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第六話 ピアノ室にて、楽譜に隠されたメロディ

 ピアノ室で、私はバイオリンパートをピアノで弾いた。次に、ピアノパートの右手のみと左手のみも弾く。最後はピアノパートを、ゆっくりと両手で弾く。私はピアノに向かって座ったままで、じっくりと楽譜を読み返した。

(これは、恋の曲だ)

 この曲は、ピアノの独奏から始まる。無邪気で楽しくて、ごう慢さもあるメロディ。昔、出会ったばかりのころのフィリックスみたいだ。彼はバイオリンのレッスンをまじめに受けず、よくフランツからしかられていた。弓を振りまわして、折ったこともある。

 それが、バイオリンが加わったとたんに変わる。少し大人になって、優しく甘くなる。ピアノとバイオリンは同じメロディを繰り返して、仲よく遊ぶ。

(初恋の喜び、初々しくみずみずしいメロディ)

 しかし突然、破局は訪れる。ピアノは荒れ狂い、バイオリンは悲痛な音色を奏でる。だがやがて、一筋の光が差しこむ。冒険に出かけるような、何かにチャレンジするような曲調に変わる。

 最後は、喜びにあふれた華やかなメロディ。バイオリンは最初と同じ旋律を、よりロマンチックに歌いあげる。幸せな恋人たちを祝福するようなピアノ。左手で弾く低音が優しく響き渡る。

 初恋の人と一度は別れたが、結婚したのだ。終盤のピアノの右手パートが、かなり凝っている。私は、あるフレーズを弾いてみた。

「眠れ、眠れ、まぶたを閉じて」

 セヴァーン王国語で歌う。だいぶアレンジされているが、これはセヴァーン王国の子守唄だ。私の母が、しばしば私に歌ってくれた。

 母はセヴァーン王国で産まれ育ったが、実は私はセヴァーン王国には一度も行ったことがない。セヴァーン王国語も、ほとんどしゃべれない。けれど母が口ずさんだ歌だけは、歌詞もメロディも覚えたのだ。

 私はさらにピアノで、別のフレーズを弾く。これもアレンジされているが、ロワール王国の子守唄だ。父方の祖母が教えてくれた。

 ならば、この部分は……。私は胸をどきどきさせながら、そのフレーズを何度か弾いた。記憶をまさぐる。確か、歌詞はこんな感じだった。

「だが、しかし、お前は幸せな子ども」

 ターヤ王国語で歌う。私にとっては、セヴァーン王国語よりずっと身近で、自信を持って話せる外国語だ。

「星の光がまたたいて、お前は幸せな子ども」

 いきなり続きを歌われて、私は驚いて、そちらを見た。扉のそばに、フィリックスが立っている。彼はうれしそうにほほ笑んで、私を見ていた。

「ターヤ王国の子守歌。よく母と祖母が歌っていたよ。ピアノで弾いたとき、聞き覚えがあるなと感じていたが、……なんだ、赤ちゃんの歌だったのか」

 私は主にフィリックスから、ターヤ王国の歌を教わった。結婚式のシーンでピアノが弾くのは、セヴァーン王国とロワール王国とターヤ王国の子守歌だ。つまり結婚するのは、私とフィリックスだ。

 私は彼を凝視した。彼が今までと、ちがって見える。いや、私は今まで、フィリックスの何も見ていなかった。彼が何を考えているのか、どこを目指しているのか、誰を愛しているのか。私が黙っているので、フィリックスは首をかしげた。それから怒って話す。

「さきに言わせてくれ。俺はノックしてから、部屋に入った。君が楽譜に夢中で、気づかなかっただけだ」

「そ、そうね」

 私は動揺して、楽譜に視線を戻す。フィリックスはピアノに近づいてきた。私の横から、楽譜をのぞきこむ。彼の体が私の体にくっつきそうで、私は彼から思い切り顔をそらした。心臓の音がうるさい。

「子守唄が隠されていたとは、フランツは遊び心があるな」

 フィリックスは笑う。一拍置いてから、ふしぎそうに問いかけた。

「マデリーン、どうしたんだ?」

 私は彼に背中を向けている。なんだかはずかしくて、彼の顔が見れない。私は、少し上ずった声で答えた。

「どうもしないわ。気にしないで。それより、なぜフランツにこの曲はいらないと言ったの?」

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