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第十二話 恩師の邸にて、結婚の報告

 アダンとアドンから聞いた話だが、私の家から城へ戻ったルイーズは、毎日、感情的に周囲に当たり散らしていたらしい。王と王妃も、彼女に手を焼いた。

 しかしそんな王女を、婚約者のアレクサンドが優しく、そして忍耐強くなだめた。ルイーズはわがままな女性だが、彼の愛情の深さに気づかないほど、おろかではなかった。また、我を貫けば貫くほど自分の立場が悪くなると分からないほど、バカでもなかった。

 ルイーズは、打算もあっただろうが、結婚を決意した。肩ひじをはるのをやめた。どなったりさけんだりするのも少なくなった。アレクサンドのそばで、彼女は平穏を手に入れた。

「ルイーズは毎日、穏やかに過ごしているらしい」

「嫌われものの王女は、もはや存在しない。今、城にいるのは、優しい婚約者から愛されている幸福な姫だ」

 双子は、少しあきれたように笑った。けれど彼らは、ルイーズが嫌いではないのだろう。彼女の幸せを喜んでいるのだから。


 八月下旬の夏の終わりごろ、フィリックスは一か月半の滞在を終えて、ターヤ王国へ帰った。私は婚約者として、彼についていった。私たちは、急な話だが、十月中にささやかな結婚式を挙げる予定だ。

「十一月になると、寒いからな」

 フィリックスは言う。結婚式には、私の両親も参列する。父母はそのために、ターヤ王国まで移動しなくてはならない。冬の旅行はしんどいだろう。よって冬が来る前に、結婚式を挙げたいのだ。

 私は、フィリックスの優しさに感謝した。このような気づかいのできる彼と結婚することが、うれしいし誇らしい。ところが、バイオリンの師匠であるフランツの意見はちがった。

「フィリックスは、さっさと結婚したいだけだろう。昔から君は、臆病で慎重なくせにせっかちだ」

 フィリックスはむっとした。同じテーブルで、私はザッハトルテを食べている。濃厚なチョコレートがおいしい。私とフィリックスは、フランツの家に結婚の報告をするために来ているのだ。

「老いさきの短そうなじじいのために、結婚を急いでいるだけだ」

 初老のフランツをちらりと見て、フィリックスはわざと意地悪なことを言う。それから、ことさら優雅に紅茶のカップに口をつけた。しかし、

「痛い!?」

 小さくさけぶ。おそらくテーブルの下で、フランツが足をけったのだろう。昔と変わらない光景に、私はほほ笑んだ。

「ところで君たち、パーティーであの曲を演奏すると聞いたが」

 フランツが問いかけてきた。私とフィリックスは結婚式の後で、城で結婚披露のためのパーティーを開く。そのパーティーで、フランツが作ってくれたバイオリンとピアノの曲を演奏するつもりなのだ。

「はい。だから先生に、曲のタイトルを決めてほしいのです」

 私は、にこっと笑った。フィリックスもうなずく。フランツ作曲、小夜曲セレナーデハ長調の第○○番みたいな呼び方でもいいが、何か素敵な副題がほしい。フランツは満足げにほほ笑んでから、少し考えた。

「若きフィリックスの恋物語。もしくは、バイオリンに夢中な令嬢と初恋をかなえたい王子」

 あまりにもあんまりなタイトルに、私は言葉を失った。一拍おいてから、フィリックスが激怒する。

「却下だ! 改題しろ」

 フランツは両目を丸くする。フィリックスが怒るのは、予想外だったらしい。

「ぴったりだと思うが」

 フランツはうそぶく。私の笑みは引きつった。ぴったりすぎて、やめてほしい。

「愛の旅路はどうですか? いろいろな国の子守唄が出てきて、旅をしているような気分にもなりますし」

 代案を出してみる。

「すばらしいタイトルだ。さすがマデリーン」

 フィリックスは私を援護した。早口で、棒読みだったが。フランツは難しい顔をして、首を振る。

「平凡で安直なタイトルだ」

 私はねばった。

「先生が作られた曲というだけで、十分に非凡ですから。タイトルくらいは普通でいいです」

 フランツは首を縦に振った。納得したらしい。

「うむ。ならば『ピアノとバイオリンのための二重奏――愛の旅路』でいいだろう」

 私とフィリックスは、ほっとした。

「それよりも君たち、曲の仕上がり具合はどうなんだ? パーティーまで、あと一か月ほどしかないだろう」

 フランツは心配そうだ。フィリックスは不機嫌になる。

「結婚式やパーティーの準備でいそがしい中、一日に一回はマデリーンと合わせている」

 私は同意する。私とフィリックスは多忙だ。結婚式で着るドレスの準備、パーティーの招待状作り、そして料理のメニューの確認などなど。いそがしさに負けたのか、フィリックスは文句を言い始めた。

「あの曲、難しすぎないか? 特に中盤が。十六分音符と三十二分音符で走り抜けて、二拍三連が続いて、……とにかく凝っている。終盤のピアノの右手も、予想外の動きが多いから弾きづらい」

「昨日なんて、ピアノとバイオリンが完全にずれたもんね。あれは絶対、フィリックスのせいよ」

 私は笑った。合奏のタイミングが中盤以降どんどんとずれていき、終盤では挽回は不可能だった。フィリックスも、はははと笑い声を立てる。

「君だって、転調の後で音がおかしかったぞ。ピアノと合っていなかった。四分の一音ぐらい低かった」

「失礼ね! そんなに、くるっていなかったわ」

 私とフィリックスは、きゃっきゃとじゃれあう。フランツは紅茶を飲みほした。

「君たち、結婚を控えて浮かれていないか? 気がゆるみきっている」

 彼の低い声に、私とフィリックスはどきりとした。フランツは静かに怒っている。

「私の弟子である君たちが、私の作った曲を初演で弾くと分かっているかい?」

 『初演』を特に強調する。初演は、曲の評価や印象を決める大事なものだ。しかも演奏するのは、作曲家本人の弟子たちだ。フランツの思い描くイメージどおりの演奏を、周囲は期待するだろう。

「分かっているさ。光栄だとも思っている。ただ劇場で演奏するのではなく、単なるパーティーの余興だし」

 フィリックスは、フランツをなだめる。私も首を縦に振った。今回はあくまで、おもてなしの一環である。演奏を聴くのも、家族や友人たちだ。評論家や音楽家たちが集まるわけではない。

「私たちの気持ちが伝わる演奏ができたらいいと思っています。親に対する感謝の想いとか、音楽を愛する心とか」

 私は、にこにこと笑う。するとフランツは鼻さきで笑った。

「楽譜どおりに弾くことさえできないのに、気持ちが伝わる? はやくケーキを食べ終えて、お茶を飲みほしたまえ。私が、つきっきりで指導しよう」

 岩のようにかたい恩師の言葉に、私は震えあがった。大あわてで、皿に残っているザッハトルテを口に含む。私を横目で見て、フィリックスは困っている。

「俺たちは結婚の報告をしに来ただけで、レッスンを受けに来たわけではない」

 彼はまだ抵抗を続けるようだ。

「ではなぜ、ふたりともバイオリンを持ってきているんだ?」

 フランツは問いかける。フィリックスは、気まずく沈黙した。確かに私たちはバイオリンを持って、フランツの家に来た。私は、ごくごくと紅茶を飲む。

「それはいつものくせで、うっかり……。特に何も考えていなかったというか」

 フィリックスは情けなく言う。その後で、あぁ、もう! とさけぶ。そして、がぶりと一口で紅茶を飲みきった。

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