そばにいるということ
「…ちょっと、3人で話しませんか」
「良い、のかい?」
「もちろん。だってそのためにノイさんにワガママ言っちゃったんで」
なるべくこちらがリラックスしている様子が伝わるように。冷気のせいで服に付いた霜を払い落とし、一つ大きく伸びをする。
「ごめんなさいね、見苦しいところを見せてしまって」
「いやいやとんでもない。怒ってるノイさんも好きなんで、見れて楽しかったです」
「楽しい?テスタさんはノイのことが怖くないの?」
「出会ってからまだそんなにたってるわけじゃないんですけど、今のところ怖いって感じる以上に可愛いところを沢山見させてもらってますから、全然ですね」
「そう……」
今度はこちらから、少し突っ込んだ質問をしてみよう。
「逆に奥様と旦那様は、ノイさんのことが怖いんですか?」
「………なんと言って良いのか」
「じゃあ質問をちょっと変えますね、怖いから一緒に暮らしていないんですか?」
『ボクが怖いから遠ざけているくせに』
これ、実はずっと気になっていたことだ。
ノイたんは大人びた容姿をしている割に、結構甘えんぼなところがある。
私と同じくらいの歳だと仮定したら、両親が生きているのならまだ独り立ちさせるには早い気がするのだ。
「半々、かしら」
「というと?」
「あの子はね、一族の中でもとても強い魔力を持って生まれてきた子なの。私達を含めて、これまで生まれてきた真祖の誰をも凌ぐほどのね」
「だからこそノイは物心がついてすぐ、大お祖父様に引き取られたんだ。いつか皆を導く偉大な存在に育て上げるためにって」
(大お祖父様?さっきの会話にも出てたな)
「そこからのノイの成長はすさまじかった…海に落とした針の一本を見つけて糸を通す正確さに、山を破壊するほどの威力まで、自在に魔術をコントロールできるようになっていった。思わず本当に我が子なのかと疑ってしまうくらいには、力の差を感じたよ」
「そして大お祖父様はあの子がさらに魔術の研鑽を積めるよう、一人で暮らすことを命じたの。私達は滅多に会いに行くことが許されなかった、邪魔だからって」
そこまで話して、2人ともまた黙り込んだ。
こちらからは特に何もせず、続きを待つ。
「テスタさん」
「はい」
「長くなってしまったけれど、これがさっき言った『半々』よ。私達はあの子の成長の邪魔になりたくないのと同時に、どんどん強くなってゆくあの子に底知れないモノを感じている」
「なるほど、それはもったいないですね」
「もったいない?」
「ええ。だって、お互いに思い合っているのに何も言わずにギクシャクするなんて、もったいないですよ」
私に両親の記憶は無いけれど、もしもミリアムさんが私のことでこんなに悩んだり困っていたりしたら、何も言ってくれないのは悲しい。
「すみません、偉そうなこと言って。でもお2人の話を聞いてたら、ノイさんのことをめちゃくちゃ大切に思ってるんだなって伝わってきたんで」
「………確かにノイのことは私達、自分の子としてとても愛している。誇りに思っているし、将来どんな道に進んだとしても、いつまでも元気で健やかに過ごしてほしいと願っている」
「それ聞いたら、きっと凄く喜びますよ」
「テスタさんはそう思う?邪魔に思われないかしら…私達、大お祖父様と違ってあの子にもう何も教えられることが無いのに」
「まさか!だってその大お祖父様?より先に私のこと紹介しようとしてる時点で、ノイさんにとってはお2人とも『自分の両親』なんですから。自身持たないと」
3人共もう一生話せないし会えない訳ではないのだから、ノイたんとご両親が気兼ねなく話し合える関係になれたらなと思う。
(しかしさっきから出て来るこの大お祖父様…ノイたん一家を引き離すとか好き放題してるあたり、今後強敵になりそうだな)
「ノイがテスタさんを選んだ理由、少しだけわかった気がするわ。あの子のこと、大事に思っていてくれてるのね」
「はい。私、ノイたんのことが大好きなんです」
口をついて出た言葉に、自分で驚いた。
そうか私は彼のことが好きなんだと、この時やっと気づけたのだ。
いったい、いつから好きだったんだろう……あの月の下で一目惚れ?チュッてされた時?デート中に?
思い返せばあの時の強引なプロポーズだって嫌なら跳ね除ければ良かったし、ミリアムさんと遠くに逃げる事だって選べたはずなのに。
でも今の自分はここにいる。彼に「貴女が良い」と訴えかけられた時の声に、瞳に、表情に、心を掴まれたから。
「分不相応なのはわかってますけど私自身も、彼とずっと一緒にいたいって思ってるんです」
2人はお互いに顔を見合わせると、何かを決意したよう頷きあって、またこちらを向いた。
「ありがとう、私達の話を聞いてくれて」
「今からまたノイも入れて4人で話がしたいのだけれど、呼んで来てもらえないかしら?」
こうならないかと待ち望んでいた展開に、思わずニッと笑って「あぁりやした!」と勢いよく立ち上がり、今度はこちらから彼を迎えに行った。
◇
隣でまだ少しムクれているノイたんを肘でつついて、早よ部屋に入る前に教えた言葉を言えと促す。
「………………………(ぬーん、長いな)………(おっ言うか!?)……さっきは、最後まで聞かずに、怒って、ゴメンナサイ」
(イヨっしゃ言った!偉いぞノイたん第一歩!!)
「父さん達も、いきなり怒ってばかりで悪かった。ごめんな」
「いえ…」
「テスタさん、とっても良い人ね。ノイにはもったいないくらい」
「そっそんな!?」
「ちょっと自覚ある?」
「無いです!ボクが一番、彼女のことをこの世の誰よりも幸せにするんです!!」
からかわれて、赤くなっているノイたんを見て微笑むご両親。
そんな光景に安堵するのと同時に少しだけ、寂しくなってしまった。
「だからねテスタさん。私達、あなたが分不相応だなんてちっとも思っていないのよ」
「へ?」
「むしろこちらこそ、ノイのことをどうかよろしくお願いしますと頭を下げたいくらいなんだ」
話題が急に、私が気にしていたことの方に戻って驚いた。
(会ってまだ数時間なのにここまで信頼してもらえるだなんて、なんだか気が引き締まるな)
「じゃあ、ボク達の結婚を認めてくれるんですね」
「それは少し待ちなさい」
「はあぁあ?」
その返事にまたもや殺気立ち始めたノイたん。
だけれど2人共、さっきよりもずっと落ち着いて「まぁ話は最後まで聞きなさい」と片手を上げて制した。
「テスタさんもよく聞いておいてほしいのだけど、真祖は自分の眷属に対して『どんな理不尽な命令でも従わせる』ことができる〜というのは、さっき一度話題にも出したね。覚えているかな?」
「覚えてます。でもこれいったいどういうことなんですか?」
「言葉通りよ。まず、通常眷属の寿命は自分の主である真祖に紐付けられていて、その真祖が死ぬまで生きることができるの」
「へぇじゃあ私だったら、ノイさんが亡くなるまでは生きられるんですね」
「ところが、さっきも言った理不尽な命令を使えばその場ですぐに眷属を自害させることもできる」
「ほ、ほぉ」
「……ボクは、テスさんにそんなことを命じたりしません」
「本当に、そう言いきれるのか?ノイの癇癪やわがままひとつで、テスタさんを殺すこともできるし永久に自分の前に現れなくすることもできるんだぞ」
「それは!」
「だから結婚はまだ駄目。でもそれでも結婚したいと言うのなら……」
「2人には、きちんと学校に通ってもらいます」




