【BL】後輩の双子の妹が可愛すぎて、付き合うことにしました。
「田山先輩。彼女、探しているって聞いたんですけど」
「え、うわあ。恥ずかしいな」
社会人になって二年目。
後輩も入ってきて、落ち着いた頃。
同僚たちに春が訪れ始めた。
俺にも春よ、こい!
とばかり、俺も飲み会に参加し始めた。だけど社外だ。
だって、社内で探してるなんて言われたら恥ずかしいだろ?
そう、俺は彼女を探していることを秘密にしていたつもりなのに、まさか八島が知ってるなんて。
「誰から聞いた?」
「えっと、野木先輩」
「あの野郎」
野木は同僚で、最近彼女ができたばかりだ。
あいつは俺にいつも彼女自慢をして、お前も早く作れと勧めてくる。
内心焦りながら、まだ作らないって強がっていたのを見破られていたのか。
くうう。悔しい。
「あの、田山先輩。僕、双子の妹がいるんですけど、どうですか?」
「は?」
「あの歓迎会の時にとった写真あるじゃないですか?その写真を妹に見せたらカッコいいって言っていて、もし、田山先輩が嫌じゃなければ、紹介したいなあって」
「まじで?俺を?カッコいい?」
二十四年生きていて、俺は一度もカッコいいって言われたことがない。
これは俺にとって千載一遇のチャンスでは?
八島の双子ってことは、美人決定だし。
「紹介してもらえるか?」
「もちろん。今週日曜日とか空いてますか?」
「空いてる!」
「じゃあ、妹に時間を聞いてから連絡しますね」
「おう、待ってる!」
今日は付いてる日じゃないか。
八島に俺が彼女を探しているってバレていたのは恥ずかしいが、そのおかげで妹さんを紹介してくれることになった。
八島はきりっとした和服が似合いそうな顔をした男だ。一重の目は切れ長で、冷たい印象を与える。綺麗だけどな。
かなりずけずけ物を言う奴だけど、悪意はない。率直に発言して損をするタイプだな。
半年前に入社してきてから、俺と一緒に人事の仕事をしている。ちょっと物言いがアレなので、他の奴らには受けが悪いみたいだ。何度か間に入って仲裁したことがある。素直って大変だよなあと思う。
八島の双子の妹ってことは、きっと和服美人なんだろうなあ。
期待大だ。
でもそんな美人が俺のことカッコいいなんて言うのか?
まあ、とりあえず会ってみよう。
嫌がるようなことは絶対にしないぞ。
☆
『今週日曜日、午前十時に立花駅の改札で待ち合わせでいいですか?』
その日の夕方、八島からメッセージが届く。
俺は即効返事を返した。
『もちろん。妹さんによろしく』
『はい。それでは日曜日に』
八島からの返事も早くて、今週のデートが決まった。
デート、うーん。
デートじゃないな。
八島から紹介してもらるだけだからな。
☆
『すみません。今日は僕は行けそうもありません。妹をよろしくお願いします』
日曜日が来た。
準備をしていると八島からメッセージが届く。
妹の写真付きだった。
「可愛い」
妹は八島そっくりだったけど、可愛かった。
それは双子だから似てるよな。
「初めまして。八島有希です」
待ち合わせの場所に俺は十分早く到着したんだけど、妹さんはもう来ていた。
「は、初めまして。田山加乃太です」
どもってしまって恥ずかしい。
だけど、妹さんは馬鹿にすることもなく、ニコニコと微笑んでいた。
可愛い。
八島と同じ顔なんだけど、印象が違う。
化粧もしてるし、髪も長いからか。
性別が違うんだから当然か。
俺と妹さんは、まず話をしようかと近くのカフェに入った。
俺はコーヒーを頼み、妹さんは紅茶を頼んでいた。
「私のことは有希って呼んでください。加乃太さんって呼んでもいいですか?」
「も、もちろん」
名前呼びは嬉しい。
距離がめちゃくちゃ近い気がする。
いやいや、初対面でがっつり行ったら、気持ち悪いから。
嬉しいけど、俺は気持ちを抑える。
有希ちゃんは、兄の八島と同じで、漫画好きだった。しかも好みも一緒。兄の影響で好きになったらしい。
意気投合した俺たちは、勢いで映画を観ることになった。
初めて会って、映画。
暗がりのシチュエーション。
ドキドキしまくりだが、俺は紳士的に振る舞おうとした。
気持ち悪い男にはなりたくないし、八島にも軽蔑されたくない。
昼食を食べてから映画を観て、俺は有希ちゃんと立花駅で別れた。送ろうかと言ったが、家は駅から近くらしく、断られた。
ちょっと図々しかったかもしれん。
家に戻ると、八島から連絡があった。
『今日は参加できず、すみません。今日はどうでしたか?妹は楽しそうでした』
八島のメッセージに喜んでしまったが、社交辞令かもしれん。
だけど、俺は楽しかったから、楽しんだと連絡をした。
『妹の連絡先をお知らせします。なんか連絡先を交換するのを忘れたみたいです』
八島から有希ちゃんの連絡先をもらい、すぐに登録してしまう。
『有希です。今日は楽しかったです。またお会いしたいです』
すぐに有希ちゃんからメッセージが入って、俺はスマホをもって踊り出しそうになる。
あんな可愛い子から連絡もらえるのは嬉しいし、楽しかったって、最高かよ。
だけど調子にのっちゃいかん。
『俺もまた会えたらと思ってる。よろしく』
ちょっと気持ち悪いかもと思ったけど、可愛いスタンプが返ってきたので大丈夫だろう。
それから俺は有希ちゃんと何度か会って、付き合うことになった。
☆
「有希ちゃん?」
「田山先輩、ぼうっとしすぎです。俺は八島です」
「あ、すまん」
八島が俺の机のそばを通り過ぎるときに、有希ちゃんに見えてしまった。
双子だから当然だけど、二人はあまりにも似ている。
会社では八島からも相談されて、俺が彼の妹と付き合っていることは内緒だ。だが、彼女ができたとは言っている。
有希ちゃんと付き合って一週間後、俺は初めてキスをした。
これは恥ずかしい話だが、ファーストキスだ。
その話をしたら、有希ちゃんがとても喜んでいた。
だけど有希ちゃんは違うらしい。
そうだよな。可愛いもんな。
当たり前だけど、やっぱり少しだけ悲しかった。
「あれ、田山。あ、これが噂の彼女?え、八島?」
「失礼だな。八島の妹だよ。双子の妹」
「ああ、双子の妹かあ。道理で似ているわけだ」
「あの、初めまして。八島有希です」
「ああ、初めまして。俺は田山の同僚で、君の兄の先輩でもある野木だ。よろしくね」
野木は軽々しく手を差し出したので、俺は奴の手をぱしんっと叩く。
「俺の彼女に触れようとするな」
「うわっつ。独占欲。心狭めー」
「ふん。なんとでも言え」
野木は冷やかすだけ冷やかした後、別のテーブルに行った。
「悪いな。変な奴で」
「大丈夫です」
有希ちゃんはそう答えながらも顔色が悪かった。
「体調悪い?」
「はい、少しだけ」
「じゃあ、帰るか」
体調悪い彼女を連れまわすわけにもいかず、俺は彼女をいつもの通り立花駅まで送る。
「家まで送ろうか?」
「いいえ、大丈夫です。兄が近くまで迎えに来てくれますから」
「ならいいけど、付いたら連絡して」
「はい」
顔色は青白かったけど、歩みはしっかりしていたので、俺は彼女と立花駅で別れた。
その夜、野木から電話がかかってきた。
「田山。加納から聞いたけど、八島には双子どころか妹なんかいないぞ。本人じゃないのか?」
「冗談言うなよ。声とか違うだろ」
「声なんて、変えようと思えば変えれるだろ。声優とかそうだし」
「声優はプロだから」
「信じたくなければそれでいい。自分で調べればいい。お前、人事だし、八島のファイルとか見えるだろ?」
野木は少し怒ったように言って、電話を切ってしまった。
八島には妹いない?
嘘だ。有希ちゃんは存在している。
何度も、有希ちゃん、八島に電話しようとした。けれども結局できなかった。
会社に着くとすぐに八島のファイルを取り出す。
入社試験の時のファイルを俺たちはずっとキープしていて、追加の情報があればそこに付け足している。
ぱらぱらと八島のファイルをめくり、俺は手を止めた。
家族構成、母と父と三人暮らし。
そう書かれていた。
いや、今は三人で暮らしているということで、有希ちゃんは別のところで暮らしているかも。そうだ。
そうに違いない。
「田山先輩、おはようございます」
「お、おはよう」
八島は少し元気なさそうだった。
有希ちゃんの具合悪そうな顔と重なる。
「八島。有希ちゃん、体調大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
八島はにこりと微笑む。
声が違う。
有希ちゃんの声は八島より少し高め。子供の声のよう。八島の声はもう少し低い。
八島が俺の机から少し離れた自分の椅子に座るのを確認してから、俺は八島の実家の番号をメモった。
確かめるのが怖かった。
有希ちゃんは存在している。
そう確信しているはずなのに、彼女そっくりの八島の顔を見る度に気持ちが揺らぐ。
「ああ、有希人の会社の方?え?妹。いませんよ。有希人は一人息子です。変なこと聞かないでください。あなた本当に、有希人の会社の人ですか?」
電話口に出た中年の女性に有希ちゃんのことを聞いてみた。
すると怒ったようにいい返され、俺は電話を切ってしまった。
どういうことだ?
有希ちゃんは存在しない?
いや、存在している。
妹ではないということか?
「本人に聞いてみよう」
それが一番早いし、納得する。
『有希ちゃん、突然だけど今日会えない?』
そうメッセージを打ったのだけど、返事は帰ってこなかった。
「八島。有希ちゃん、今日忙しいのかな?連絡したんだけど」
「えっと、多分今日は忙しいと思います」
帰宅しようとする八島を捕まえて、俺は聞く。
彼はそう答えると足早に部屋を出て行った。まるで急ぎの用事があるように。
俺は彼を追って、会社を出る。
尾行なんて経験はない。
だけど、距離を十分にとって、八島の後を追う。
大丈夫。バレていない。
十分くらいして、スマホが鳴った。メッセージの受信音だ。ポケットから取り出して確認する。
『今日、遅い時間なら大丈夫です。八時でもいいですか?』
有希ちゃんから返事が来ていて、俺は返信を返す。
『大丈夫。八時に立花駅で待ってる』
そう送った瞬間、俺はかなり先を歩いている八島がスマホを取り出すのを見てしまった。白い折り畳み式のスマホ。
有希ちゃんのスマホだ。
足が動かなくなった。
八島は白いスマホを広げ、指で操作しているのが見えた。
俺のスマホが鳴る。
見たくない。
知りたくない。
だけど、俺はスマホのロックを外し、メッセージを確認する。
『ありがとうございます。それでは八時に』
八島は白いスマホを再び鞄に入れて歩き出す。
俺はその場から動けなかった。
双子だから似ているに決まっている。
だけど、二十歳を越えた男女の双子には性差が生まれるはずだ。
有希ちゃんは八島と同じ背丈だった。
髪はウイッグを付ければなんとでもなる。
俺は迷った。
確信を持つために、待ち合わせに来た彼女、いや彼を問い詰めるか。
それとも、もう二度と会わないか。
俺は前者を選び、重くなってしまった足を引きずり、八時に彼を待った。
有希ちゃんはやってきた。
俺は早めにきたから、彼女を、彼を待っていた。
化粧をしっかりして、女性にしか見えない。
とても可愛い。
有希ちゃん、俺の彼女。
「来てくれてありがとう。今日はちゃんと話したいことがあるんだ。家にきてもらってもいい?」
俺はキス以外のことを『彼女』にはしていない。
恥ずかしいことに俺は童貞だったし、どう進めていいかわからなかったからだ。
だから家に呼んだこともなかった。
だけど、今日は外でできるような話でもないので、家に来てもらおうとした。
「わかりました」
拒否されると思ったけど、彼は頷き、俺の後についてきてくれた。
いつもは手を繋いで、一緒に歩く。
だけど、俺は前をひたすら歩く。
そしてちゃんとついてきてくれているか、何度も確認する。
歩いて十分、やっと俺のアパートに到着した。
「入って」
「お邪魔します」
鍵を開けて、扉を開けると招き入れる。
『彼』はきょろきょろしながら、奥へ進む。
こういう風にきょろきょろしている八島を見たことがある。それは入社初日だ。迷っていると思って、声をかけた。それが初めて八島と話した時だ。
「座って、八島」
はじかれた様に彼は俺を見た。
「やっぱり八島なんだな。有希ちゃんは存在しないんだな」
悲しかった。
俺は有希ちゃんが好きだったのに。
こいつは何のために女装したんだ。
俺をからかうため?あり得ない。
「すみません!田山先輩!」
八島は座り込み、深々と頭を下げる。
やっぱり八島なんだ。
自分から鎌をかけたけど、事実を見せられると辛い。
有希ちゃんと過ごした日々は楽しかった。
俺の初めての彼女だった。
「なんで、こんなことした!」
殴りたくてたまらなかった。
人の心を弄んだ奴が憎かった。
だけど、俺はまだ有希ちゃんが好きだった。
だから殴るなんて考えられなかった。
「僕は、田山さんが好きなんです。だけど、田山さんは男には興味はない。彼女もいなかったし、ただあなたを見ているだけでよかった。だけど、彼女を探していると聞いて、いてもたってもいられなくて」
「帰ってくれ」
「田山さん」
八島が俺のことを好き?
だって、男だぞ。
俺は彼の顔を見れなかった。
大好きだった有希ちゃん。
俺の初めての彼女。
こんな失恋をするとは思わなかった。
「すみませんでした」
八島は出ていく。
カンカンと階段を下りる音がして、聞こえなくなった。
翌日、出社すると八島は休みで、辞表を出したと聞いた。
俺のせいか。
「田山。お前、八島と付き合っていたんだよな。どこまで言ったんだ?ああ、見てないから、女だって思ったのか」
無理やり飲み会に誘われて、先輩も一緒だったので参加したら野木に絡まれた。最悪だ。
野木が八島のことを話そうとしたので、思わず殴ってしまった。
野木も飲んでいたので、俺たちは殴りあって、酷い飲み会になった。
翌日、俺も野木も社長室に呼び出された。
野木がへらへらと事情を説明したら、社長が怒鳴りつけた。
「飲み会といえどもその発言は許せないですね。八島くんは頑張ってましたよ。あなたのような社員がいるから、八島くんは辞表を出したかもしれませんね」
野木はまさか社長に怒られるとは思っていなかったみたいで、声を失っていた。
俺はまさか社長が八島のことを庇ってくれるとは思わず驚いた。
「野木くんはもう戻っていいです。田山くんは話があるから残ってください」
野木はぺこぺこと頭を下げ社長室から消える。
残された俺は何を言われるかと冷や冷やした。
「田山くん。君は八島くんが好きなのか?」
「へ?」
あほな声を出してしまった。
いやいやいや、そんなこと聞かれても。
俺は確かに有希ちゃんが好きだった。
だけど、八島は……。
有希ちゃんはバリスカのアニメが好きで、グラタンが大好物……。
八島も、バリスカのアニメが好きだったよな。確か好きなものも……。
好みは一緒だ。
設定を作れなかったからに決まってる。
それに好きでもないものを好きっていうのも大変だろうし……。
「もし君が八島くんを好きなら、私は彼の行き先を知っている。聞いてきなさい」
「はい」
社長は再度同じ質問をすることなく、そう言って、俺を解放してくれた。
社長と八島はかなり親しいのか?
だから行き先を知っているのか?
ヘンな想像をしてしまいそうに俺は首を横に振る。
俺は有希ちゃんが好きだった。
八島ではない。
八島がいなくなった人事課は静かなものだった。
だけど、忙しくなり、他の部署から人員を補充してもらった。
即戦力が欲しいということで、以前人事課にいた先輩が戻ってきて、俺たちの仕事は随分楽になった。
一週間後、久々の残業でいつもより帰宅が遅くなった。
立花駅まできて、見覚えのある顔を見かけた。
「はいはい。いいですよ。サービスしちゃいます」
彼は男と一緒にいた。
女装もしていない彼は、男と腕を組んで楽しそうだ。
なんだ、俺が好きとか嘘だったのか。
八島は男と一緒に繁華街に消えていく。
なんだ。
俺は有希ちゃんを好きだった。
八島ではない。
だけど、彼が別の男と楽しげに歩いている姿を見て、イライラした。
これはなんだ?
ああ、好きって言われたのに、すぐに別の男と一緒にいて楽しそうだから、嫉妬しているのか?
嫉妬、俺が八島に?
有希ちゃんじゃないんだぞ。
俺は自分の気持ちがわからなくて、悶々とした気持ちで帰宅した。
翌日目覚めても、八島のことが頭から離れなかった。
有希ちゃんも結局、俺のことを弄んでいたのか。
いや、八島だな。
もてない俺が女装した奴に惚れていくのは、さぞかし滑稽だっただろう。
「田山、おい、田山」
「はい」
何度も呼ばれたらしい。
俺は慌てて返事した。
すぐそばに社長がいて、俺は焦る。
ぼうってしていただけ、スマホは触っていないし、大丈夫だ。
あ、でもぼうっとしていたのが問題か。
「申し訳ありません」
先手必勝とばかり、俺は詫びを入れる。
「田山くん、謝る必要はないよ。それよりお昼一緒にどうだね」
社長から声を掛けられるなんて、周りが驚いた俺を見ていた。
いやいやいや、俺自身びっくりだから。
社長の誘いは断れない。
「ありがとうございます。ぜひお供させてください」
そうして俺は社長と昼食を食べることになった。
連れてこられたのは中華の個室。
いやいやいや、なぜ個室?二人なのに?
「城永さん、」
戸惑いながらもメニューを広げ、注文する品を考えていると個室にもう一人入ってきた。
社長の名を呼び、店員の後に入ってきたのは八島だった。
「八島?!」
「田山先輩!」
どういうことだ?
「余計なお節介ってことはわかっているけど、どうも気になってね。二人でゆっくり話したほうがいい。私は別室で待ってるから話し合いが終わったら、呼びに来て」
社長はそう言うといなくなってしまった。
ど、どういうこと?
ここまでしてくれるってことは、八島は社長の何かなのか?
昨日の八島と男が仲良く繁華街に消えた姿は頭をよぎる。
「田山さん。お久しぶりです」
戸惑っているのは俺だけみたいで、八島は普通に話しかけてきた。
俺だけが動揺しているのが悔しくて、平然と返した。
「八島、久しぶりだな」
聞きたいことは沢山ある。
社長との関係とか。
俺への気持ちはやっぱり嘘なのか、女装をして俺をからかうつもりだったのか、とか。
「あの」
俺と八島の言葉が被る。
「先にどうぞ」
「すみません」
俺は八島に先を譲った。
「本当にすみませんでした」
「……もういいから」
素直に俺はそう言った。
怒りという感情はもはやなかった。
今あるのは戸惑いだ。
「今、何してるんだ?」
「えっとあの、仕事です」
「何の仕事だ?」
「言いたくありません」
言いたくないって、まあ、俺は有希ちゃんの彼氏だったけど、それは八島ではない。今は別れたようなもんだし。
有希ちゃんは存在してなかった。
だから、俺と有希ちゃんの思い出は意味がないもの。
悲しいな。
「わかった。……彼氏もいるみたいだし、元気そうでよかった」
これは半分嘘だ。
俺のことを好きだっていったのに、すぐに誰かと付き合っているのは腹立たしい。だけど、これは俺の問題。
俺はあの時、彼に向き合わなかった。
だから俺は何も言えない。
だいたい、俺は彼の何でもない。
「か、彼氏?」
「昨日、見た。仲良さそうだった」
「昨日……ああ。見たんですか」
「うん」
繁華街に消えていったな。
腕を組んで。
「……あの人は僕の彼氏ではないです。僕の客です」
「客?!」
「僕は今ゲイバーで働いてます」
ゲイバー……。
あれは客だったのか?
彼氏じゃなくて?
「なんで、そんなこと」
「田山さんには関係ないです」
「関係ないけど、体を売るんだろ?それはやめたほうがいい」
「あなたには関係ない」
八島はその一重の切れ長の瞳を釣り上げて、俺を睨む。
俺には関係ない。
だけど、俺は嫌だ。
八島がそんなことしてるなんて。
「汚いですか?」
「汚いとかそういうんじゃない。嫌じゃないのか?そんな」
「嫌じゃないですよ。好きな人の代わりに抱いてもらってます。毎日、思い出すんです。それを一人で抱えるのは辛い。だから、抱いてもらって気持ちを発散させてます」
八島は俺をまっすぐ見つめていた。
「田山さん。僕は本当にあなたが好きなんです。だから忘れられない。有希としてあなたと過ごした日々は僕にとっては大切な思い出です。あのキスも。すべて」
思い出の有希ちゃんと八島の顔が重なる。
「加乃太さん」
「有希ちゃん」
八島の瞳からハラハラと涙がこぼれた。
「僕は男だから、ダメなんですか?もし、僕が手術して、女になったら、また付き合ってもらえますか」
俺は、何を見ていたんだろう。
有希ちゃんは存在していた。
そこに。
「八島」
名を呼ぶ。
その震える肩を抱きしめた。
八島を見つめる。
切れ長の伏せられた瞳はとても美しく、俺は誘われるように唇を重ねた。
有希ちゃんとキスした時を思い出す。
唇の柔らかさ、ほんのり甘い香り。
すべてが一致した。
有希ちゃんと八島は同じなんだ。
「……俺は有希ちゃんが好きだ。だけど、有希ちゃんはお前だったんだな」
「田山さん」
唇を離してそう囁けば、八島が俺の胸に顔を埋める。
「好きです」
涙で掠れた声で何度目かの告白をされる。
俺は……。
「返事はゆっくりでいいです。ただこうしてたまに会ってもらえますか?」
「うん。もちろんだ。ただ、体を売るのはやめてほしい」
「……田山さんが毎日会ってくれるなら、やめてもいいです」
「毎日?!」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないけど」
「嬉しい」
そう言って微笑む八島は恐ろしいほど可愛く見えた。
結局しびれを切らした社長がやってきて、俺はとても恥ずかしかった。
二人で抱き合っているところを社長に見られてしまった。
社長と八島は叔父と甥の関係だった。
社長はゲイではないが、八島に対して理解があるらしい。
八島はゲイバーをやめて、社長の知り合いの会社に就職した。近所なので、昼食や夕食は一緒に食べている。
家にも泊りに来るようになって、俺は彼のために歯磨セットを常備した。
「加乃太さん」
「有希」
一か月後、俺たちは正式に付き合うになった。
男と付き合うってことが大変なことはわかっている。
だけど、有希にずっと傍にいてほしかった。
(おしまい)




