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第二話 バイオリンの独奏、誇り高く!

 ロワール王国の伯爵である父の仕事の都合で、私は九才から十四才までの五年間を、ターヤ王国で過ごした。父は外交官だ。ターヤ王国では、国の宝とも言われるフランツに、バイオリンを習うことができた。

 「恋の苦しみと愛の喜び」は、そのフランツが作った曲だ。序盤は簡単だが、中盤から一気に難しくなる。四本の弦を押さえる左手の指がいそがしく動き、弓を持つ右腕も激しく動く。

「すごい迫力……」

 近くで聴いていた令嬢のうちのひとりが、小さな声を漏らす。難易度の高い曲をミスなく弾く私を、フィリックスは満足げに見ていた。彼の隣で、ルイーズ王女はくやしそうに歯ぎしりをしている。

 「恋の苦しみと愛の喜び」の中盤は、奏者がみずからの技量を自慢するためにあるかのようだ。自信にあふれ、誇り高い。日々の練習でつちかった、確かな実力を見せつける。しかしじょじょに、ゆったりとした曲に変わる。

 ロマンチックで情感にあふれた旋律。ビブラートをきかせて、あまやかに優しく「愛の喜び」を歌う。さきほど私をバカにした令嬢たちが、うっとりと聴きいっている。

 私は苦笑する。けれどフランツの曲は、人の気持ちを変えてしまうほどにすばらしいのだ。嫌な気持ちを消してくれる、音楽の力。私はすがすがしい心もちになって、たっぷりとリタルダンドをかけて弾き終えた。弓を弦から離す。拍手が私を包んだ。

「トレビアン!」

 フィリックスはうれしそうに、手をたたいている。彼はターヤ王国人だが、ロワール王国語も話せる。私はほほ笑んで、おじぎ(レヴェランス)をした。顔を上げると、ルイーズは笑みを浮かべていたが、その顔は引きつっていた。

「マデリーンは、とてもバイオリンがうまいのね。でも私に内緒にしていたなんて、意地が悪いわ。王女である私に、はじをかかせるつもりだったのかしら」

 ほほほほほ、と笑う。フィリックスは、ただ黙って苦笑した。私も何も言わずに、笑みを保つ。私たちが相手にしなかったことによって、ルイーズはひとりで勝手にはじをかいた。彼女は顔を真っ赤にする。

 フィリックスは、私のそばまでやってきた。彼が手を差し出したので、私はバイオリンと弓を返す。フィリックスはほほ笑む。

「ありがとう、マデリーン。心が洗われるような、すばらしい演奏だった。もしフランツがこの場にいれば、大いに喜んだだろう」

「こちらこそ、ありがとうございます。おほめに預かり、光栄です」

 私もほほ笑んだ。かばってくれて、ありがとう。バイオリンを持ってきてくれて、ありがとう。名誉を挽回する機会をくれてありがとう。フィリックスはルイーズの方を向いて、大きな声でしゃべった。

「ロワール王国は、すばらしい国ですね。小鳥たちはみな、愛らしい」

 ルイーズはきょとんとする。フィリックスの言葉の意図が分からなかったのだろう。彼は、周囲にいる貴族令嬢たちに、ゆっくりと視線をめぐらせた。

「なんて見目麗しいご令嬢方。まるで花園にいるようです。そして美しい金の小鳥は、天上の音楽を奏でる」

 フィリックスは私を、優しいまなざしで見つめる。私は、にこりと笑みを返した。フィリックスはまた、ルイーズの方に顔を向ける。

「あなたは幸福な王女だ。こんなにも素敵な女性たちが周囲にいるのだから」

 ルイーズはとまどった後で、ごまかすように笑いだした。

「まぁ! おほほほほ、そのとおりね」

 おそらく彼女はフィリックスが言ったことを、半分も理解していない。フィリックスは、ルイーズの面目をつぶさずに、さきほど彼女に「騒がしいスズメ」とバカにされた令嬢たちの顔を立てたのだ。そして私のプライドも守った。

 二年前よりずっと大人な対応ができるようになったフィリックスを、私は頼もしく見る。彼は完璧な王子だ。私以外の令嬢たちも、彼を好ましげに見ている。

「私もピアノが弾けますの。この前、友人たちと、……そう、演奏会をしました。曲を弾きましたの、とっても難しい曲を」

 ルイーズは、音楽が得意だとアピールしだした。私はそっと、その場を離れる。今日は、フィリックスと楽しくおしゃべりするのは無理そうだ。

 私の演奏に拍手を送った令嬢たちは、気まずそうに私を見ている。自分たちの手のひら返しをはじているのだろう。私がこの場に留まっても、たがいに楽しくないだけだ。

 私は、会場の出口に向かって歩き出す。フィリックスの少しあせった声が、私の背中をうった。

「マデリーン! 俺は明日、ベルナール侯爵家へ行く」

 私は振りかえる。フィリックスは笑った。

「君も来てほしい。予定が合えば、の話だが」

 うん! また明日、会おうね、と子どもみたいな返事を私はのみこむ。フィリックスの隣で、ルイーズが私をにらんでいる。ほかの女性たちも、うとましそうに私を見ている。私は黙って、フィリックスに向かって頭を下げた。

 城から家まで、馬車に乗って帰る。馬車の中で、私はやっと笑顔になった。明日こそ、二年ぶりにフィリックスに会えそうだ。

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