④.好きだ
伶緒はあの日、夜勤で職場の休憩室で仮眠をとるため横になり目をとじた。
すると少ししてから走馬灯のように自身の人生があっという間に過ぎていく光景が頭の中に浮かび、終わった瞬間に目を開けると知らない男になっていた。
伶緒には何がなんだか分からなかった。
突然自分の人生が幕を引き、気付くと知らない世界で誰かも分からない人物になっていたからだ。
しばらくしてから自分はこの世界に転生し、この身体に憑依したんだと気付いた。
とりあずこの身体が覚えている記憶を頼りに騎士として過ごした。
数日後、フレデリカという侯爵家の令嬢が会いに来ていると言われ騎士団の応接室に行くと、彼女はかつて心から愛した女性である凛香とよく似た雰囲気だった。
真っ直ぐに自身を見つめてくる眼差しに伶緒は思わず「…凛香」と言ってしまい『しまった!あの凛香でもないのに何言ってんだ!』と思い変なことを言ったと謝ろとした時、目の前の彼女は笑顔になった。
「どうして私だって分かったの?伶緒」と微笑んで言われ、伶緒は驚いて聞き返した。
「まさか本当に凛香なのか?」
「そうだよ。ごめんね、どうやら私が伶緒まで巻き込んじゃったみたいなの」
「どういうことだ?」
* ✦ * ✦ *
伶緒が憑依したのは『レオポルド・クラテス』という騎士。
彼は幼くして両親を亡くし伯爵位を継ぐが、幼いレオポルドに領地経営は無理だと判断され領地は国に返納される。
一見怖そうに見えるが性格は誠実。
優しく綺麗なフレデリカに恋心を抱き、いずれ王太子妃となる彼女をそばで見守るため騎士になる。
フレデリカは花の乙女だと信じて疑わず、彼女を一途に想っていた。
✦ * ✦ * ✦
凛香はこれまでの経緯を伶緒に話した。
「なら俺が凛香の知る俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ?」
「その時はその時で世間話でもして帰ろうかなって。でも何でか分かんないけれど私の知ってる伶緒だって自信があったの。きっと伶緒もここに来てる、だから探して会いに行かなきゃって」
「そうか」
2人はソファーの方へ移動し隣同士に座り、伶緒は凛香の話を聞き終わると彼女を自身へそっと抱き寄せた。
伶緒はこれまでの経緯を聞き心優しい凛香にフレデリカという少女が共鳴し、自分達をこの世界へ呼んだんだと思った。
「本当にごめんね、伶緒までここに連れてきちゃって」
「気にすんな、お前がいる所が俺の居場所だ」
そう話すと伶緒は凛香の目を見ながら言った。
「で、これからどうすんだ?その王太子とはいつ別れるんだ?」
「また前の時みたいに一緒にいてくれるの?」
「当たり前だろ、凛香もそのつもりでここに来たんだろ?」
「伶緒は全部お見通しなんだね」
凛香はこれからの計画(今後の展開でフレデリカは国外追放になる)を話し、自分はそうなるために悪役として徹すると宣言。
だが嫌がらせのような姑息なことはしないと話した。
それを聞いた伶緒は自分も一緒に国外へ行くと言い、2人はそこで新たな生活をすることにし、だがひとまずはこれまで通り友人を装うことにした。
「凛香にへんな噂ついたら困るからな、王太子とケリつけるまでは俺も我慢する」
「ありがとう」
すると突然、顔を近づけてきた伶緒の胸を凛香は両手で押さえた。
「我慢するって今言ったよね?」
「2人きりなんだから今はいいだろ」
「まだダメ」
そう答えた凛香はソファーから立ち上がるとドアの方へ向かって歩き出した。
それを見た伶緒は自分も立ち上がり離れて行く凛香を追いかけ手を掴んだ。
手を掴まれた凛香は伶緒の方へ身体を向けると「私達ここでは友達って設定なんだからね。分かってる?」と伶緒に尋ねた。
「キスくらいしたっていいだろ」
「だから友達はキスしないでしょ」
「たくっ」
そう答えると伶緒は目の前の凛香を抱き締めた。
「何かあったら俺にすぐ言うんだぞ?例え悪役でもお前が傷付く姿は見たくない」
「分かった、必ず伶緒に報告する。でもそれは伶緒もだよ?」
「あぁ、分かった」
そう言って伶緒は自身を心配してくれる凛香の髪にキスをした。
「凛香のかわりに俺が悪役になってやろうか?」と抱き締めていた手を緩め彼女と目を合わせながら伶緒が聞くと「そしたら話が変わっちゃって、私達が別人だってエマに気付かれるかもしれないでしょ」と凛香は答えた。
「そうか、だが無理はするなよ」
「分かってる、ありがと」
その後、見送ると言って馬車のところまで着いてきた伶緒はこのまま凛香と離れたくないと思い、とっさに「食事でも行かないか?」と誘い引き止めようとした。
だが凛香は数日ぶりに家に帰ってくる義父と話をしたいと思っていたため、伶緒の誘いを断り馬車に乗り込んだ。
伶緒は切なげに凛香の乗った馬車の後ろ姿を見つめていた。
* ✦ * ✦ *
翌日、再びカルロスから登城しろと言われた凛香が城へ向かうと、既に来ていたエマと部屋の中でイチャつき何と2人はキスまでしていた。
この現場を見せれば流石に取り乱すだろうと思ったようだ。
だがフレデリカは既に違う人物と入れ替わっていたため、冷ややかに2人を見つめるだけだった。
わざと音を立ててエマとキスをしながら横目でフレデリカを見たカルロスは、ただこちらを黙って見つめる冷たい視線に困惑していた。
思わず「何も言わないのか?」とフレデリカに声をかけた。
「何か言ってほしいのですか?」そう凛香は冷静に答えた。
どうやらカルロスは前日にフレデリカがレオポルドと会っていたと報告を受け、そのことをよく思わなかったため彼女を嫉妬させようと企んでいたようだ。
そうカルロスはフレデリカをただ困らせ、その反応を見たかっただけなのだ。
「やはりフレデリカは、カルロス様を好いていないのですよ」
沈黙しながら見つめ合う2人に、エマはそうカルロスに話しかけた。
「そのようだな」とカルロスはぶっきらぼうに答え、エマの方に向き直った。
それを見た凛香は何故か胸の奥が『チクッ』となったのを感じた。
それはこの身体の持ち主であるフレデリカの心の痛みだった。
『貴方はいつもこんなふうに感じていたのね』と凛香は胸に手を当てて思った。
その後すぐに寂しげに後ろを向き、部屋を出て行ったフレデリカの姿を見たエマは『いい気味、人の者を奪うって最高!』だと思い、微笑んでいた。
家に帰った凛香は義父に無視をされていた。
王太子との婚約について話したいと思っていたにも関わらず、義父はフレデリカの話に一切耳を傾けなかった。
『昨日も今日も避けられるなんて』
そう思い諦めて自身の部屋に入ると、窓ガラスを白い鳩がクチバシで叩いていた。
凛香は急いで窓を開けると、鳩の片足に紙のようなものが括りつけてあるのを見つける。
その小さな紙を凛香が取ると、白い鳩はすぐに何処かへと飛んでいってしまった。
鳩を見送ったあと小さな紙を広げると中には “昨日伝えるの忘れてた。俺は凛香が好きだ。それだけ言いたかった。伶緒” と手書きで短く日本語で書かれていた。(この国は元いた世界とは原語が違うため、日本語なら凛香しか分からないと思って書いた)
それを読んだ凛香は思わず胸にその紙を当てると涙が溢れた。
その涙は凛香自身なのかそれともフレデリカの涙なのかは分からなかったが『好きだ』というたった3文字の言葉に凛香は涙が止まらなくなった。
誰かに好きだと言ってもらえることが、こんなに嬉しいことなんだと改めて思えた。
一通り泣いた所で涙を拭い後ろを振り返ろうとした時、不意に開いていた窓枠に人影が現れた。
凛香は驚いてその者を確認すると何と現れたのは伶緒だった。
急な事で驚いて声が出なくなった凛香を他所に伶緒は「やっぱ凛香に会いたくて来た」と言いながら彼女のそばへと近寄りすぐに頬に触れた。
「こんなとこに突っ立ってどうした?」
窓際に立ったまま潤んだ瞳をしていた凛香の手元には先ほど自身が白い鳩に持たせた紙があった。
「まさかそれ読んで泣いてたのか?」
「うん、嬉しくて」
「全く」
そう呟いた伶緒は目の前の凛香をそっと抱き寄せた。




