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フローズ  作者: クダミ
24/35

呻く皮

怪物は、忘れた頃にやって来る



 脚が地面からゆっくりと離れる。


 綿毛のようにふわりと宙に浮いているけれど、安定感があって少しも揺れないのは、それだけミリガンが箒のコントロールに長けている証拠だろう。

 


「どお?怖くない?」

「すごい…怖くない凄い凄い凄い凄い!!ミリガンっわっわっ私いまっ、空飛んで!?」

「イヒヒ…この高さで『飛んだ』だなんて甘いよテスちゃん。飛ぶって言うのは、ここまで行かないとっ ヌンッ 」

「うぉおおおおおおおおおお!?」


 

 ニューっと私達を乗せた箒が高度を上げる。さっきまでいた位置とは比べ物にならない高さに、目が眩みそうだった。昔から『空を飛んでみたい』としょっちゅう空想をしていたけれど、それがまさか授業中に叶うだなんて!

 


「おーいテスタ、大丈夫かー?」

「ルチャル!凄いぞヤバいぞこんな高いとこ、ガルボン邸のバルコニーぐらいあらぁ!!」

「ん、大丈夫そだな。まぁミリガンの後ろならクラス1安全だろ」

「イッヒィー♪いつもは運動の苦手な私だけど、箒なら得意なんだよ。見直したでしょ」

「見直したー!さっきまで準備運動の走り込みでベソかきながらヒィヒィ走ってたとは思えないくらい凄い!!」

「や、嫌なこと言うな…!」


 

 他のクラスメイトも数名を除いて、ちらほら同じ高さまで上がってきた。

 ワカロウラ先生の指示が出るまで、皆んな手持ち無沙汰からワザと捻りを加えた飛び方や宙返りをしたり、お喋りしたりとリラックスしている。


 こっちに気づいたアミュレットとフェレス、そしてヴァンが片手を振りながらスィーっと近づいてきた。

 


「ヤッホー、ダーリーン☆初めての飛行術、楽しんでる?」

「んああもう楽しい楽しい、見てよこのテスタさんのハジける笑顔を」

「超絶ニチャけてる。ウケるね」

「ウヘヘ…ニチャァ」

「先生、まだ暫くは下のメンバーに付きっきりそうだった。テスタちゃんもいるし、良かったらあのコース回ってみないか?」

「お、それ良いな。じゃあ…ワカロウラせんせーーー」

 


 ルチャルの声に、ヴィオレラを横で支えているワカロウラ先生がこちらを見上げる。

 


「最初の授業で行ったコース、ちょっと練習がてら軽く飛んできても、いーですかー!」

「許可する!ただし、5分以内に戻ってくるように!!」

「はーい。良いってさ、行こうぜ」

 


 先を飛ぶルチャルに続いて、皆んなどこかへ向かい始めた。

 


「ヴィオレラー、あんま無茶せず、ゆっくりこいよー」

「うっるさいわねアンタ!自分の力で飛んでないくせに!私だって、ミノタウルス種なんかじゃなきゃっこんなに重たく…」

「何言ってるんだマルマロ!ミノタウルス種でも飛行術ができる者は沢山いるぞ!!そもそもだな、私が思うにマルマロの場合は種がどうこうよりも日頃の不摂生を」

「先生ぇ!その正論!今はやめてくださる!?」


 

 ミリガンは風を切りながら、校舎の上を飛んでゆく。


 今ごろあそこでノイたんが授業うけてるんだろうな、とか。オズさんは清掃作業中かなとか考えてみると、もう今は当たり前のように通っている校舎でも、鳥目線で見下ろすだけで新鮮に感じた。

 


(あでも違うわ、確かオズさんは昨日から理事長の出張旅行につきあってるんだっけ。他の先生も何人か連れてかれてるから、暫くは自習授業ばっかりだったような)


 

 ご機嫌な理事長の背後で、げっそりとした顔のオズさんとクレープス先生が思い浮かんだ。


 もし無事に生きて帰ってきてくれたら、肩たたきでもしてあげよう。

 


「テスちゃん見て、湖!」

「をぉおっ!!」

 


 森を抜ければすぐ、足元に透き通るほど綺麗な湖が広がった。

 ミリガンが言うにはこの湖も学院のモノらしい。

 


「圧倒的に良ぃ〜い景色、涼しくなってきた」

「今からもっと、涼しくなるぜ」

「え?」

「ほらしっかり掴まって!」

「ほ?…ほほぉおおおおお〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

「ヒャッホーーイ!」

「いえーい」

「おお〜…相変わらず、ちょっと怖ぇ〜〜」

 


 ルチャルを先頭に、皆んな湖に向かって急降下し始めた!


 もう少し、あと少しで水面にぶつかるスレスレで水平飛びに戻る。

 ルチャルが足を水面を切ると、水飛沫が散った。

 


「めちゃくちゃ、涼しい!!飛行術、サイコーーーーー!!」

 


           ◇

 


 授業が終わり体育ジャージから着替えても、興奮はまだ冷めずにいた。

 


「いんやぁ…本当に楽しかった〜次の体育も飛行訓練になんないかな」

「慌てなくても、またすぐに乗せてあげるって」

「マジで!うわヤッター!!」

「テスタが自分で飛べないの、仕方ないけどちょっともったいないよな。せっかく立ち乗りもすぐできるようになったのに」

「いやいやいや、あれはルチャル先生の教え方が上手いからですよ。本当にありがとうございますウヘヘ」

「お、おう」


 

 両手を擦り合わせながらお礼を言えば、若干引かれた。何故だろう。

 

 授業中ずっと大声を出していたせいか、少し喉がカラカラだ。


 真っ直ぐ教室に戻る前に自販機に寄らないかと提案すれば、2人とも賛成だとついてきてくれた。

 


「何買う?私は澄み茶」

「ん〜、チュベロジュースかな。飛んだら糖分が欲しくなってきた」

「俺、爆極炭酸水。次の授業で寝ないように」

「えっ次の授業って『戦闘魔法』だから自習じゃないっけ?クレープス先生いないし」

「違うぞ、エレント先生の薬学」

「うわ…やっぱ私も、爆極炭酸水にしとこ」

 


 ひぃふぃみぃ、とまだ自販機に辿り着いていないうちから財布の中の小銭を確認し始めた2人に、少し質問を投げてみる。

 


「ねぇそういえば戦闘魔法って、何と戦う用のやつなの?」

「へ?/ん?」

「いやぁ常世って、現世よりも戦争とか無くても凄い平和だから。何と戦うための魔法なのかなって」

「何と…まぁ俺は普通に、野生の魔法生物とかと思ってるけど。あとは護身の為かな、貴族の出だとはしょっちゅう誘拐されたり、命狙われたりしてるやつもいるみたいだし」

「へぇ!以外と物騒なんだ」

「それと後は…最近よく話題なのだと『呻く皮【グロンスキン】』とか」

「グロンスキン?」


 

 ピンっと思い出したと言わんばかりに、人差し指を立てるミリガン。

 初めて聞く名前だが、いったいどんな存在なのだろう。

 


「それって何?生き物?人?」

「うーん、何って聞かれると説明しにくいんだよね。目撃したって人も少ないし、わかってることと言えばキモい見た目と魔法を弾く皮膚と、あと現世にいるらしいってのと…」

 


 その時、どこからともなく絹を裂くような、悲鳴が上がった。


 虫を見つけたとか驚いたとかとはまるで違う、聞くだけで命の危機を感じる声だ。


 一瞬で緊張が走る。



「今の、どっから」

「多分…裏庭だな。行ってみるか?」

「いっ行くの!?」

「行こう!」

「おう!」

「えええちょっと、待ってー!」


 

 階段を飛ばし降り、裏庭へと駆け込む。

 


 周囲を見渡せば、泣きながらへたり込んでいる女子生徒を発見した。


 様子を見るからに、さっきの悲鳴は彼女のだろう。ルチャルと顔を見合わせ「どうしたー!」と駆け寄る。

 


「怪我…は無さそうだな」

「すんごい震えてるけど、寒いん?」

「あ…あぁ…か、」

「か?」

「カメリアが、あ、あいつ、アイツにっ」


 

 今にも壊れそうなくらい震えながら、目の前の林を指差した。到着してから気にも止めていなかった林だが、そう言われると少し揺れている。


 緊張感を持ったまま、静かに林を見つめていると……



 よく見慣れた学院の制服を着た腕を、口から垂らしたあの『怪物』があらわれた。

 


「え、なんで」

 


 暗く落ち窪みながら光る両目も、呻き声を上げる歯がほぼない大きな口も、全てあのノイたんと出会った夜に見た怪物のままだ。


 ただ唯一違うのは、口から垂れた「カメリア」らしい腕を呑み込むと、血管が浮いている肌が白でなくオレンジ色に変わっていくところだった。

 


「なんでいるの」

「イヤッ嫌ぁ!カメリア!!」

「嘘だろ…【グロンスキン】!まさか常世に入ってきたのか!?」

 


 私と泣きじゃくる女子を庇うように、ルチャルが前に出た。水滴が手元に集まり、紅色に輝く三叉槍が出現する。

 


(グロンスキン…この怪物、そんな名前だったんだ。あれ以来ドタバタしすぎてすっかり忘れてたけど、ノイたんに一度聞いときゃ良かった)

 


「テスタ!その子を連れて下がっててくれ!!」

「ルチャルは!大丈夫なんか!?」

「そりゃ実物見んのも戦うのも初めてだが、今は俺がンなことで逃げてる場合じゃないだろ」

 


「早く!」と急かすルチャルに従い、横にいる女子を立たせてひとまず校舎へと足を向ける。


 

(早いとこ誰か、先生に知らせんと!)



 

「DEARーーーLARーーーGERーーーー!!!!」

 



「痛っ!?う、るさっ」

「キャアアッ」

「なんつー、おお、声、だよ!」

 


 突如、グロンスキンが咆哮した。


 庭に面した校舎の窓ガラスが、一斉に割れるほど喧しい大声に、思わずその場で耳を塞ぎ足を止めてしまう。


 初めて会った時にはしなかった行動だ。


 パッと様子を伺えば、今度は頭を凄まじい勢いで左右に振り始めた。そういう生態なのか、攻撃なのかもわからない不気味な行動に、ルチャルも手を出せずにいる。

 


(ん!いや違う、これは)

 


「ルチャル!ソイツの目、どんどん光ってる!攻撃してくるつもりだ!!」

「マジかよ!?クッソ!」

 


 ちょうど良い終わった瞬間に、グロンスキンの両目から幾つもの白いビームが発射された。真っ直ぐなもの、曲がったもの、ビームはそれぞれ違う方向からルチャルに降り注ぐ。

 


『アグ・レンテ!』

 

『ブランドン!!』

 


 ルチャルの元に駆け寄るよりも早く、さらに強い光が中庭に発生した。


 反射的に目を瞑れば、いきなり突進してきた誰かに担がれそのまま運ばれる。

 


「をっをっ」

「俺だよ、ちょっと静かにな」

「2人とも、こっちこっち」


 

 いつの間に追いついたのかミリガンの声もする。ガサっと草をかき分ける音がして、ようやく地面に降ろされた。


 まだ眩しいけれど我慢してショボショボする目を開く。さっきグロンスキンがいた場所と反対側にある生垣の向こう、そこに私達3人とあの女子生徒は一時的に避難していた。

 


「良かった皆んな無事で。ふっったりとも足早いんだからもう」

「さっきの『目潰し呪法』ありがとな。咄嗟に水でレンズ作ってビーム曲げたとこまでは良かったんだが…正直あのまま追撃されたらヤバかった」

「見て思い出したけど、あのグロンスキンってやつ現世で会ったことがある。足も早いし力も強いし、結構厄介だったね」

「「マジ!?」」

「マジマジ、詳しくは後で話す。でも、その時はあんな風にビーム撃ってきたりはしなかったんだけどな」

「……それは、カメリアの、得意な魔法だからだと思います」

 


 鼻を啜る音と共に、女子生徒はそう言った。少し落ち着きを取り戻したのか、さっきよりか身体の震えが治っている。

 


「突然すみません。私のことはハンナと呼んでください」

「あぁどうもこれはご丁寧に。私はテスタさんで、こっちはミリガンでこっちはルチャルと気軽に呼んでください。それで、カメリアって言ったらさっきの」

「はい、先程グロンスキンに飲まれた子です」


 

 さりげなく自分だけ「さん」付けで呼ばせようとしたのに気付いたのか、両サイドからの冷たい視線が突き刺さる。


 ゴホンと一つ咳をしてから、今度はルチャルから質問を始めた。

 


「カメリアさんの魔法っていうのは、ひょっとして杖を振って光を集める『パルク式蓄積光線魔法』のことかな?確か魔法で作った光より自然にある光を使うって言う」

「それです、だからアイツはあんなに頭を振ってたんだと思います」

「なるほど…飲み込んだ相手の魔法を使える…杖の代わりに、脳を媒介にしているのか。予備動作がわかりやすいが、ちょっと近づきにくいな」

「アイツ確か魔法を弾くんだよね。遠距離から攻撃するのも難しいね」


「でもミリガンの目潰し、まだ効いてるっぽいよ」

 


 ほら、と生垣に隙間を作ってみせると、今だに両手で目を覆って悶えているグロンスキンがそこにいた。

 


「本当だ!もしかして、呪いだから?」

「どーいう仕組みなのかはわからんが、そうらしいな。テスタ、アイツに会ったことがあるなら他に弱点とか知らないか?」

「…首元を掻き切って一気に出血させたら、萎んでただの血溜まりになってた。園芸用のハサミでいけたから、ルチャルの槍なら大丈夫だと思う。ただその前に、カメリアを助けないとね」

「無事だと、わかるんですか!?」

「いや全然。でも腹部がずっと同じ大きさに膨らんだままだし、あの歯じゃ少しも咀嚼できなかっただろうからほぼ丸呑みで怪我はしてないと思ってる」

「なら心配なのは窒息してないか、だね」

 


 4人で改めて、グロンスキンの様子を伺う。呪いが解けて辺りをキョロキョロと見回しているが、こちらには全く気付いていないようだ。

 


「作戦あるか?」

「ルチャルの水で作ったレンズを私の周りに浮かばせといてくれんかな。私が突っ込んでカメリアを吐かせるから、その隙にルチャルがブッ刺して。ミリガンはもし失敗したらまた目潰しできるように構えといて、ハンナは待機!以上!」

「ま、待ってよ!突っ込むったって、テスちゃんは魔法が使えないんだよ!どう考えても危ないって」

「んまぁ見てなさい、部活の成果を…じゃ、作戦開始ー!!うぉおおおおおおおおおおお!!」

 


 わざと隠れていた生垣から回り込んで、グロンスキンの前に姿を表す。まだ、残った3人に気付かれる訳にはいかない。


 私を視界に捉えた途端、再び頭を振り始めた。振る速度が若干早くなっている、ということはビームの出も早い!

 


「レンズ!」

『アグ・レンテ!!』


 

 呪文と共に、周囲にレンズが展開された。さっきルチャルの周りに出た時よりも数が多い。展開が終わると同時に発射されたビームが、全てあらぬ方向へと曲がる。

 


          ◇

 


 思い出すのは、オズさんとの修行だ。

 


『お前さん、眷属になってから妙に力が強くなったり、足が早くなったりした覚えはないか?』

『あります!現世で一度、後は無い…あ、そういえば体育の授業でなんか物凄い高さまでジャンプできた時があったんですけど、ひょっとしてそれも?』

『そうだ。普通に過ごしてるだけならわかりにくいが、それが眷属の基本的な能力として備わっている【身体強化】だ。自分の目的に応じて、真祖の持つ魔力で身体を強くする…まぁ覚えとくと便利だからな、先ずは血液に魔力を乗せて運ぶイメージから…』

 


           ◇


 

 身体中に電流のごとく、ノイたんの魔力が走る。


 いつもの自分には出せない脚力で加速しているはずなのに、目の前のグロンスキンを目でハッキリと捉えることができた。

 

 懐まで、あと3歩、2歩、1歩、

 


「エァッ!!」

 


 渾身の右アッパーを、溝落ちに打ち上げる。


 すると、みるみるうちに膨れた腹から何か、いやカメリアが迫り上がってきてグロンスキンの口から吐き出された。受け止めて左斜めに向かって飛ぶ。

 


「ルチャル!」

「まかせろ!」

 


 嘔吐からまだ体勢が崩れたままのグロンスキンに、滝のような勢いで駆けるルチャルの槍が突き刺さる。そのまま肉や骨を巻き込みながら突き抜けてゆき、止まる頃には完全にグロンスキンは血溜まりへと姿を変えていた。

 


「ど、どうだ!もっかい刺しとくか!?」

「いやー…やってる、やられてる!勝利、勝ち、チームプレイ、イェーイ!!」

「イェーイ!!」

「カメリアああああああ!」



 張り詰めていた緊張感が緩んだせいか、訳の分からないテンションで私達は輪になって、回転しながら互いの肩を叩き合った。


 もちろん意識はあるが、気絶したままのカメリアも含めて、だ。

 


「やった、やった、うぉっ!?」

「なんだ!?」

「風!?」

「キャアッ」

 


 いきなり辺りが暗くなったかと思えば、突風が吹き抜ける。何かが頭上を飛んでいったようだ。


 目で追えば…今度は青と赤の2体のグロンスキンが、蝙蝠のような翼を生やして空を飛んでいた!

 


「アイツら飛べたのかよ!」

「それだけじゃない…また腹がデカくなってた。ミリガン!」

「箒ね、任せてテスちゃん!」


 

 杖を一振りしただけで、黒と赤の装飾が綺麗な箒が現る。授業で使われていた箒よりも明らかに速そうだ、三角帽子を被ったミリガンの後ろに飛び乗る。ルチャルは水を纏った槍を横にし、その上に立ち乗った。

 


「どちらへ!?」

「追いかける!まだ誰か捕まってるっぽいからね」

「ハンナさんはカメリアさんを連れて、校舎に避難しててくれ。入学ん時の説明どおりなら、皆んな体育館に向かってると思う」

「わかりました、どうかご無事で!」

「ン任せなさい」

 


 上昇し、速さを増す箒に合わせてミリガンにしがみつき直す。


 

「「「待ぁってろよーー!!!」」」

 



次回 「空中水流救出作戦、開始ーー!!」

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