コミュ障の美少女二人を救ってみたら彼女達から激重感情を向けられるようになったんだが 〜コミュ難な私達でも愛してくれますか〜
事実は小説よりも奇なり。よく言う言葉だ。
仮に篠宮湊斗の人生が一生に渡る物語だったとして、しかもラノベだったとして。
──春の訪れを五感で感じる。
桜が舞い散り、穏やかな風が吹き、空は青々と、雀の儚く鳴いている。
湊斗は登下校路とは違う道路を歩いていた。
黒いアスファルトの上、白い車線境界の内側で通りの美しい眺めを見ていた。
そして、目的地に着く。真新しい一軒家だった。
「よし、行くか」
インターホンを押して中に入れてもらう。出迎えてくれたのは30代ぐらいの若々しい女性だった。二階に登って、突き当たりを右に二個目の部屋にノックする。
「静乃さん、湊斗です。一緒に学校に行きまし──」
「嫌」
──この物語がラブコメだとして、一つ問題があるとすれば。
「……即答」
不登校児が登場拒否していることだろうか。
「……頑固になってないで、行きま──」
「帰って」
「あの」
「帰って」
「…………」
湊斗は静乃の答えに嘆息した。
月島静乃、現在不登校を敢行している高校二年生だ。
春の訪れが久しい現在においては、もうすぐ五月に差し掛かる。もう少しもすれば一学期の期末テストが待っている。よしんば不登校は良いとしよう。しかし、勉強をしないというのは彼女の人生において致命的なハンデになりかねない。しかし、当人がこの調子ではどうしようもなかった。
「駄目でした……」
「ごめんなさいね、いつもいつも」
目の前にいるのは月島恵子。人妻という肩書きをフル活用したような妖艶さが魅力的な魔性の女性だ。ふっくらとした体つきに、それなりに大きい胸元。勘付かれてはならないので普段から目を見て話すよう意識しているが、正直ずっとガン見したい。
彼女はいつも申し訳なさそうに豊かなまつ毛を下げて謝ってくる。こちらとしても申し訳なるぐらいの謝罪のしようなので、返す言葉に困るのだ。
「お茶でも飲んで行って」
「お構いなく」
「そーお?」
こてんと首を傾げる。可愛い。三〇代とは思えないほどだ。旦那さんが羨ましい。
「それじゃあ、この辺で失礼します」
「ありがとうね、いつもいつも」
「先生の言いつけですから」
帰宅する。
湊斗が月島邸に通い出したのはごく最近のことだ。二年生に上がって間もない頃に、学級委員長になった彼に担任が相談を持ちかけた。曰く、登校拒否をしている生徒がいるという。その彼女を説得して学校に連れてきてほしいとのこと。
そういうのは担任の仕事かと思われたが、大人が行っては逆効果だという判断らしい。そんなわけで面倒な役回りが湊斗に回ってきたという。
しかし、湊斗はこれを億劫だとは思っていなかった。生来の真面目な気質と理性的な性格が相まって、使命感の豊富な彼は自分の役回りをこなすことになんら疑問を感じていなかったのである。
だからこそ、考える。一体どうしたら、あの頑なな引きこもり女を説得できるのだろうか。
これまでの結果から数打ちゃ当たる戦法は駄目だと判断される。というか、逆効果っぽい。となれば、何か別のアプローチを考えねばならない。しかし、愚直な湊斗にはそれが思いつかない。
「……何だろう」
結局、その晩は何も思いつかず、勉強をして十時半には床に就いた。
◇
翌日、湊斗は学校に登校する。
教室で次の授業の準備をし、何となく空を見上げていると、後ろから肩を組んでくる人物が一人。
「何してんだ?」
井上拓人、篠宮湊斗にとって無二の親友だ。
「空なんか見上げちゃって、恋煩いかよ」
「今ちょっと悩み事しててな」
「お、好きなやつでもできたのか?」
「四捨五入したらそんなものかもしれない」
彼は拓人に事情を説明した。その際に拓人が肩を落としたのは言うまでもない。
「月島静乃ぉ? そういや、そんな奴もいたな」
「一年の時に同じクラスだったのか」
「ああ、女子のグループに混ざらずいつもひとりぼっちで、いつの間にか来なくなった奴だな」
「それは……」
湊斗はなんて言っていいか分からなかった。
「そんな奴に時間割いても無駄だぜ?」
「だが、先生には頼まれた」
「お前は真面目だなぁ……」
はぁ、と拓人は息をつく。そして、後ろの席に座ると身を乗り出して講釈した。
「いいか、まずは友達になるところから始めろ。じゃねえと、聞いてもらえるもんも聞いてもらえねぇ」
「……どうやって友達になるんだ?」
「知らん。自分で考えろ」
「……」
湊斗はその言葉を無責任だとは思わなかった。むしろ実直な答えだと拓人らしさに好感を持つ。
それから授業が始まる。最初の授業は古典だった。
授業が終わると、湊斗は早速女子グループの方に歩いて行った。
「なぁ、今いいか?」
女子たちの視線が湊斗に集まる。
「今、ある女子と友達になりたい。その方法を教えてくれないか?」
湊斗の抽象的な質問に微妙な雰囲気になる。しかし、その場のリーダー格らしき人だけは興味を示していた。
「ふーん、誰?」
「月島静乃、現在不登校の生徒だ」
「なんで?」
「登校するよう説得するためだ」
「なんで?」
「……先生に頼まれたからだ」
湊斗は最後の返答に自信が持てなかった。もしや、気に入らないとして力になってくれないかもしれない。しかし──
「いいよ。分かった。友達になる方法ね」
「本当か!」
「静乃ってあれでしょ? 昨年途中で引きこもったやつ」
「そうだ」
「そんな奴と友達になる方法なんて一つだよ。同じ趣味を共有する」
「……趣味?」
湊斗にとって、それは理外の返事だった。
「そう。どうせアニメとかゲームとかその辺をやってんでしょ。だから、同じ趣味を持ってるぜーって言ったら現れるでしょ」
「そうか……」
「皆はどう?」
リーダーは周りの取り巻きを見る。すると、概ね同じ意見が返ってきた。
「それじゃあ、そういうことで」
「ありがとう、助かった」
「はいはい」
◇
湊斗は早速月島邸へと向かった。そして、今回は静乃を説得するのではなく、恵子に話を聞くことにした。
「趣味?」
「はい。静乃さんはあの部屋で一体何をしているのかと気になりまして」
「んー」
恵子はその言葉にしばらく考えた。そして、出した結論は──
「分からないわ」
「えっ」
「でも、よく『ガーン』とか『ガガガ』みたいな音が聞こえてくるから、何か銃を使うゲームをしているんじゃない?」
「銃を使うゲーム……」
湊斗は困った。いつもゲームをしない彼は思い当たる節がなかったのだ。
とりあえず、今日のところはそのまま解散することになり、すぐに帰宅した。
「──というわけなんだ」
「そりゃあFPSかTPSだよ」
「……FPS?」
湊斗はアルファベットの羅列に疑問を呈した。
恵子の言葉に困った湊斗は、親友の拓人に電話をしたのだ。そして、出された答えが先ほどの。
「それはどういうゲームなんだ?」
「銃で人を倒すゲーム」
「……随分と残虐なゲームをしているんだな」
「そんなもんじゃね?」
少なくとも拓人はゲームへの理解が一定程度あるらしい。ひとまずはその線で捜査するとしよう。
「つっても、どうするんだ? 趣味がわかった程度じゃ、やりようがないだろ」
「今日女子達が教えてくれた。趣味を共有しろと。だから──」
「おいおい、そりゃ無理だろ。お前にゲームの才能なんかねえって」
そうなのだ。以前、拓人とゲームセンターに行った時、湊斗は類稀なる才能のなさを発揮していた。
シューティングゲームをやれば弾は外れ、リズムゲームをやればタイミングを見失い、クレーンゲームに至っては五千円投下して結局収穫はゼロだった。
まさにアナログ人間の篠宮湊斗。だからこそ、拓人は止めたのだが……
「いいや、心配するな。僕はやって見せる」
「……そうかよ」
拓人が電話越しに笑った気がした。
「まあ、頑張れよ。応援してる」
「ありがとう。それじゃ」
電話を切る。こうして、湊斗のTPS修行が始まった。
◇
「……まず、どれを遊べばいいんだ?」
湊斗は翌日の晩、父親から貰ったはいいもののほとんど使ってこなかった埃被りのノートPCを掘り起こしてきて、適当に『FPS ゲーム おすすめ』と検索をかけた。
すると『おすすめゲーム90選』やら『絶対にハマるFPSゲームランキング1位〜100位』など全く絞られていないオススメが出てくる。それに頭を悩ませた。
「……まあ、適当に選べばいいだろう」
その中にあった『GALORANT』をインストールすることにする。
まず目を見張ったのはソフトの容量だ。全体で50GBもあり、PCのゲームはこんなにも容量を食うのかと目を回した。
次にややこしい設定。ソフトを解凍したらそのまま遊べるのではなく、インストーラーを使って本体をインストールしなければならないらしい。
そして、ようやく起動。ここまでに三十分をかけてしまっている。湊斗の生活ルーティンからしてもうすぐ風呂の時間なので早く触りたいところである。
チュートリアルを済ませて、とりあえず戦えそうなモードを選択する。すると、何やらキャラクターを選択する画面が出てきた。
「……全部のキャラは選べないのか?」
とりあえず、カッコ良さそうなキャラを選択する。そして、ゲームが始まった。
「え」
ゲームが開始してしばらく、彼はすぐに倒されてしまった。
接敵してものの数秒、その短い間に彼はダウンしたのだ。その光景に湊斗は固まる。
「……やはり、僕はゲームの才能がないのか?」
◇
それからしばらくは湊斗が静乃の前に現れることはなかった。彼女は一時の安寧を手に入れ、平穏なゲームライフを謳歌していた。
すると、インターホンが鳴る。びくりとすると、彼女は耳を澄ました。
母の声が聞こえてくる。そして、慣れたあの声も。また来たのか。静乃は身構える。
階段を上がってくる音がする。静乃は息を潜めた。しかし、声はしない。いつものノックも今日は響かない。
もしや、諦めたのか? そう思い、ドアに耳を当てると。
「FPSというゲームをやってみたんだ」
何やらいきなり語りかけてくる。何だこいつは。
けれど、静乃はその言葉を無視できなかった。
「やってみたんだが、ゲームがてんで苦手で、何度も何度も倒されるんだ。僕は倒せないのに」
当たり前だ。初心者がいきなり始めたって、すぐに倒せるようになるものでもない。言い草からしてPCのガンシューティングだろう。
「最近になってスキル? を使えるようになったんだが、使い方が駄目らしくてな。「noob」と言われた時には凹んでしまった」
「…………」
静乃は静かに聴いていた。彼の話に何故か惹かれてしまった。
「だけど、やってみて、楽しかったんだ。全然勝てやしない。倒せもしない。それでも、楽しかった」
「…………」
「多分、君もそんな気持ちなんだろう? だから、嫌な現実から目を背けて、ゲームに没頭した……それはきっと悪いことではないんだろう」
何だこいつ。いきなり上から目線で、分かった口を聞いて。
でも、その通りだった。それ以外の何ものでもなかった。
「悪かった。無理矢理連れ出すような真似をして。これ以後一切ここには来ない。先生にも説明しておく。それじゃ──」
「っ」
それは思わずだったのかもしれない。勝手に体が動いたともいうのだろう。だが、それで良かった。それが最善だった。
彼女はその扉を開けた。
◇
そこに現れたのは美少女だった。
整った造形、艶のある長い黒髪、枝毛はあるがサラサラとしていて目を奪われる。胸は控えめだが、それだけに膨らみによる影が奥ゆかしく、安産型のお尻はプリっと魅力的だ。
白雪の積もったような肌を持つ彼女は、パーカーにジャージの短パンという姿で現れた。部屋の中から真冬のような冷気が立ち込める。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あの」
「どうした」
「ひっ……あの、入って」
扉を開けて案内される。湊斗はあまりの寒さに腕を抱えながら部屋に入る。
物が雑多に置かれた場所だ。フィギュアやアニメらしきポスター、プラモデルなどが立ち並んでいる。
そして、静乃はデスクに置いてあったヘッドホンを被るとゲームを再開する。
これはもしかしなくてもゲーム画面を見ろということだろうか。湊斗が横から覗いてみると、そこには──
「うわっ」
ばったばったと敵を撃ち倒していく静乃の姿があった。
「エリア2、敵1、誰か頼む」
静乃が何かを喋っている。ここは邪魔しないように見ておこう。
それからも静乃は多くの試合で勝利を収め、三十分後にヘッドホンを外した。
彼女は気まずそうに湊斗の方に振り向く。独りよがりなことをしてしまったと彼女なりに反省していた。しかし──
「凄いなっ!」
「え」
「凄かった。僕とは段違いだ! 良ければテクニックなどを教えて欲しい!」
「……いいよ」
それは杞憂だった。
静乃が不可侵であるはずの自分の牙城を明け渡すと、湊斗は彼女のアカウントでプレイする。
当然惨敗するが、それを見て静乃は考え込む。
「……ん〜」
「……遠慮なく言ってくれていいぞ。自分でも下手なのは分かっている」
「そうじゃなくて、まずは立ち回りから学んだほうがいいかも」
「立ち回り?」
「うん」
それから静乃は手取り足取り教えていく。
「ここはこの位置から撃つのが強いから、敵がこっちにいそうなときは芋って」
「芋る?」
「ガン待ちってこと」
「了解した」
途中で静乃が実際にプレイして見せ、その度に湊斗は賞賛する。
「凄いな、君は。本当に」
「……そっかな」
「ああ、凄く」
「…………」
楽しい時間はすぐに過ぎていく。そろそろ帰宅の時間となった。
「それじゃあ、僕はこれで」
「あっ……あの」
「何だ?」
真面目な湊斗は真っ直ぐ静乃を見る。目を合わせられない彼女は俯いていた。
「……また、来れる?」
「勿論だ」
こうして二人は友人になった。
◇
天音陽葵は人気者だった。
類稀なる美貌、生来のブロンドにFカップの胸元。男女両方から人気があり、明るく社交的な彼女はクラスの中心に自然となった。
仮に彼女がラブコメのヒロインなら、これ以上の適役はいないだろう。
しかし、問題があるとすれば。
「陽葵さん、おはよう」
「あっ、湊斗くん。おはよ!」
──彼女が今ぼっちだと言うことだろうか。
話は少し前に遡る。
二年生に上がり、クラスが再びシャッフルされた教室では、すでに彼女が話題の中心にいた。
最初の頃は良かったのだが、徐々にボロが出始める。
彼女は快活すぎたのだ。
明るすぎて、お喋りすぎて、呑気で、お気楽で、楽観的で、そんな彼女にみんなついていけなくなった。
次第に彼女の周りからは人が減り始め、減り、減り、減り、最終的に誰もいなくなってしまった。
よしんば、彼女がそれを危機に覚えれば問題はなかったのかもしれない。しかし、彼女はそうじゃなかった。持ち前の明るさから、一人になっても苦痛と思わなかったのだ。
一年生の時は何人か友達がいたという。しかし、今回の場合相性が悪かった。彼女と友達になろうという人はおらず、最終的にぼっちになってしまったというわけだ。
しかし、本人が困っていないのであれば問題ないのではないか?
否だ。困っていようといまいと、今の状況は彼女にとって不健全だ。学級委員長として見過ごすわけにはいかない。
そんなわけで僕は度々彼女とコミュニケーションを取ろうとしている。
「ねえ、湊斗くん」
「なんだ?」
「最近さ、すぐに放課後いなくなるよね」
「ああ、そうだな」
「……また、静乃さんのとこ?」
彼女は上目遣いで、一抹の不安を滲ませた顔で聞いてきた。
「そうなるな」
「……変だよ。放課後に毎日行かないといけないなんて」
「そうか?」
「そうだよ!」
陽葵は珍しく身を乗り出して感情を露わにする。
「そうか」
「……ねえ、今日の放課後さ。一緒に駅前に行かない?」
「…………」
「いっぱい楽しいことがあると思うの。だから……」
「……分かった」
「え」
「確かに、毎日拘束されると言うのは不健全だ。なるほど、盲点だった。謝罪しよう」
「あっ、えっと、そうじゃなくて」
ふるふると彼女は手を振る。
「……駄目って言われるかと思った」
「何故だ?」
「だって、湊斗くん、真面目だから」
「……そうか」
◇
「それじゃ、どこ行こっか?」
学校から駅前まで一緒に移動すると、陽葵は楽しそうな笑みを浮かべて振り向く。
「そうだな、カラオケとかか?」
「え、いきなり?」
「問題があるのか?」
「あるわけじゃないけど……ほら、普通はカフェとか最初に行ってさ」
「じゃあ、そうしよう」
「……うん」
◇
「ここのパンケーキは凄いな」
「でしょ?」
陽葵はニコニコと湊斗が食べる姿を眺める。自分のパンケーキにはまだ一口も手をつけていない。
「ふわふわでとろとろ、それでいてしつこくない……うん、極上だ」
「えへへ、そっか。来て良かったね」
「ああ」
それから二人は多くの場所を巡った。ショッピングモール、映画、カラオケ。
すると、時が経つのは早いもので空も茜色に染まっていく。
「それじゃあ、解散だな」
「…………」
「……送っていこう」
「え」
「何かあると危険だからな。送る」
「いいよ! そんな、全然!」
「駄目だ。学級委員長としてそれは見過ごせない」
「……そっか」
彼女の顔はどこか落胆した様子だった。
「それじゃあね」
「ああ」
辿り着いたのは路地のような通りにあるボロついた一軒家。月島邸とは大違いの場所だ。こんな場所に彼女が住んでいたとは到底信じられない。
「……こんなこともあるもんだな」
湊斗はすぐに帰宅する。
◇
翌日、湊斗は静乃の部屋を訪れた。ノックしてドアを開ける。
「入るぞ」
静乃はいつも通りゲームをしていた。彼女が終わるまで、いつもの定位置で立っている。
すると、試合が終わって画面もロビーに戻っているのに、一向に静乃は振り向こうとしなかった。
流石におかしいと思い、彼女の顔を覗こうとすると。
「どこ、行ってたの」
「え?」
「昨日、どこ行ってたの」
ここで、湊斗はしまったと思った。
そういえば、昨日は行けないことを伝え忘れていた。しかし、恵子と番号も交換していなかったので、連絡する手段もなかっただろう。
申し訳ないと伝えようとしたところで、手を人差し指と親指でつままれる。
「どっかに、行かないで」
「…………」
その時、インターホンが鳴る。
彼女たちが振り向くと、恵子の声が聞こえる。もう一人は──女子の声だ。
湊斗はその声に聞き覚えがあった。
とんとん、と奥ゆかしく階段が鳴る。そして、そこに現れたのは。
「湊斗くん」
どろどろとした目をした、天音陽葵だった。
「湊斗くん、今日も遊ぼ?」
「……湊斗、この女、誰?」
「いや、あのだな」
湊斗は静乃の方を振り返る。彼女の濡れ羽色の目も、今や深淵を覗くようになっている。
湊斗は初めて焦りを覚えた。何となくだが、嫌な予感がする。
「湊斗くん」
「湊斗」
二人の甘い声が耳元から聞こえる。逃げ場は、ない。
「「私たちの、どっちを取るの?」」
「いや、それは……」
これは愛の物語。
コミュニケーションに難を抱えた人たちの現代ドラマ。
コミュ難な私達でも愛してくれますか? 了
感想くれると喜びの舞で雨乞いをします