プロポーズ
あれからいったいどれくらい走ったんだろう。
蹴つまずいて転んで、やっと止まる。ヨロヨロと起き上がって辺りを見渡せば、いつの間にか目の前には大きな月を写した湖が広がっていた。
坊ちゃん、マシューさん、大丈夫かな
動揺してたにしてもあの場に2人を置き去りにしただなんて、ガルボン邸のメイド失格だ
何よりも…坊ちゃんにあんな恐ろしい光景を見せてしまうだなんて、もしトラウマになっちゃったら…
ふと返り血で汚れた右手が目につく。
月明かりに照らされると、どれほど自分が汚れているのか嫌でもよくわかる。
破れてこそいないが、まるであの時と同じだ。
彼と出会ったあの夜と───
「テスさん」
「…ノイ、さん」
いつの間にか、彼が横に立っていた。
声をかけられるまで全く気付けなくて、驚きから少し身体が強張る。
「なんで、ここに」
「スミマセン。実は全て見ていたのですが、助けに入れなくて…警察に知らせることしか出来ませんデシタ」
「見て…じゃあ坊ちゃんとマシューさんは、どうなった?」
「あれからすぐに保護されて無事ですよ、マシューさんの傷も深くないそうです。逃げた連中ももう逮捕されマシタ」
「ごめん、ありがとう。助かった」
「イエ…」
とりあえず2人とも命に別状無いようでホッとした。
ただそれと同時に、腹の底からいろんな感情がギュッと塊になって湧き上がってくる。
「私が何をやったのかも、見てた?」
「ッ!」
「いやごめん、怖かったでしょ。私もビビった」
「テスさん」
「本当に初めてなんだよこんなこと、頭がパァンってなって、色々抑えきれなくなって」
「テスさん!」
「こんなに…自分が危険な奴だなんて知らなかった、あそこまでしなくて良かったはずなのに、私っ」
「違います!貴女は悪くないんです!!悪いのはボクなんです!!」
私の両肩に手を置いて、苦しげに俯いて彼はそう叫んだ。
「なっ何言ってんの悪いだなんて、ちゃんと警察呼んでくれてたじゃん」
「最初から話しておくべきでした…それなのにボクは自分の都合ばかり優先させて、結果貴女を傷付けてしまった」
「え、どういうこと?」
「テスさん。今から話すことを、どうか落ち着いて聞いてください」
そのまま顔を上げ、真剣な眼差しで私を見つめる…その瞳の色は、青紫から氷塊のようなアイスブルーへと変わる。
可愛くて子供っぽいと思っていた彼の雰囲気が一変して、鋭く凍てつくような雰囲気になった。
「貴方はもう、人間ではありません。ボク達【真祖】に従属する存在【眷属】として生まれ変わったんです」
……何かサラッと凄いことを言われたが、初めて聞く用語のせいで全くピンと来ない。
「し、しんそ?けんぞく⁇」
「ボクを助けて瀕死の状態になった貴方を生かすには、どうしてもそうするしかありませんでした。ただ眷属についての資料は今のところボク達【魔人族】の間ではもうほとんど残っていなくて」
「魔神…いや、魔人か」
「眷属化した人間があそこまで強くなれるだなんてまるで予想してませんでした。だから元の生活に戻ったとしても支障は無いだろうと判断して…」
「ちょっちょい待って」
「はい?」
多分だけど、話が私の理解を超えた分野に恐ろしく広がっていっている。
一度自分の言葉でまとめたい。
「その、ようするに魔人族の 真祖のノイさんが 私を助けるために 人間の状態から めちゃくちゃ強い眷属ってやつに 私を変えて」
「はい、あってますよ」
「だけどそのことを 私が知らずに帰っちゃったから 手加減せずに暴れて 今 こうなってるってこと?」
「そうで…いえ、私が知らずに〜をボクが教えなかったせいで〜に変えてください。ボクの責任です」
「あ、OKOK…」
もう人間じゃない、人間じゃない、か
「うわっやっぱり!!なんかそんな気はしてた、えええ私これからどうすれば」
「そのことなんですが、責任を取るという意味でも…」
両手で頭を抱えて吼える私に、ノイたんは静かに右手を取って跪いた。
なんだろう。何か既視感があるポーズだ。
確か、ロマンス系の小説の押し絵にあったような。
「テスさん……貴女が目を覚ました時から心に決めていました。どうか、ボクのお嫁さんになってください‼︎」
「おっ」
およめ
OYOME
お嫁…さん
ふと、先輩の言葉が脳裏に浮かぶ。
『人生いつ出会いと告白のチャンスがあるかわからないんだから』




