君よ、燃えているか
いよいよ決着
「……回想、終わった?」
「終わった」
「じゃさっきまでの話が、私の質問に対する答えってことで良い?」
「馬鹿には到底理解しがたい内容だ。最初からお前にわかってもらおうとは思っていない」
「そうか、そうかぁ」
話は戻って決闘の最中。
嘆く私に「あきらめるって何を?」と間抜けた顔で聞いてきた奴に、丁寧に説明をしてやっていたところだった。
私の答えに対し、奴はしきりに唸りながら首を捻ったり前髪をかき上げたりしている。
(そうだ、そうやって他のことに気を取られていろ……)
私の髪はただ蛇になるだけではない。切り離された後も、暫くの間は操作することができるのだ。
切られて床に落ちた髪は全て、奴に気付かれないよう今の間にゆっくり背後に回り込ませている。どうやって切ったのかはまだわからないが、次の攻撃を避ける事は不可能だろう。
この調子ならまだアチラの姿に戻って『石化魔法』を使うまでもない。
「なんていうか、その話ってギュッとしたら要するに」
もう少し、あと少し
「『底辺蛇女の下剋上〜完璧美少女には勝てないので、弱そうなライバルを潰して最強魔法使いであるあの方に愛されようと思います!〜』ってことでOK?」
「お、あ」
危うく、蛇の操作を誤って作戦が台無しになるところだった。
というか本当に、いきなり何を言ってるんだこいつは。
「ふざけたことを!」
「いやふざけてんのはそっち。まぁ話の前半は良いよ、ノイたんのことめちゃくちゃ好きになる気持ちはよくわかる。中部分もね、確かに私もあの美少女2人にはかなり心折られかけたし」
「で、大事なのは後半よ……」
空を一度仰ぎ、再び私へと顔を戻した奴の、奴の、その表情は
「いやぁーーーーー!ちゃんっとバッチシ私のこと舐め切っててくれて嬉しいわ!ありがとね!もう助かる助かる」
溢れんばかりの、満面の笑みをしていた。
笑いすぎて涙を流す黒い双方は悪戯が成功した子供のように輝き、堪らないと膝から崩れ落ちてなお両手を叩きながら転がり爆笑する。
そんな奴の姿に今まで抱いていた不快感や嫌悪感とは違う……膝が震えるほどの恐怖を感じてしまう。
(信じられん!まさか、私はこの阿呆を怖がっているのか!?)
「じゃお礼と言っちゃなんだけどこの決闘、勝たせてもらうね」
そう言って奴はいきなり履いていた靴を、きちんと揃えて脱ぎ出した。
コレには野次馬連中も戸惑ったのか「えっあれ何してんの」「そういう儀式か?」とざわついている。
とはいえ、私にとっては大チャンス
「今さら何をしようと無駄だ!くらえ!!」
合図を送れば瞬時に、待機させていた大量の蛇が奴の頭上と背後から襲いかかった。
中々、想定して以上にしぶとい奴ではあったけれどコレでもう終わりだろう。
(その証拠に一歩も動こうと——いや、なぜ奴は背後の蛇ではなく私を見ている?)
蛇の奇襲に気づいたミリガン・アークやルチャル・ルプトゥラが「うしろ」だの「避けろ」だの叫んでいるにもかかわらず、振り返って確認することもせず奴はこちらを伺いながら靴下を脱いでいた。
まるで『奇襲されても困らない』と言いたげに。
「ゴルゴン種の特殊生態能力——だっけか」
「お前っまさか」
「蛇と化した髪は、切り離された直後も暫く本人の意思で操作することができるってのは」
滝のごとく降り注いだ蛇が、茶色いゴム玉のような『何か』によってミキサーに放り込まれた勢いで切り刻まれる。操作不能の域にまで細かく蛇を切ったその『何か』は、靴下を脱ぎ終わった奴の手のひらの上に軽々と着地した。
いったいなんだ、あれは?
「遅くなったけどご紹介しよう。こちら、前にアニマート行った時に雇用したボディーガード兼メイクアップお手伝い係の霊獣『ダダ』さんだっ!」
手のひらのゴム玉が、モゾモゾと動いて座り込む。
この決闘の張り詰めた空気感に全く似つかわしくない、間抜けな顔をしたカモノハシが、そこにはいた。
◇
話は戻って、アニマートへ買い物に乗り出したあの日。
最強のマスカラについて議論し合っている皆んなから、少し離れて棚を物色していれば突然脳内にこんな声が響いた。
『貴公、貴公、ダダの声が聞こえているかね?もし聞こえているのなら、返事をしてほしいのだが』
しかし驚いて辺りを見回してみても、誰も見つからない。
もしかするとタチの悪い者の悪戯か、それなら早く皆んなに伝えなくてはと一度視線を正面の棚に戻すと気付かない内に、小さなアヒルみたいな嘴を持った何か……
いや、確か動物図鑑で見たことがある。
カモノハシ!そう、カモノハシが棚の奥から身を乗り出していた。
「ひょっとすると、喋れたりする?」
試しに嘴に向かって指を差してみる。
『おお、ようやっとダダの声を聞こえる者が現れたか。嬉し嬉し』
どうやら合っていたみたいだ。
カモノハシは手前にあったイチゴ型コンパクトを押し除け、代わりに自分が入っていたアボカド型のコンパクトを引きずって前の方へと出てきた。
「すんごい……このファンデの動物って喋れる子もいるんだ」
『違う喋れるのはこのダダだけ、他の小畜生は皆こんなことはできんよ』
「しょう、ちくしょう」
『だがダダの声が聞こえるのなら話が早い。貴公、ダダを飼ってはくれまいか?今なら大変お買得になっている』
そう言ってカモノハシ——ダダさんはコンパクトをひっくり返し、大量に重なった値下げシールを見せてくれた。
相当、長いこと売れ残っていたのだろう。
「んでも古くなった化粧品はちょっとなぁ」
『そう言わず。実はこのダダ、ファンデをポンポンするだけでなく他にも特技があるのよ』
「へぇ、例えば?」
『生まれは現世のオーストラリアだが、アジアの侍とイングランドの騎士から剣術を教わったことがある。命じられれば大抵の物はなんでもスパスパ切ってしんぜよう』
「あー……そっかなるほど」
断ろうとした脳裏によぎったのはセラスのことだった。
ゴルゴン種の生態については色々と調べているけれど、向こうのメインウェポンの一つでもある髪蛇への対抗手段を思い付いていなかったところだ。
もしダダさんが本当になんでもスパスパ切れるのならば、蛇の相手を任せられるかもしれない。
「その切るのって、大量の蛇とかでも大丈夫?」
『無論、どれだけ来ようと対処しよう。剣だってほら、ここに自前の物がある』
「なら報酬は?」
『エビとバナナパンください』
「よし」
カモノハシはパンを食べるのかという疑問はさておいて、決まりだ。
頷いてコンパクトを手に取れば、シュルンとダダさんが中に入ってきた。試しに開くと、種に当たる部分に腰を下ろしてこっちを見上げている。
「んじゃあこれから、よっしくね。多分近いうちに働いてもらうと思うけど」
『なぁに構わんよ。寧ろそろそろ化粧ブラシを振るうよりもシャバで刀や剣を振いたくてウズウズしていたところなのだから』
◇
野次馬を含めた全員が、ダダさんの登場に驚いてシンと静まり返っている。
無理もない。ダダさんに関してはあの日一緒だったミリガン達やノイたんにも隠していたのだから。
とはいえダダさんは私の思っていた以上に働いてくれている。
なら後は私が勝つだけだ。
奇襲が失敗し固まるセラスの元へ、今の自分が出せる1番本気の速さで距離を詰める。靴を脱いだせいで若干足裏が痛いが、これも作戦のためだ。我慢我慢。
「あ、あっ」
「くらえ必殺!『ターンオーバー』!!」
無防備になったセラスに問答無用で拳を叩き込んだ。これ以上は近くにいると危険なので急いで離れる。魔力の調整が難しいぶんさっきほど思い切り殴れないが、上手く流し込むことができた!
「……今のが必殺かぁ?痛くも痒くもない、ただの——あっああああああ」
「打撃はオマケだこの間抜け!」
さっき殴った箇所全てから次々に発火し始める。
オズさんとの修行中に偶然発見したこの発火現象だが、簡単に言うと『魔力に対する炎症反応』のことだ。人間の炎症反応と同じで魔人族の身体に他人の魔力を流し込むと、炎症が起きる。
しかしそれがノイたんレベルの魔力となるとご覧の通り、炎症を通り越して発火するまでに至るのだ。
「ギャアアアアア!」
「私、目玉焼きはよく焼き派なんよね。そっちはどうお?」
「お前っお前ええええ!こんのド腐れポチャが!!」
そう叫んでセラスは首を突然掻きむしり始め、あっ違う!首に装置してあったチョーカー型の変形機を引きちぎった。
そのまま光に包まれ姿を変えていく。
やっと光が収まった時、そこには身長2メートルほどの化け物——否、元の姿に戻ったセラスがいた。髪は全て蛇へと変わり、肌のところどころには黄金の鱗が浮き出ている。
さらに鋭く尖った毒牙に、禍々しさを増して赤く光る瞳。事前に調べていなければ「うーわ勝てんかも」となりそうな、それだけ強そうな姿だった。
「最初っから舐めずにそっちでやりゃ良かったのに」
「黙れ、亜種にとって通常目につく場所での変形の解除はマナー違反なんだ……だがお前を倒せるならもう、なんでも良い」
「ダハハハハ、そう来なくっちゃ!」
『バリッツ・ローム!!』
今度は私が動くよりも早く、セラスが床にクシポスを突き立てて魔法を放った。バリッツは確か電気関係の呪文だった筈と地面から飛び上がった直後、足元に電流が流れた。そのまま襲い掛かる髪蛇に気付いて、すぐダダさんに指示を出す。
「ダダさん蛇は頼んだ!」
『ザリガニもつけてね』
「まだくるか!『バリッツ——
「させん!靴下おりゃあ!!」
あらかじめ脱いでおいた靴下に破片を詰めた即席武器を、クシポスを握る手元めがけて振り投げる。
ぶち当たって手元から飛んでゆくクシポス、焦って追いかけるセラス、今がチャンスだ。
が、その瞬間急に右手に鋭い痛みが生じた。目で追えば少しずつ石化し始めている。
(これがゴルゴン種だけにしか使えない『石化魔法』の効果……近づく度に石化が進んでる。だったら次の一撃でキメる!)
肩に乗っていたダダさんが石化に巻き込まれないよう掴んで放り投げつつ、床に残った靴下を叩きつけて大きな瓦礫を作り出す。そのまま斜めの宙に向かって反り立つ瓦礫の上を全速力で駆け上がり、飛んだ。
「セラスーーーー!勝負だ!!」
「っ——お前には、負けん!!」
石化が進んだ私の拳と、焼け爛れたセラスの拳とがぶつかり合う。
やはり思っていたとおりセラスは私のターンオーバーを警戒してか、拳に防御魔法を纏わせていた。
でも今の私の拳は魔法で変えられても『ただの石』——自然物のままである。
「ぶち抜けや!」
重さが増した拳で防御魔法ごとセラスの拳を打ち負かし、そのまま頬まで殴り抜いた。
「おっ——おぉ」
衝撃を緩めるため、倒れたその上に着地する。もう私の右半身は完全に石化していた。
「審判!?」
「イーチ、ニーイ、サーン」
倒れてから10秒以内に復帰できなければ敗北……もし、立ち上がられたら今の私に勝機は無い。
「ナーナ、ハーチ」
セラスの目が、開いた。
「キューウ、ジュウ!」
「決闘終了!勝者『テスタ・オール・デメルング』!オメデトウ、オメデトウ!!」




