表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

「放課後、裏庭に来い」と最恐ヤンキー公爵令息に呼び出されたら、震える手で「ファンです」とサインを求められました。 〜強面な彼は、私が匿名で描く『もふもふ精霊』の限界オタクらしい〜

作者: おーあい


「おい。……ちょっと面貸せや」


 放課後の教室。

 地獄の底から響くようなドスの効いた声に、クラスの空気が一瞬で凍りついた。


 声の主は、教室の入り口に仁王立ちしている巨躯の男子生徒。

 燃えるような赤髪、鋭い三白眼、制服を着崩した不良スタイル。


 この国の筆頭公爵家の嫡男にして、学園の【最恐】ヤンキー、ジークフリート・フォン・ベルンシュタイン様だ。


 「目があっただけで三日寝込む」「気に入らない教師を窓から投げ捨てた」「素手でドラゴンを絞め殺した」など、数々の(真偽不明な)武勇伝を持つ彼が、ギロリと教室を見渡す。


 そして、その凶悪な視線が――教室の隅で縮こまっていた私、マリベル・コリンズに突き刺さった。


「……そこの地味な女。お前だ。荷物持って裏庭に来い」


「ひっ……!?」


 私!?

 なんで!? 私、何かしましたか!?


 廊下を歩く時は壁と同化し、授業中は気配を消し、食堂では端っこでパンを齧るだけの、善良なモブ令嬢ですよ!?


「き、聞こえねぇのか? あぁん?」


 ジークフリート様が苛立ち紛れに壁をドンと叩く。

 ビビビッ、と壁に亀裂が入った。物理的に。


「は、はいぃぃぃ! い、行きます! すぐ行きますぅ!」


 私は涙目で立ち上がった。


 クラスメイトたちの「あーあ、可哀想に」「明日から彼女の席に花瓶を置かなきゃ」という同情の視線を背中に浴びながら、私は死刑台(裏庭)へと向かった。


          ◇


 人気のない校舎裏。

 夕日がジークフリート様の影を長く伸ばし、禍々しさを演出している。


「あ、あの……ご用件は……命だけは……」


 私が震えながら尋ねると、彼は無言で私に近づいてきた。


 一歩、また一歩。

 大きい。見上げると首が痛くなるほどの身長差だ。


 彼は私を壁際に追い詰めると、バン! と私の顔の横に手をついた。

 いわゆる「壁ドン」だ。ただし、ときめき指数はゼロ、恐怖指数はマックスである。


「……おい。単刀直入に聞くぞ」


 至近距離で睨まれる。

 殺される。それともカツアゲ? 実家の権利書?


「お前……『マシュマロうさぎ』だよな?」


「……は?」


 予想外の単語に、私の思考が停止した。


 マシュマロうさぎ。

 それは、私が趣味で描いているイラストを、匿名で魔導ネット(SNS的なもの)に投稿する際のハンドルネームだ。


 描いているのは、可愛い精霊や小動物が戯れる、ほのぼの系のイラスト。

 地味で根暗な私の、唯一の秘密の趣味なのだが。


「な、なぜそれを……」


「とぼけんじゃねぇ。お前が昼休み、スケッチブックに『虹色リス』のラフを描いてるのを見たんだよ」


 見られてたー!!

 うかつだった。モブだと思って油断していた。


 学園の最恐ヤンキーに、あんなファンシーな絵を描いていることがバレたら……。

 「キメェんだよ!」と罵倒され、スケッチブックを燃やされるに違いない!


 私が絶望して目を閉じると、ガサゴソと何かが取り出される音がした。

 ナイフか? メリケンサックか?


「……これ」


 恐る恐る目を開けると、目の前に突きつけられていたのは――一枚の色紙と、サインペンだった。


「サインくれ」


「……へ?」


「だから! サインだよ! 『ジークさんへ、マシュマロうさぎ先生より』って書いてくれ!」


 よく見ると、ジークフリート様の顔が、耳まで真っ赤になっていた。

 視線は泳ぎ、手は小刻みに震えている。

 これは……怒りではない。羞恥と、緊張?


「お、俺……先生の絵の、大ファンなんだよ……!」


 彼は蚊の鳴くような声(当社比)で言った。


「あの丸っこいフォルム……つぶらな瞳……見てるだけで浄化されるっつーか……。特に先週投稿された『もふもふ精霊』の絵、あれマジ神。待ち受けにしてる。尊すぎて死ぬかと思った」


「え、えええ……?」


 あの強面のヤンキー公爵令息が?

 もふもふの絵を見て「尊い」?


「今まで正体不明だったから諦めてたけど、まさか同じクラスに『神』がいるとは思わなくてよぉ……。テンパって呼び出しちまった。悪ぃ」


 彼は頭をガシガシとかきながら、私から視線を逸らした。


「幻滅したか? 俺みたいな強面の男が、ファンシーな絵を好きだなんてよ」


 自嘲気味に笑う彼を見て、私は慌てて首を振った。


「い、いいえ! そんなことありません! 私の絵を好きだと言ってくださるなんて、とっても嬉しいです!」


 私の絵は、子供向けとか、甘すぎると言われることも多い。

 それを、こんな最強の男の子が、顔を赤らめて褒めてくれているのだ。

 作り手として、これほど嬉しいことはない。


「ほ、本当か……?」


「はい! サインでよろしければ、いくらでも書きます!」


 私が色紙を受け取ってサインを書くと、彼はそれを宝石のように両手で受け取り、プルプルと震えながら天を仰いだ。


「……家宝にする。額縁、一番高いやつ注文しねぇと……」


 どうやら彼は、ガチのオタク(それも限界オタク)だったらしい。


          ◇


 その日以来、私の学園生活は激変した。


「おい、どけ! マリベル様のお通りだ!」


 朝、私が登校すると、ジークフリート様が校門で待ち構えていて、モーゼのように生徒の波を割って道を作ってくれるようになった。


 周囲の生徒たちは「ヒィッ!」「マリベルさん、弱みを握られてるのかしら?」「可哀想に、奴隷にされているんだわ」と勘違いして震えているが、違うのだ。


 彼は私を『先生』として崇め、勝手にSP(護衛)を買って出ているだけなのだ。


「先生、カバン持ちます」


「い、いえ、そんな公爵令息様に……」


「俺が持ちたいんです。その右手は神の右腕だ。一ミリたりとも負担をかけさせるわけにはいかねぇ」


 彼は私の通学カバンをひったくるように奪い、大事そうに抱える。

 傍から見るとカツアゲだが、本人は至って真剣だ。


 昼休み。

 私が食堂で一番安いBランチを食べようとすると、ドサッと目の前に豪華なステーキ重が置かれる。


「先生、これ食ってください」


「えっ、ジークフリート様のお弁当では?」


「俺はパンでいいんで。先生には栄養をとってもらわねぇと、新作の筆が鈍る」


「申し訳ないです!」


「いいから食え! ……あ、いや、召し上がってください……お願いします……」


 彼が凄むと、食堂中の生徒が悲鳴を上げて逃げ出す。

 結果、私と彼の周りだけ半径五メートルの空白地帯ができ、まるで二人きりのデートのような空間になってしまう。


「あ、あの、ジークフリート様。みんな誤解してますよ? 私が脅されているって」


「あ? 雑音なんて気にするな。……それより先生、今度の新作、『パンケーキと子猫』ってマジですか?」


 彼はスマホ(魔導端末)を取り出し、私のSNSの画面を見せてくる。瞳がキラキラしている。


「はい。今ラフを描いてるところで……」


「見たい。今すぐ見たい。……いや、ダメだ! 未完成の状態を見るなんて神への冒涜だ! でも見たい! ああっ、俺はどうすれば!」


 頭を抱えて悶える最強ヤンキー。

 そんな彼の姿を見ていると、最初は怖かったはずなのに、だんだん「大型犬」のように見えてくるから不思議だ。


「……ふふっ。じゃあ、特別にお見せしますね」


 私がスケッチブックを開くと、彼は「うおおお!」と奇声を上げ、拝むように手を合わせた。


「すげぇ……線画だけでマイナスイオンが出てる……。これ、色がついたら俺、ショック死するかもしれねぇ……」


「大袈裟ですよ」


 私が笑うと、彼はふと真剣な顔になり、私をじっと見つめた。


「……大袈裟じゃねぇよ。俺、目つきが悪いせいで、昔から誰も寄ってこなくてさ。可愛いものが好きなんて言ったら、気味悪がられるし」


 彼は寂しそうに視線を落とした。


「でも、先生の絵を見てると、こんな俺でも『可愛い』を好きでいていいんだって、許された気がしたんだ。……だから、マリベルは俺の恩人なんだよ」


 不器用な言葉。でも、その中にある純粋な優しさに、私の胸がトクンと高鳴った。

 彼は怖い人じゃない。

 誰よりも優しくて、繊細な感性を持った、素敵な人なんだ。


「……ジークフリート様。私、次の新作には『赤いライオン』を描こうと思います」


「え? ライオン?」


「はい。強そうで、怖そうに見えるけど……実はとっても優しくて、可愛いものが好きなライオンさんです」


 私が彼を見上げて言うと、彼はその意味を悟ったのか、顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。


「そ、それって……俺、のこと……?」


「ふふ、どうでしょうね?」


 私が悪戯っぽく微笑むと、彼は帽子を目深に被り、顔を隠してしまった。

 赤い髪の間から見える耳まで、真っ赤に染まっている。


「……あー、クソッ。尊い。絵だけじゃなくて、本人まで尊いとか反則だろ……」


 彼がボソリと呟いた言葉は、私の耳には届かなかったけれど。

 

 周囲からは「ヤンキーとパシリ」に見えているかもしれない。

 でも、私にとっては「最強の騎士ナイト」で「一番のファン」。

 この奇妙な関係は、もう少し先、「恋人」という名前に変わるまで続きそうだ。



読んでいただきありがとうございます。


ぜひリアクションや評価をして頂きたいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
尊い! この後、他校の不良にカツアゲされそうなマリベルを助けたり、学園祭でライオンのコスプレでマリベルに告白するジークフリートがいたりして…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ