖かったはずなのに、だんだん「大型犬」のように見えてくるから不思議だ。
「……ふふっ。じゃあ、特別にお見せしますね」
私がスケッチブックを開くと、彼は「うおおお!」と奇声を上げ、拝むように手を合わせた。
「すげぇ……線画だけでマイナスイオンが出てる……。これ、色がついたら俺、ショック死するかもしれねぇ……」
「大袈裟ですよ」
私が笑うと、彼はふと真剣な顔になり、私をじっと見つめた。
「……大袈裟じゃねぇよ。俺、目つきが悪いせいで、昔から誰も寄ってこなくてさ。可愛いものが好きなんて言ったら、気味悪がられるし」
彼は寂しそうに視線を落とした。
「でも、先生の絵を見てると、こんな俺でも『可愛い』を好きでいていいんだって、許された気がしたんだ。……だから、マリベルは俺の恩人なんだよ」
不器用な言葉。でも、その中にある純粋な優しさに、私の胸がトクンと高鳴った。
彼は怖い人じゃない。
誰よりも優しくて、繊細な感性を持った、素敵な人なんだ。
「……ジークフリート様。私、次の新作には『赤いライオン』を描こうと思います」
「え? ライオン?」
「はい。強そうで、怖そうに見えるけど……実はとっても優しくて、可愛いものが好きなライオンさんです」
私が彼を見上げて言うと、彼はその意味を悟ったのか、顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。
「そ、それって……俺、のこと……?」
「ふふ、どうでしょうね?」
私が悪戯っぽく微笑むと、彼は帽子を目深に被り、顔を隠してしまった。
赤い髪の間から見える耳まで、真っ赤に染まっている。
「……あー、クソッ。尊い。絵だけじゃなくて、本人まで尊いとか反則だろ……」
彼がボソリと呟いた言葉は、私の耳には届かなかったけれど。
周囲からは「ヤンキーとパシリ」に見えているかもしれない。
でも、私にとっては「最強の騎士」で「一番のファン」。
この奇妙な関係は、もう少し先、「恋人」という名前に変わるまで続きそうだ。
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