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フローズ  作者: クダミ
8/22

デート

「じゃあさじゃあさ、その人って彼女とか奥さんとかいないの?」

「知らないです。先輩、さっきからちょっとしつこい」

「だってしょうがないじゃない!聞けば聞くほど素敵な方なんだから、ね〜」

「「ね〜〜」」

「はぁ…」

 

 あれから1日後。無事にメイドとして復帰し、今は洗濯物を干している。

 

 ミリアムさんに喜ばれたり叱られたりしながらあの夜の後、私がどういう扱いになっていたのか聞いてみると『血だらけのハサミと、メイド服の切れ端と血の跡を残して行方不明』ということになっていたらしい。

 攫われたか暴漢に襲われたか、はたまた殺人かと静かな町の中では暫くちょっとしたニュースになっていたとか。

 

「私は貴方が人殺しだなんて信じませんでしたよ、ただどこを探しても見つからなくて…本当に心配しました。いったいあの夜何があったんです?」

「エーと…」

 

 ミリアムさんに嘘をつくのは少し躊躇いがあったが、とにかくノイたんの言っていたとおりに答える。

 するとミリアムさんも旦那様も皆んな不思議と納得して、あの事件や屋敷の場所や行き方については詮索しなくなったのだ。これもまた魔法みたいなやつなんだろうか。

 

 ただ、メイド仲間にはひょっとして助けてくれた『医者』は若い男なんじゃないのか?ということが早々にバレてしまった。

 曰く「あのテスタが(失礼すぎる)センスのある高級そうなドレスを着て帰って来るだなんて怪しい…これは男の匂いがする!」とのことだ。

 恋と結婚に飢えた人ってなんでこんなに鋭いんだろう。

 

 それからはずっと、暇を見つけては皆ノイたんについて質問攻めだ…容姿と雰囲気ぐらいなら教えても良いかと思っていたけど、いい加減疲れてきた。

 仕事のペースも遅くなりそうだから後でミリアムさんにチクろう。

 

「うおっ」


 

 突然強い風が吹いた。まだ洗濯バサミをしていない、目の前のシーツが飛んで行きそうになり慌てて押さえる。

 すると向こう側から大きな人影が現れ、シーツを代わりに押さえてくれた。今のうちにと素早く洗濯バサミで止める。

 

「すいません、ありがとうございま」

「テスさん!お待たせしました物凄く会いたかったデス!!」

「のっえっのっノイたん!?」

 

 てっきり先輩かと思っていたシーツ越しの人影はまさかのノイたんだった。あれからたったの1日しかたっていないはずなのに、まるで久しぶりの再会のような少し泣きそうな笑顔をしている。

 ただ嬉しそうなのは良いとして、いきなり強い力でギュッと抱き上げられるのは少し苦しいのでどうか緩めてほしい…

 

「ぢょっノイたんっ、離して、一回離してっ」

「エヘヘ嫌です離しマセン♡」

「ぐぉーーーーっ」

 

 背骨がミシミシと音を立てている気がする。

 また危うく骨にヒビでも入るんじゃないかというタイミングで「テスタや〜そっちまだ干し終わってな…の…」と作業を終えた先輩達がやって来た。

 

「…」

「…」

「…」

「あっ先輩、紹介しますね。この人が怪我をした私を助けてくれた、ノイさんです」

「「「………」」」

「先輩?」

 

 3人ともさっきから口をアゴの限界まで開けて固まったままだ。

 いきなりノイたんが現れたことにびっくりしているのかもしれない。

 ノイたん自信も少し驚いたのか、腕の力が緩まった。今のうちに脱出する。

 

「…お」

「えっ何すか?お?」

「…お」

「…お」


「「「王子様がおられる」」」


「はい?/ハイ?」


 同じタイミングで聞き返すのと同時に、3人ともすごい速さでノイたんを囲んではしゃぎだした。

 

「えっえっそうですよね昔なにかの童話とか私の夢とかに出てませんでしたか?」「やだ理想的過ぎる声も良い匂いも良い…」「私今旦那も彼氏も子供もいません、どうですか?」「ほらやっぱりそうだぁー夢であったんだぁー」「しかも医者!?収入まで良過ぎるとか最早これ運命では!?」「貴方のための貯金もあります」

 

 横で聞いているだけで、もう頭を抱えてしまう。

 こりゃダメだ、いい出会いを夢見ている先輩達にノイたんという光は理性を蒸発させるほどキツすぎたんだろう。

 早いとこ場を納めなくては。

 目を爛々とさせながら詰め寄る先輩達を彼から引き剥がそうと、腕をまくる。

 

「すみませんちょっと良いデスカ?」


 しかしそれよりも早く動いたのはノイたんだった。てっきり恐怖で動けずにいるだろうと思っていただけに拍子抜けしてしまう。

 これには先輩達も驚いたのか、さっきまで暴走していた姿から「「「はいっ!」」」とキッチリ横並びに整列して返事を返した。

 

「実は今からテスさんとデートに行きたいので、彼女の代わりに彼女の仕事をお任せしたいのですが、構いマセンカ?」

「え」

「わっ私達がテスタの代わりに、ですか!?」

「はい、構いマセンネ?」

 

 ニコニコしながらノイたんはそう言って、並んだ先輩達の手のひらに懐から取り出した金貨をいくつか乗せていく。

 いくつか、と言っても一人につき十枚以上はあるんじゃないだろうか…見たことが無いほどの大金に、今度は私も口を開けて固まってしまう。

 

 すると突然、ハッと我に帰った先輩達は金貨を胸元や裏ポケットにそれぞれ隠し、ノイたんと同じくらいニコニコしながら

 

「テスちゃん、後のことは全部私達に任せて」

「安心してデートに」

「いってらっしゃい」

 

 と砂糖の塊を食ったような甘い声で言って、さっさと屋敷の中に戻ってしまった。

 因みにテスちゃん、なんて呼び方をされたのは今日が初めである。不気味だ。

 

「いいのかな…」

「皆さん話しのわかる方で助かりましたね、それじゃあテスさん!早速出かけまショウ!!」

「ちょあぃっ」


 そう言って、静止する間もなく腕を掴まれ引っ張られる。

 駆け足な彼に合わせてこちらも駆け足になってしまうが、その先は確か生垣と鉄の柵に阻まれていて出られないはずじゃ

 

「ノイたっじゃないノイさん!そこ危な、い、おぉ?」

「町はこちらの方向で会ってますよね?到着したらテスさんがよく通っているお店とか教えてほしいデス!」

「あー…うん」

 

 ちょっとだけ予想してはいたが、いつのまにか2人とも生垣も柵も通り過ぎて屋敷の外に出ていた。

 

        ※

 

「この先の、あの八百屋の角を曲がった先が休日によく行ってる古本屋さん。因みに逆に行った先にあるパン屋は、さっきの店よりも品揃えがあるぶん値段が高い」

「テスさんはどちらのパン屋さんの方が好きデスカ?」

「どっちも美味いから、選ぶなら値段の安いさっきの方」

「なるほど。テスさんは安い方が好き、と」

 

 何やら手帳に書き留めて「じゃあ次は古本屋さんの方を覗いてみたいデス」とノイたんに手を引かれ、また歩き出す。

 

 デート。そう言われて最初は緊張したが、今のところ町で私がよく行く場所の案内が主になっているおかげで、段々リラックス出来てきた。

 あと、メイド服でノイたんと歩いているところを知り合いに見られたらサボっていると思われてマズいのでは…と危惧していたものの、これまた何故か行く先々で会う知り合い全て私が目に入っていないかのようにぼんやりとした様子で、今のところ全くバレている様子はない。

 

「普段のテスさんについて、色んなことが知れてとても嬉しいデス」

「え、なんか地味だなってならん?」

「イエ全く全然!!」

「そっか。私にとってはいつも通りだけど、それだけ喜んでくれると私も嬉しいよ」

 

 最近ハマっている小説を一つ一つ紹介するだけでも、彼は目を輝かせて関心を示してくれる。

 今まで出会った男の子の中で、ここまで本について興味を持ってくれた人は初めてだからか、いつもより饒舌になってしまう。

 

 でも本音をいうと、私からノイたんに質問したいことが山ほどあった。

 

 なんであの夜町にいたの?

 あの怪物って結局なんなの?

 やっぱり魔法使いなの?

 どうして会いに来てくれたの?

 チュッて何もしかして普段からよくやってる?

 グヘヘじゃあ私もやり返しても良い?

 明日は困るけど、明後日なら休みだからまた会いに来てくれる?

 

 でも聞いたらまたあの時みたいにはぐらかすんだろう。秘密にしておかないといけないのはヒシヒシと伝わってくるけど、いつまで経っても彼のことは名前以外わからずじまいだ。

 

 向こうのお屋敷(これからはデメルング邸と呼ぼう)にいた時は早くミリアムさん達に無事な姿を見せたいのと、仕事を溜め込んでしまうのが怖くてなるべく早く帰りたかったのに。

 こうしてまた彼の笑顔を見たり抱きしめられると、ホッとするのと同時に胸の奥が左右に揺り動かされる感じがする。

 

「なんかな…なんなんだこれ…」

「オヤ難しい顔。どうかしマシタカ?」

「えあっ、えーと…いっ、一応先輩達が今仕事引き受けてくれてるにしても、坊ちゃんのお迎えの時間には帰りたいな〜って考えてたのよ。今回は直々に指名してくれてるし」

「ああ…そうでしたか。とても仲が良いんデスネ」

「まあね、ちょっとだけ自慢にしてる」

「フゥンなるほど」


 突然顔を覗き込まれて慌てたけど、変なことを考えていたのは伝わっていないようで安心する。

 それにお迎えの時間までに帰りたいのは本当だったし今ここで伝えられて良かった、これなら間に合いそうだ。

 

 でもその前に。

 

「ノイさんってボクシングとか興味ある?」

「ボクシング?知識としては知っていますが、見たことは無いのでナントモ」

「じゃ観に行こうよ、私あれ結構好きなんだ」

 

 シュッシュッと何もない方に拳を振るマネをする。

 感心したように見つめるノイたんの手を今度は私が取って「行こっ」と走り出した。


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