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第七話 バイオリンの独奏、俺を見ろ!

「喜怒哀楽の激しい曲だからだ。『確かに俺はまだ未熟だが、あなたの目にはこんなにも感情的で幼稚な人間に映るのか』と言って、フランツに楽譜を返した」

 フィリックスの不機嫌な声に、私は思わず脱力して苦笑した。

「マデリーン!」

 彼は怒る。でもフランツも、おそらく苦笑いを浮かべただろう。

「ごめん。あなたは昔から、どんなロマンチックな恋の曲も、『つまらない』『退屈』と評価していたわね」

 フィリックスが好きなのは、かっこよくて力強い曲だ。もしくは、派手で盛り上がる曲。多分、フランツから楽譜をもらったとき、フィリックスはそういう曲を期待したのだろう。それが、この曲では期待外れだ。

「……これは、恋の曲なのか?」

 フィリックスの低い声に、私はどきっとした。肯定するべきかいなか迷ったが、うなずく。フィリックスは黙る。私も口を閉ざした。

「迷惑か?」

 小さく落とされた彼の声に、私は首を振った。

「正直に言うと、とまどっている。私は今まで、おままごとのような恋しかしていなかった。アダンとアドンしか見ていなかった」

 本当に子どもだったのだ。そんな私を、双子は実の妹のように甘やかした。今では、双子の妻たちも私をかわいがってくれる。

「双子と俺では、どちらがバイオリンがうまい?」

 フィリックスの質問に、私は考えた。

「さぁ? 私はあなたの演奏を二年ほど聴いていないし。でも絶対に、二年前よりうまくなっている」

 フィリックスは、フランツの愛弟子だ。彼らは親しく、祖父と孫のようにも見える。

「ただアダンとアドンも、相当な腕前。私はいつか彼らより弾けるようになりたいと思っているけれど、なかなか追いつけない」

 音の正確さでは勝っているとは思うが、バイオリンは正確さのみを追求するものではない。彼らの音色の深さに、まだ子どもの私は嫉妬するばかりだ。

 しばしの沈黙が流れる。静寂をやぶったのは、バイオリンの音だった。私は驚いて振りかえる。私のバイオリンを、フィリックスが弾いていた。

 力強く、りりしく、誇り高く。期待したとおり、二年前よりずっとうまくなっている。音が大きくて、安定感がある。地に足のついた、堅実な演奏。強い音を出しても乱暴さはなく、暖かくて優しい。

 フィリックスの人となりが、そのまま音に現れているのだ。もちろん技量もすばらしい。私は聴きほれた。フィリックスはかっこいい。しかし、なぜ彼が弾いているのかに思いいたった。

「待って! あなたは私がバイオリンの音色や腕前で、男性を選ぶと思っているの?」

 フィリックスは弾くのをやめた。

「そうだ。君はバイオリンを愛している」

 まじめに答える。私はむっとした。人を音楽バカのように言わないでほしい。

「バイオリンは好きだけど、結婚相手を選ぶときは、別の部分も見るわ」

「たとえば?」

 フィリックスは問いかける。

「人格とか相性とか、――楽器は弾けなくてもいいけれど、音楽を聴く耳は持っていてほしいわ。有名な曲ぐらいは、教養として知っていてほしい。でないと、会話すらできない。楽器を手荒に扱う人も嫌だし」

 彼は、あきれた目をした。

「結局、バイオリンじゃないか。『会話すらできないわ』とか、ひどすぎる」

 つまらなさそうに、バイオリンの弦をビーンビーンと指ではじく。私は、むかっときた。

「私は貴族の娘だから、家のことも重視するわ。結婚に関しては、ちゃんと両親と相談する」

 フィリックスはバイオリンを、楽器スタンドに戻した。それから、えらそうに話す。

「君のご両親には、さっき伝えた。君のお父さんは、君の気持ち次第とおっしゃっている。お母さんは『あの子は音楽以外はぼんやりしているから、強引にターヤ王国に連れ帰ってもいいわよ』と笑っていた」

 母親の言い草に、私はぎょっとした。母は海向こうのセヴァーン王国から、このロワール王国に嫁いできた。彼女からすると、ロワール王国と陸続きで隣り合っているターヤ王国は近いものだろう。

「俺と結婚すれば、君はターヤ王国の王都で、――音楽の都で暮らせる。またフランツのもとでバイオリンが学べるし、彼以外にもすばらしい音楽家たちがいる」

 フィリックスは私を説得しだした。

「楽器工房には、腕のいい職人たちがいる。美しい音を出すバイオリンも、いっぱいだ。王都には、伝統のある劇場もある。街のあちこちで、いろいろな人がさまざまな楽器を演奏している」

 彼はだんだんと早口になっていく。声も大きくなっていく。もはやアッチェレランドで、彼の好きなクレッシェンドだ。

「俺の家族も、君と俺が結婚すれば喜ぶ。特に姉さんは大喜びだ。君をかわいがっていたから」

 フィリックスの姉はピアノの名手で、私も彼女が大好きだ。いくどとなく、ピアノとバイオリンで合奏した。そして私は、フィリックスの両親であるターヤ王国の国王夫妻も好きだ。フィリックスのふたりの兄も、優しくて頼もしい。

「俺を選べ、マデリーン。君には、音楽の都がよく似合う」

 最後は力強くゆっくりと、フィリックスはしゃべった。私は彼に流されそうになって、しかし踏みとどまった。

「少しの間、考えさせてほしい。急な話すぎて……」

 気持ちが追いつかない。結婚相手は慎重に選ぶべきだろう。バイオリンを選ぶときみたいに、熟慮しなくてはならない。なのに今、私は冷静ではない。変にどきどきして、フィリックスを見るのが妙にはずかしい。

「分かった。一週間、待つ」

 彼は簡単に了承した。私はほっとする。しかも一週間とは気長だ。彼は青の瞳で、私をじっと見すえた。

「だが俺は、もう君をあきらめるつもりはない。一週間後にまた君の家に来るから、そのときに俺と結婚すると言え。それ以外の返事は認めない」

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