⑤.本物の聖女
レオンハルトの継母である皇妃は、宮殿にやってきたリアーナの部屋に今まで女性に興味を示さなかったはずのレオンハルトが頻繁に出入りしてると聞き、このままでは自分の立場が危うくなると思った。
そこでピオネアを宮殿に呼び、聖女特有とされる治癒能力の訓練をさせていた成果をここで見せるようにと言った。
そう皇妃はピオネアに近付き治癒魔法を訓練させていたのだ。
皇妃の前で治癒魔法を披露したピオネアは大幅に能力が向上していた。
皇妃は彼女が使えると判断し、ピオネアの後ろ盾となり皇太子妃になれるよう後押しすることをその場で約束。
その代わり隣国から来た聖女リアーナを徹底的に潰せとピオネアに命令した。
「いい?私も手伝うから必ず潰しなさい。分かったわね?」
「はい、全力で潰します。皇妃様」
2人は悪い顔をしながら微笑みリアーナを排除する作戦を話し合った。
そして皇妃は手始めに『ここにお前の居場所はない』と分からせるため、自身の侍女にリアーナの部屋を荒らさせたのだ。
* ✦ * ✦ *
数日後、宮殿の広間で聖女リアーナのお披露目と皇太子レオンハルトとの婚約披露を兼ねた宴が開かれた。
実はレオンハルトはその日に間に合わせるため急いでリアーナへの婚約指輪を用意していた。
レオンハルトは広間へ入るなり大勢の招待客達の前で、そばにいたリアーナの目の前で膝をついた。
突然皇太子が跪いたことでその場にいた全員が驚いた様子で見守る中、レオンハルトはリアーナの左手を取った。
そしてやっと完成した婚約指輪をレオンハルトはポケットから取り出すと、リアーナの左手薬指にはめた。
それは真ん中に大きなピンクサファイアがありその周りをブルーサファイアが囲みまるで『サファイアの花』のような指輪だった。
「これから先、俺と一緒にいてほしい、愛してる」
とリアーナの目を見つめて告白(プロポーズ)した。
それを聞いたリアーナは驚きながらも「よろしくお願いします」と返すと、レオンハルトは立ち上がり2人は手を取り合って微笑みあった。
これは大勢の前で自分とリアーナの仲の良さをアピールし、ここにいる貴族達を皇妃側につかせないためにレオンハルトが自ら考えたことだった。
(ちなみに『長い言葉は始めから用意してたみたいで嘘ぽい、短い言葉の方がその場で考えたみたいで本物に聞こえる』とレオンハルトは思い告白の言葉を短くした)
レオンハルトはとっくにリアーナの部屋を荒らした犯人が誰なのか分かっていた。
そんな中、皇太子の公開プロポーズの成功を見せられた人々は「おめでとうございます」と祝福を述べ、2人に拍手を送り広間は温かい空気に包まれた。
だがそんな雰囲気を壊すようにピオネアが少し前へと出ると声を張り上げた。
自分こそが本物の聖女であり、レオンハルトの婚約者も自分だと言い張りリアーナを偽物呼ばわりしたのだ。
ピオネアは皇妃の後ろ盾を得たことでかなり強気になっていた。
帝国の人間じゃない者が婚約者に選ばれるなんておかしい、この女を信用してはいけない皆騙されている、自分こそが皇太子の婚約者に相応しいと言って楯突き、その場での治癒魔法の対決をリアーナに申し込んだ。
陛下は今日の余興にうってつけだと言ってピオネアとリアーナの聖女の座、そしてレオンハルトの婚約者を賭けた対決を喜んで許可した。
レオンハルトはすぐにリアーナの意見も聞かず勝手に許可した陛下に文句を言った。
それを聞いた陛下は「そうだな、なら意見を聞こう」と言って陛下はリアーナの方を向いたが、既に広間は面白そうだと盛り上がり彼女が断れる雰囲気ではなかった。
それを察したリアーナは空気を読みピオネアとの治癒魔法の対決を受け入れた。
レオンハルトは小声でそばにいたリアーナに「父さんがすまない」と言って謝ったが、リアーナは「レオのためにも私が勝つから心配しないで」と小声で返した。
「あぁ、リナなら勝てる。俺の聖女はお前だけだ」そう言ってリアーナの頬を片手で撫でた。
『あれからたくさん練習して治癒の力も前よりだいぶ上達したわ、絶対私が勝つに決まってるわ。だからその場所は私のものよ、返してもらうわ』
とピオネアは皇太子レオンハルトの隣に立つリアーナを見ながら意気込んだ。
すると広間には怪我を負った男性が2人現れた。
この2人は今日ここへ招待されていた貴族と、その乗っていた馬車を操縦していた御者だった。
宮殿に着く前に馬が暴れて馬車が横転し2人は怪我をし、共に腕を骨折し処置を施されていた。
騎士は連れてきた怪我人を広間の真ん中でそれそれ椅子に座らせると、皆に見えるよう巻かれていた包帯を解き腕に残る生々しい傷口をさらした。
ピオネアはすぐに貴族の男性のそばへと向かい腰を曲げて「大変でしたね」と話しかけた。
それを見たリアーナも怪我をした御者のそばに行き、屈んで目線を合わせた。
「怪我をしたのは腕だけではないようですね」
そうリアーナに声をかけられた御者の男は驚いたように彼女に言った。
「そ、そうなんだよ。何だか今になって足も痛みだしてきたんだ」
「怪我はあとから痛むこともあるんです」
その話をそばで聞いていたピオネアは『腕だけじゃなく足まで治療するなんて時間かかるじゃない。今日中に終わるの?ふふっ、こっちで良かったわ。さっさと治してこの人に恩を売らなくちゃ』
そう考え心の中でリアーナを馬鹿にした瞬間、周囲から歓声があがった。
何が起こったのかと思いピオネアが慌てて隣を見ると、怪我を負っていたはずの御者が座っていた椅子から立ち上がり、笑顔で目の前のリアーナの手を取っていた。
「はぁ?」思わずそう声を漏らすと「君、早く治してくれないか」と怪我をした貴族の男が少し怒った口調で言ってきた。
その言葉にピオネアは我に返り、慌てて両手をかざし男性の腕に治癒魔法をかけた。
『いったいどういうこと?!まさかもう治したの?腕と足の両方を?嘘よ!そんなはずないわよ!』
と思いながらピオネアは焦った様子で必死に魔法をかけ続けた。
「やはり本物の聖女様はリアーナ様だな」
「それに比べて向こうは全然治ってないな」
「あんなに啖呵を切っといて、まさか治せないのかしら」
と見ていた者たちは騒ぎ出していた。
ピオネアの治療魔法は少しずつ治すのに対し、リアーナの治癒魔法の速さは桁違いだった。
能力が多少向上した所でリアーナの治癒魔法にピオネアは初めから足元にも及ばなかったのだ。
レオンハルトは『この程度でリナに挑んだのかよ』と嘲笑った。
目の前で聖女リアーナの能力を見せつけられた皇妃は顔面蒼白になっていた。
だが何かに気付いたのか、自分は知らないふりをしようと元の平然とした顔に戻した。
しかし陛下はそんな皇妃を横目でじっと見つめていた。
すると陛下は皇妃にこの余興を企てたのはお前ではないのかと、皆の前で問いただした。
「お前があの聖女候補だった娘を最近頻繁に宮殿に呼びつけ会っていたことは分かっている。それを咎めるつもりはないが、2人でこの計画を話し合っていたのではないか?それから聖女リアーナの部屋が荒らされた件レオンの調べではお前が侍女にさせたと報告があった。まさか隣国から来たばかりの者をお前はそうやって労うのか?どうせ私が決めたことが気に食わないから、こんなことをしたのだろう?」
そう陛下は話すと何も言わない皇妃に向かってため息をついた。
「もうよい、お前には愛想が尽きた。今すぐここから出ていけ」と冷たくあしらい、それを聞いた皇妃はその場から逃げるように立ち去り、後日皇妃は宮殿から姿を消した。
どうやら皇妃には元々別の婚約者がいたそうだ。
しかし親の勝手な都合で2人の婚約は解消され、彼女は皇帝(まだ皇太子だった頃)と嫌々結婚させられてしまった。
それゆえ皇妃は夫となった皇帝と距離を縮め歩み寄ることをしなかった。
いつも怖い顔の皇妃に陛下も歩み寄ることをせず、そんな彼女よりも優しくそばに寄り添い気遣ってくれる使用人の女性(レオンハルトの母)の方に陛下は惹かれてしまったのだ。
陛下は国のために臣下の勧める高位貴族の娘と結婚をしただけで、皇妃に婚約者がいたことを知らなかったし彼女が特別嫌いでもなかった。
本当は互いに意地を張っていただけなのだ。
しかしこのまま陛下と溝が埋まらないまま宮殿にいても皇妃は幸せにはならなかったため、宮殿から追い出され人生をやり直せることの方が彼女にとっては良かったのかもしれない。
『この程度で引き下がるのかよ、詰めが甘すぎる。だが今後リナに危害でもくわえてたらシャレにならなかった』
そうレオンハルトは皇妃にたいして思った。
偉いからといって昔から何でも勝手に決める陛下がレオンハルトは嫌いだったが、結果的に愛しく思えるリアーナと出会え、そして今日リアーナは聖女としての実力を皆の前で披露し見せつけることが出来た。
邪魔な皇妃も宮殿から追い出せレオンハルトは少しだけ父を見直していた。
今回の件は全てレオンハルトとリアーナの評判が上がる結果となった。
* ✦ * ✦ *
『マグナス』はかつて帝国の公爵家の一つだった。
帝国でもかなりの権力を有し何代も続く家柄だった。
しかしある日、反逆の疑いがかけられ証拠の書類もあったため一族は歴史から葬られた。
だがその後あまりにも簡単に証拠が見つかったのが不自然だとの声が上がり、改めて捜査が行われるとマグナス公爵家を妬んだ者の犯行だったことが分かり、証拠の書類も捏造だったことが判明。
マグナス公爵家は悲劇の一族として帝国では今でも語り継がれていた。
その最中に行方が分からなくなった公女とその乳母がいた。
彼女は陛下がまだ幼い頃の婚約者だった。
陛下は幼いながらも可愛くて優しい彼女のことがとても好きだった。
時が経ち陛下は隣国の聖女リアーナの素性を調べさせ、かつて婚約者だった彼女と同じ名字の娼婦の子だったことに気付いてはいたが偶然だろうと考えた。
そして初めてレオンハルトと共に挨拶に来たリアーナの顔を見て陛下は彼女の娘だと確信した。
それは彼女とリアーナが同じ瞳をしていたからだった。
後日リアーナとレオンハルトは陛下からその話を聞かされていた。
何処か別の誰かからこの話を聞くより、直接自分から話をした方がいいと思ったからだと語った。
そして彼女の婚約者として何も出来ず守れなかったことをリアーナに謝罪した。
リアーナは神殿で公爵である父と数年前に初めて一度だけ会い、母のことを聞かされていた。
「どこの国かは最後まで教えてくれなかったが、家は元貴族で私以外みんな殺されたと。一緒に逃げてきた乳母が亡くなってから娼婦として働き、生きるために必死でここまできたと語っていたと聞きました」と話した。
話が終わりリアーナ達が部屋を出ると陛下は思った。
『真っ直ぐなあの瞳をまた見ることが出来るとは思わなかった。あのまま私と彼女が結婚していたら、あの子が生まれていたのだろうか』
そして既に亡くなってしまった彼女のためにもレオンハルトの伴侶として現れた娘のリアーナを、自分がこれから出来る限り見守っていこうと心に決めていた。




