少なくともグラウンドは上から見るに限る 〜体育祭編〜
残りのCクラスメンバー登場回
いったいどうして、昼食後の授業は必ず眠くなるのだろう。
原因があるとすれば、休日によくテスさんに「昼ごはん食べた後の昼寝って気持ち良〜よ〜。ガルボン邸にいた時は、休憩時間によく昼寝してたんだ」と誘われて昼寝をするようになったことだろうか。
しかしボクには食事はおろか、睡眠さえ本当は必要ないのだが……そう考えてみると習慣とは、案外馬鹿に出来ないモノなのかもしれない。
「次、こ…も…だい。ユ……………ラ、答え…さい」
「はい、………………です」
「せい……だ、さす…は……エ…クラスの…………」
一瞬でクラス中が歓声を上げた。
何かあったのかと顔を上げて黒板の方を伺う。授業内容の殆どは知っていることばかりなのと、このSクラスの担任(誰だったかどうでも良すぎて忘れた)の話し方は偉ぶりすぎていて、真剣に耳を傾けると疲れるのだ。
しかし、いったい何に皆が沸いたのかと気になればなんてことない、ただ書記が問題を解いた事に対してクラス中が褒めちぎっているだけだった。
黒板に視線を向けたことで、何故かこちらの方を微かに伺っている書記と目が合う。にっこりと微笑み返し、静かに着席する書記。
どうして笑っているんだ?窓の外に面白いモノでもあったのだろうか。
面白いモノ……まてよ
(確かこの時間、テスさんのいるCクラスはグラウンドで体育だったはず!!)
急いで右隣の窓から、グラウンドを見下ろす。眠気は吹き飛んだし、もう授業に対しては全ての興味を無くしていた。
(どこだどこだ、まだ始まったばかりだから、グラウンドを走っているはず、いた!見つけた!!)
ワカロウラ先生を先頭に、列になってグラウンドを回るように走っているのが見えた。テスさんはというと、列の真ん中の方を走っている。
声を聞きたさに聴力を魔法で少し弄って、完全にSクラスの音を遮断してテスさんの方へ耳を傾けてみた——
◇
「なぁテスタ」
「どったのルチャル」
「準備運動の走り込みも、この周で終わり……だから前に言ってた『不意打ちならワカロウラ先生に足で勝てるんじゃないかチャレンジ』仕掛けるなら今じゃないか?」
「おっ良いね!じゃあ、よい、ドンッ!!」
私の合図でお互い一気に加速する。列の中でも前の方にいたのもあり、難なく先頭に躍り出た勢いのまま、ワカロウラ先生を追い抜いた。
「だあああああ抜いたぁ!」
「気ィ抜くな!このままゴールまで逃げ切るぞ」
「おいっそこの2人!まさか私に勝つつもりかぁ!!逃さんぞっ!」
ワカロウラ先生が、信じられない勢いで地面をドンっと蹴りとばす。驚いて少し振り返れば反動で地面が大きく抉れ、後ろにいた生徒が数人吹き飛ばされていた。
矢・イノシシ・機関車・流星、どれをに例えても可愛く見える勢いで、先生が迫ってくる。
「ギェーっ、や、ヤバい、速いっ」
「テスタ!」
あともう少しでゴールだったのに、私もルチャルも寸前で追い抜かれてしまった。荒くなった呼吸を整えつつ先生の方を伺うと、あれだけの速さで走っていたにも関わらず、ケロリとしている。
「せ、せんせい速いですね」
「鍛え方が違うからな。デメルングもルプトゥラも、私がいくら近づこうが動揺しないように、もっとメンタル面を強化してみると良い」
「「はい!」」
今回はチャレンジに失敗したけれど、次の授業までの課題が見えたのは嬉しい。この調子で脚力最強のお嫁さんになって、ノイたんを驚かせたいものだ。
「惜しかったな」
「うん、でもこの次は絶対に勝つぞうい」
「この次は、じゃねーよバカヤロー!こっちの惨状をどうしてくれんだ!」
「え、あっ」
荒々しい声が飛んできた。
振り返ると同じCクラスの男子『ビータス・カルヴァリン』【ウィザード種】が、砂埃を浴びてヨレヨレになったヴァンに肩を貸しつつこっちを睨んでいる。見たところ、さっきワカロウラ先生が加速した時に巻き込まれたようだ。ビータスも自慢の金髪オールバックはところどころ垂れ下がり、サングラスもずり落ち綺麗な翠色の瞳が見えている。
「うわごめん……真後ろにいたんだ」
「おかげで気持ち良く前を走ってたのによぉ、台無しじゃゴラァ!次センコーに勝負仕掛ける時は事前に教えとけや!!」
「わ、悪かったよ。ヴァンもごめんな」
「いや…俺ももっと、気ぃつけるわ……げほっ」
続々と、ほかのメンバーも無事にゴールして集まってきた。
あと残すところもう人——
「ミリガン!もうちょいだよ、頑張れ!」
「へっへぁ、ほっお、はぁっ」
一周遅れでミリガンが白目を剥きながら歩いて、いや、歩く速度で走って来ていた。顔面蒼白で口からはヨダレが垂れ流されている。
アイコンタクトでルチャルに合図を送り、お互いにミリガンの元まで走り出した。
「ほらミリガン、もうちょい、本当もうちょい!」
「な、なんメー、トル?」
「たったの11メートルだ!ほらしっかり前を見てみろ」
「むりぃ……むりぃ……」
ミリガンを挟んで、声援を飛ばしながら並んで走る。もういつの間にかこのやり取りが、体育授業の定番になりつつあった。
◇
今日の授業内容は『ドッジボール』という球技だ。
常世の球技は基本的に杖ではなくボールを媒体に魔法を発動するため、詠唱と投げるタイミングが上手く噛み合わず不発したり、変な方向に飛んで行ったりと、慣れていないとかなり難しい。
「やーい、やーい、ヴィオレラ!当てて見ろ!」
「言ったわね!『エクリ——あっしまったっ」
「隙あり!くらえっ『テスタ・インパクト』!!」
ヴィオレラの落としたボールを拾い、即座に投げつける。魔法を使えない私でも、魔力で腕力を強化すればそれなりの速度でボールを投げることができるのだ。
「流石イピオス、煽るの上手いね」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーったりまえだこのこのこのテスタ!アタシを誰だと思ってる?このハーピー種界隈一可愛い〜って言われてるこの『イピオス・フルトゥナ』ちゃんがっ今日も絶好調なのは当たり前だっての!フギィッ」
「ああ……注意する前に吹っ飛ばされちった」
今さっきアミュレットの投げた雷ボールを顔面に受け、外野まで吹き飛んでいった女子は『イピオス・フルトゥナ』【ハーピー種 スズドリ】。
オリーブ色の瞳と黄色いヘアピンのついたミディアムヘアに、小柄な体型が合わさって確かに可愛い少女……に見えるのだが、口を開けば自慢話に罵詈雑言。さらには見栄っ張りな目立ちたがり屋であるため、Cクラスというだけで馬鹿にしてくる他クラスの連中からも避けられている大物なのだった。
(まぁ、面白いから私は好きだけどね)
「おいそこ、お前ら!ベンチだからってサボってねーで応援しろや!!」
「え、ダル。パス」
「……せ…ご…」
「パスじゃねぇ!あとお前はさっさと起きろ!スチュワート!!」
ベンチでダラけていた男子メンバーに、外野にいるビータスから注意が飛ぶ。
いかにも面倒くさそうにソワンが隣で寝ている『スチュワート・ツェッペリン』【ウィザード種】を蹴って起こそうとしていた。基本的にどの授業でも、スチュワートはアイマスクを被って寝ている。話しかけてもほぼうわ言のように「か……そ……ある…に……」と言っているところしか見た事がなかった。
「たく、従兄弟ながら情けねー」
「ひぃっひぃっひぃっ、ビータス、あんま気にしなや。人は皆んな元気に生きちゅうだけで幸せで、な?」
「お、おお」
まるで地の底から引き摺り出されたかのような引き笑いに、明るい笑顔。ビータスに声を掛けた女子は『ペルル・タンタキュル』【ウィザード種】。フリルツインにされた銀髪に赤い瞳と褐色の肌と、真夏の太陽が似合う容姿に反し、得意な魔法は死霊術なんだとか。
「テスタちゃーん!危ない避けてっ」
「うおっ、たぁ、ほっ!?」
「おいバルクーク、敵に注意を促すとはっ!どういうつもりだ!?」
「あらあら!?私ったらまたつい……ごめんなさいね、セラスちゃん」
いつの間にか内野は私と、向こうのチームにいる女子『シャラール・バルクーク』【マミー種】だけになっていた。口元や身体中を包帯で覆っているが、綺麗な黒髪と澄んだ水色の瞳に、優しくてどっか抜けてる性格からも見てわかるとおり、Cクラス屈指の美人さんだ。
「シャラール、セラスもブチ切れてるし、もっぺんボール返そうか?」
「ううん、大丈夫よ。それよりもテスタちゃんが全力で投げなさい」
「わかった!ありがとう!デヤアっ!!」
全身全霊。
今使えるだけ、ありったけの魔力を集中させてボールを投げた。
シャラールも臆する事なく、両手できっちり抱え込むよう、受け止める。が、それは計算通りだ。
「あれ、あら?あらららら?」
キャッチは良かった。ただボールの勢いは止められず、そのまま外野まで滑ってゆく。
完全にシャラールが線から外に出た瞬間、ワカロウラ先生がホイッスルを鳴らした。
「試合終了ーー!!」
「やった!勝った!ラジャイ、勝利のBGM頼むぁ!!」
「OK丸でござる!」
フワフワしたチョコレート色の髪を揺らし、ベンチから立ち上がったガタイの良い男子は『ラジャイ・スマッシュ』【ウィザード種】。いつも身につけているヘッドホンに触れると半透明な蛍光色の板が浮かび上がり、それをラジャイが弄れば軽快な音楽がグラウンドに響いた。
「皆の衆!勝利の舞だ!踊るぞ!!」
◇
テスさんのひょうきんで破茶滅茶なステップに合わせ、続々とCクラスの半数以上のメンバーがダンスに加わる。
ワカロウラ先生が怒るのではと心配になったけれど、テスさんの動きに感心したようだ。見よう見まねでステップを踏んで「来年の授業に取り入れてみるか……」と呟いている。
胸を刺すような寂しさを感じ、窓に触れた。テスさんはボクがいなくても、随分と楽しそうだ。
そこでふっと、テスさんが顔を上げてこっちを見上げた。魔法も使っていないのに何故、いやきっと偶然だと動揺するボクに、彼女は笑顔で手を振っている。
「っ……」
たったそれだけで、胸に鋭い痛みが走った。なのに幸福だ。立ち上がってボクからも大きく手を振りかえす。
「の、ノイ様!?じゃない、ノイ・モント・デメルング!席につかないか、授業中だぞ!……あの、本当に困るんで、早く席についてください」




