奇妙な屋敷
それから、彼等の看病のおかげで体調は日に日に良くなっていった。
特に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのは彼…
「自己紹介がまだでしたね、ボクはノイ・モント・デメルングと言いマス」
「おお、かっこいい名前ですね」
「かっかっかっこいい!?そんな…テスさんのお名前の方が素敵デスヨ」
「ん?名乗りましたっけ?」
「えっ…イヤ…うわ言で呟いてたんデス」
「あ、そうでしたか」
とこんなやりとりで名前がわかった、ノイさんだった。
まだ内臓の調子が良くないだろうからと、持ってきてくれたスープやゼリーを食べさせてくれたり、包帯の取り替えやしまいには蒸しタオルで身体を拭くのをやろうとまでしたが、これだけは必死にお願いしてメイドさんに変わってもらった。
深夜でもとにかく、傷や折れた骨が痛んでうめき声ひとつあげただけでも飛んで来た時には、まさかずっとドアの前にいるのか?と思うほどだ。
よく笑うところや若干カタコトな言葉遣いが私にはめちゃくちゃかわいく見えて、月明かりの下で見た印象とのギャップも合わさり、いつしか心の中で彼のことを『ノイたん』と呼ぶようになってしまった。
「おかげでだいぶ調子が戻ってきました。ノイさんもメイドさん達も、ありがとうございます」
「そんな!テスさんはボクの命の恩人なんですから、これくらい当たり前ですよ。それよりもまだ足のリハビリも残っていますから、苦痛や不満を感じた時はいつでも言ってクダサイ」
「やぁ、本当にお世話になります」
本音を言うと長期滞在は申し訳ないので、現状報告もかねてミリアムさんに手紙を出してどっかの病院にでも移してもらいたかったが、右腕の骨折が治らなくて今は字が書けない。
ノイたんに代筆を頼もうとしても「ア〜それ、明日にしまセンカ?」と何故か後回しにされてしまうのだ…こうなったらメイドに頼んだ方が早いかも。
「あ、そういえば」
「どうしましタ?」
「ここのメイドさんに頭がチューリップの方っていますか?起きた時に見て以来ずっと気になってて」
「いません」
「ん?」
「いませんよ、そんな方。きっと寝ぼけて見間違えたんデスヨ」
一瞬部屋の温度がグッと下がった気がする。
妙な威圧感からそれ以上は踏み込めずに、笑って「確かにそうですね」と納得してみせた。
だが違和感はこれだけで終わらない。
まずはメイド達。チューリップ頭のメイドを探すのを諦め、他のメイドに手紙の代筆を頼もうと話せる機会を探して観察してみると、恐ろしいほど動きに無駄がないことがわかった。
同じメイドなら見習うべきかもしれないけど、皆んなあまりにも仕事をする以外の動作が無いのだ…お互いにアイコンタクトや声がけも無しに、ぶつからずに同じ動きをする姿はもう人の域を超えているように見える。
次に歩行のリハビリとして屋敷の中を案内してもらった時のキッチン。世界中の最新設備が揃っているので有名なガルボン邸でも見た事のない調理器具ばかりだった。
「こっこれ何!?」
「電子レンジと言いマス。凍らせた物を解凍する時に便利デスネ」
「ほぁあ、じゃあこっちは!?」
「炊飯器です、東の方の『お米』と呼ばれる食材を調理する物…らしいデス」
その種類の豊富さ斬新さ、私でも興奮し過ぎていつのまにか敬語がどっか行ったのなら、うちのコック達が見れば間違いなく感動と嫉妬で涙を流すだろう。
だがこれほどの調理器具、いったいどこで手に入るのだろうか?
そして最後に違和感が確信に変わったのは、自由に歩けるようになった私をノイたんが庭に連れ出してくれた時だ。
「すっっっっっっげぇ…楽園って感じ。ここ超綺麗だよ、うちの職場よりも広いし良く整えられてる」
「ボクが一番気に入ってる場所です、全部自分で植えマシタ。池や温室までありマスヨ」
「なんかもう無いもの探す方が難しくなってきたかも」
「ハハッ!ではゆっくり散歩するとしまショウ」
スッと隣に立って肘を差し出される。
エスコートだ。
初めてなので若干戸惑ったが、ええいままよと治った右肘を絡めて歩き始める。
庭には様々な花が咲いていた。
木にはミモザにユキヤナギにジンチョウゲ、話で聞いたことしかなかったウメやサクラという珍しい花まである。
デイジー、チューリップ、マリーゴールド、キキョウ、そしてヒマワリにパンジーに部屋に飾られていたセンニチコウ。
…3月に自分がここに来てから体感約1ヶ月しか経っていないとしても、どうもここの花は季節に関係なく咲いているらしい。
嬉しそうに花が無事に咲いた時のことを話すノイたんに相槌をうちながら、やっぱりここは魔法か何かでできた不思議なところなんだねぇと、また1人で納得した。