笑う者、寄り添う者
入学編終了
審判の宣言から一泊置いた次の瞬間、学院中を震わせる勢いで、野次馬達の歓声が響き渡った。
「スゲェ!スゲェ!勝っちまったよあの新入生!!」
「普通の魔法使い同士の戦いとはまるで雰囲気が違う……優雅さには欠けるがこう、迫力があった」
「私はゴルゴン種の石化魔法を近くで見れたのが良かったな〜」
動けないままボンヤリその声を聞いていれば、静かに自分が『負けた』という結果が胸に入ってきた。もう少し、取り乱したり無駄に足掻いたりするものかと思っていたけれど、身体中が痛くてそれどころではない。
首だけなんとか動かして、奴の様子を伺う。
右隣、以外と近くにいた。意外なことに奴は勝利の雄叫びを上げるでもなく、野次馬に手を振るでもなく、私を黙って見つめていた。
目があって、ゆっくりと口を開く。
「また、戦おう」
「……」
「テスタさんは、次までにもっと強くなっとくから」
そこでやっと奴はいつものように、いや、いつも以上にだらしなくニチャァっと笑った。非常に腹正しく不愉快な笑顔。
だが不思議と嫌な気持ちがしないのは、少なくとも私のことを『闘う相手』として見てくれているからだろうか。
誰にも言っていないが実は、入学して2ヶ月が経った頃。ノイ様のことを諦めきれなかった私はユラエルに対して決闘を申し込んだことがあった。
『私だってノイ様のことが好きなの!だから勝負しろ、お願い!!』
それに対してユラエルは困ったように笑って、こう返してきた。
『闘いなんてダメだよセラスちゃん……それよりも、私はセラスちゃんとお友達になりたいなっ』
まるで相手にされなくて、頭がおかしくなりそうだった。
ユラエルは私のことを微塵も脅威だと思っていないし、寧ろ人格者であるところを見せつけて——そのあとのことはよく覚えていない。
だが強い敗北感から無理矢理『ノイ様の隣にいるべきなのはこういう人』と自信を納得させ出したのはそこからだった。
あの時見せられた絶望的なほど可愛らしいユラエルの笑顔が、今は目の前の奴……テスタの阿呆なニヤけ面に塗り替えられていく。
それだけで、胸にずっとつかえていた石が、消え去ってゆくのを感じた。
「セラス!」
大声の方へ顔を向けると、ヴィオレラが舞台に上がってこちらに走ってきている。どうやら周囲を覆っていた障壁魔法は、決闘の終了と共に消えていたみたいだ。
その時不意に、さっきまで何とも無さげだったテスタがふらりと倒れた。
「テスタ!?」
「おい!」
だが地に着くよりも早く、ノイ様が現れてテスタを抱き止めた。意識が無いのか、目を閉じている。
「ノイ、様」
「セラス・フィズィ」
「!?」
名前を、初めて名前を呼ばれた。
感動と緊張で呼吸が荒くなる。
ノイ様は険しい表情で私を見下ろし、こう続けた。
「テスさんは、貴方を随分と気に入ったみたいですね」
「……」
「負けませんから」
言い終わると同時に背を向け、現れた時のようにまた一瞬で姿を消した。
ノイ様から私を庇うように間に入っていたヴィオレラが、ホッと息を吐いて脱力する。
「良かった……私、セラスがテスタに決闘を申し込んだって聞いてからずっと、怒ったノイ様に殺されちゃうんじゃないかって心配で」
「実際、覚悟はしてたんだ。でも勝っても負けてもノイ様に殺されるなら、もうそれで良いって思ってたけど……」
喜ぶべきか悲しむべきか、微妙な感情に苦笑いを浮かべる。
「ひょっとして私、ノイ様に嫉妬されてる?」
「だね、凄いじゃん」
そこでようやく、久しぶりにヴィオレラと笑い合うことができた。こんなにさっぱりとした気持ちになれたのは、いつ以来だろう?
さっきまで憎悪と嫉妬でぐちゃぐちゃだったのに。
『テスタ・オール・デメルング』
『やっぱりお前は、ノイ様の隣にいるべき完璧な存在には程遠い奴だ……でも、ノイ様と一緒に生きることができるのは、お前だけだったんだな』
◇
「はぁ〜良かった、テスちゃん、生きてて」
「一時はマジでどうなることかと……」
「だから言ったろ、アイツはまだ負けてないって。じゃあもう離すぞ」
そう言って、ヘロヘロと目の前にへたり込む生徒2人の武器から手を離した。1人は箒でもう1人は槍。カウントダウン中に追撃をくらいそうになっていたテスタを見て、突撃しようとしていたこの2人にたまたま気付いて後ろから取り押さえていたのだ。
女子生徒の方はともかく、男子生徒の方はおそらく力の強い亜種……多少は苦労はしたが、テスタが立ち上がってからは大人しくしてくれて助かった。
「ありがとうございました。俺達が突っ込んでたら今頃、テスタの頑張りも全部台無しになるところで」
「一応、最初に伸びてたのは本当に危なかったがな。まぁ今日はアイツに、お前さん達みたいな仲間がいるって知れて良かったよ」
「管理人さん……兼、理事長の愛人さん……本当に、ありがとうございました!」
「その呼び方だけはやめろ」
◇
観客達も少しずつ、舞台を後にし始めた頃。アミュレットとフェレスが急いで人混みの中に突っ込もうとしているのに気付いて、思わず声をかけた。
「アミュレットちゃんにフェレスちゃん、何をそんなに慌ててるの?」
「えーだって、いくらヴィオレラが力持ちでも、あの姿のセラスを運ぶのは大変でしょ?だから手伝いに行くの!」
「テスタはノイ様が連れてってくれたからね。だからセラスを保健室につれてくのはうちら」
なるほど、と再び人混みを掻き分け始めた2人の後ろ姿を見送る。仲良きことは良いことだ。
次に、駆けつけていた生徒会連中をチラッと伺う。ノンジュはまだ認めないと言いたげに唇を噛んでいた……普段あれほど冷静沈着・品行方正と称えられていた姿からは想像もできないほど感情的なその姿に、堪えきれず口から笑みが溢れた。
「ン、フフ……」
「ジンジャー、心臓、ボンボン?」
「そうだねマイオ、今すっごく楽しくなってる」
私の反応を見てマイオも嬉しそうだ。満面の笑みで両手を広げ「ジンジャー!心臓!ボンボン!」と走り回っている。
(テスタちゃんって、想像してた以上に自由で面白い子だったんだな。もしかすると、あの子とだったら——)
◇
寮のリビングに転移すれば、待機してていたトゥルぺとリンゲルが駆け寄ってきた。2輪とも気絶したテスさんを見て、心配そうにしている。無理もない、石化した箇所はところどころひび割れ、そうでない箇所も破片による切り傷だらけだ。
「テスさんが動けるようになったら呼びますから、それまでに着替えの準備をしておくように」
指示を出し、下がらせる——おや?トゥルぺがテスさんの方を、指差している?
指差したスカートの端には、1匹のカモノハシがしがみ付いていた。確か、テスさんが『ボクに内緒で』購入していたコンパクトに付属していた霊獣だったはず。
カモノハシは転がり落ちても尚、テスさんをじっと見上げている。ボクがそばに居ても、全く怖がっていない
(随分とテスさんに懐いてるな。この手の霊獣は、商品の使用期限が過ぎると同時に成仏する筈だが……役に立つようだし、ボクが改めて使役するのも良いかも知れない)
この辺にしまっていたはずと、テスさんの懐を探ってコンパクトを取り出す。
「テスさんなら無事ですよ、貴方も戻っていてください」
カモノハシはコンパクトの中へ大人しく入っていった。テスさんの部屋に置いておくようにとトゥルぺに託し、ようやく自室のベッドにテスさんを寝かせる。
以前グロンスキンから受けた傷と違って、今回は石化魔法も解除しつつ傷を治さなければいけない。だから暫くのあいだ密着している必要があるだけで、下心はない。
本当に、下心はない。
横に寝転がり、抱きしめる体制で魔力を流し込む。石化の解除が進めば進むほど、ひび割れ跡の傷が痛々しくなってくるが、慌てず作業を進める。
「……ぁ」
「テスさん!気が付いたんデスネ」
「ノイたん、あれ、ここって」
「ボクの部屋デス。いま治療している最中なので、安静にしていてクダサイ」
「わかった……いっ」
感覚が戻ってきたのか、かなり痛がっている。なるべく痛みが和らぐように、早く治るようにと集中していると、不意にテスさんが手を掴んできた。動揺して一瞬ペース配分を誤りそうになるも、なんとか持ち堪えて声をかけてみる。
「テ、テスさんどうかしまシタカ?」
「ごめん」
「えっ?」
「準備してたのに、上手く動けなかった」
「……」
「ごめん」
そう言って、グッと堪えるように顔を顰めた。動けなかった、と言うのはおそらく最初の攻撃を避けられなかった時のことだろう。最後までボクに助けを求めること無く、戦って勝利できたのだからもっと喜ぶと思っていたのに……
「大丈夫ですよ、テスさんはよく戦えていマシタ。ボクの奥さんは強い人なんだって、とても誇らしい気持ちでいっぱいデス」
「本、当?」
「ええ、信じてクダサイ」
「良かった……良かった……」
安心したのか、目を閉じて眠りだした。
「おやすみなさい……次に起きる時までには、治しておきますから」
次は体育祭編




