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第一話 ロワール王国王城にて、ままならない再会

「マデリーン。俺の小鳥。会うのは二年ぶりだ」

 フィリックス王子が私に優しくほほ笑み、バイオリンを差し出した。

「さぁ、弾いてくれ。君は、わがターヤ王国の宝、フランツの愛弟子だろう?」

 大陸一のバイオリン奏者とも言われるフランツの名前に、パーティー会場にいる女性たちはざわめいた。フランツの名前を出されると、下手な演奏はできない。恩師の顔にどろを塗ることになる。私はフィリックスから、バイオリンを受け取った。

 楽器を構えて、周囲を見る。さっきまでと、誰もが私を見る目がちがった。もう誰も私をバカにできない。笑うことも許されない。私はバイオリンの弦に弓をこすり合わせて、弾き始めた。


 隣国のフィリックス王子が今、私、――マデリーンの国にいるらしい。フィリックスは私にとって大切な友人であり、バイオリンの兄弟子でもある。

(彼が王都の城に滞在している間に、なんとかして会いたい)

 私は二年前まで父母とともに、陸続きで隣接するターヤ王国に滞在していた。そこで、フィリックスと知り合ったのだ。ともにバイオリンを弾いたり、たがいの国の歌を歌ったりした。

 けれど、なかなかフィリックスと会う機会がない。だから私は、ルイーズ王女からのパーティーの招待状に喜んだ。ルイーズは、私の国であるロワール王国の王族だ。だが私は彼女に会ったことはない。

 しかし城で行われるバーティーに行けば、二年ぶりにフィリックスに会える。招待状には、彼が参加すると書かれていたのだ。私はうきうきと城へ行き、予想外の事態にびっくりした。

「フィリックス様、わが国の劇場へは行かれましたか? 私は先週、はやりの歌劇を観てきましたわ」

「ターヤ王国の王都は、音楽の都と呼ばれるのですね。広場では、絶えず誰かが楽器を演奏しているとか。ぜひ行ってみたいです」

「フィリックス様もバイオリンを弾かれると聞きました。しかも、あの有名な音楽家フランツに習っていると」

 パーティー会場には、ロワール王国の貴族令嬢たちがたくさんいて、彼を取り囲んでいたのだ。フィリックスは社交的な笑みを浮かべて、彼女たちの相手をしていた。

 令嬢たちの壁が厚くて、私はフィリックスに近づけない。彼の方も私に気づいたようだが、私の方へは行けない様子だった。

 こげ茶色の短い髪、青色の瞳。今は困った表情をしている、せいかんな顔だち。昔より背が高くなっているし、声も低いバリトンだ。彼は今、十八才だ。私も十六才になっている。

 私がフィリックスの周囲をうろうろしていると、わざとなのか偶然なのか、誰かが背後からぶつかってきた。私は驚いて振りかえる。そこにいたのは、栗色の巻き毛の女性だった。誰? と思っていると、彼女は、音の高い甘えた声を出した。

「フィリックス。バイオリンを持ってきたわ。私のために弾いてくれる?」

 こびた笑みを見せる。彼女はバイオリンと弓を、両手に持っていた。フィリックスは私を、心配そうに見る。それから不快そうにまゆねを寄せて、栗色の髪の女性を見た。一瞬、迷った後で、愛想笑いを浮かべる。

「ルイーズ王女。ロワール王国とターヤ王国の末長い友好を願って、演奏しましょう」

「うれしいわ。ロマンチックな恋の曲を弾いてちょうだい」

 この方がルイーズ王女か、と私は納得する。あまりいいうわさを聞かない姫だ。評判の悪い理由が、今のやり取りで分かった。

 ルイーズはフィリックスに、バイオリンと弓を手渡す。次に、彼の周囲にいる女性たちに、見下すような視線を投げかけた。私を含め令嬢たちは、むっとする。しかしルイーズは王女だ。私たちは静かに、ルイーズとフィリックスから遠ざかった。

「あなたを歓迎するためのパーティーなのに、騒がしいスズメたちが多くてごめんなさい」

 ルイーズは不快なソプラノの声で、フィリックスに謝った。謝罪の形を取っているが、フィリックスを囲んでいた私たち貴族令嬢に対する嫌みだった。王女の言葉に含まれた毒が分かって、フィリックスも軽く顔をしかめる。

 ルイーズはなぜか、私をじっと見てきた。注目される理由が分からなくて、私はまゆをひそめる。

「派手な髪の色。そのくせ、ドレスは地味で。あぁ、はずかしい。田舎じみたセヴァーン王国の娘までいるわ」

 王女はくすくすと笑う。私は、かぁっと顔が熱くなった。ルイーズだけではなく、私の周囲にいる令嬢たちも笑いだす。

「あの子、知っているわ。混血児でしょ」

「ロワール王国語が話せない、と聞いたことがあるわ」

 私の父はこのロワール王国の貴族だが、母はセヴァーン王国人だ。私は母に似て、明るい茶色の髪をしている。「セヴァーン王国は野蛮な国で、男たちはみんな海賊」と勝手に思いこまれて、同情されることもある。

 私は今、比較的、シンプルなデザインのイブニングドレスを着ている。豪華さでは、王女やほかの令嬢たちに劣る。しかし、ここまで露骨にバカにされるとは。さすがに言い返すべきだろう。でも相手は王女だ。私が悩んでいると、

「気が変わりました、ルイーズ王女」

 フィリックスは、にっこりとほほ笑んだ。けれど声は低く、彼が激怒していることが分かる。私のために怒ってくれているのだ。

「ターヤ王国の曲をいくつか披露するつもりでしたが、ここには私よりすばらしい弾き手がいます」

 彼は、私の方に近づいてくる。王女と令嬢たちは驚いて、私を見る。

「マデリーン。俺の小鳥。会うのは二年ぶりだ」

 彼は優しくほほ笑んだ。昔と変わらない笑顔に、私は懐かしくうれしくなった。ターヤ王国で暮らしていたとき、彼はいつも親切だった。フィリックスは私に、バイオリンを差し出す。

「さぁ、弾いてくれ。君は、わがターヤ王国の宝、フランツの愛弟子だろう?」 

 私を励ますように言う。大陸一のバイオリン奏者とも言われるフランツの名前に、王女も令嬢たちもざわめいた。彼の名前を出されると、下手な演奏はできない。恩師の顔にどろを塗ることになる。私はフィリックスから、バイオリンを受け取った。

 彼が見守る中、私はバイオリンを構えて、周囲を見る。さっきまでと、誰もが私を見る目がちがった。もう誰も、私をバカにできない。笑うことも許されない。私はバイオリンの弦に弓をこすり合わせて、弾き始めた。

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