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剣と迷宮と異世壊と  作者: 橘 乙人
初章 冒険者になった理由
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1話『俺と仲間と平穏と』

 ばら撒かれている肉片を貪る黒い影が3匹。野犬や狼の類ではなく、れっきとした魔物である。

 その証拠として眼が怪しい黄光を孕んでおり、雫が垂れるように黒い瘴気が漂っているのが見える。むしゃむしゃ肉を食っていてもその飢えと渇きが満たされることなどはなく、喰い終わればまた別の肉を探すだけだ。


だから、ここで殺す――


「準備はいいか?」


「無論だよ」


 ハゲた男と白髮の青年が互いに頷きあう。狼型魔物の捕食が最高潮に達した瞬間、背後から頸を落とした。、


「しゃあっ!」


「楽な仕事だなっ!」


 首が斬り落とされた骸が風に吹かれた砂山のように崩れていき、ゆっくりと綿毛が巻き上がるように粒子が天へと登っていく。

 3体の骸があったその場には、水晶のように先が透けていながら、暗い色がついた石が残っていた。


「ヴェルト。これ忘れんな」


「あ、忘れてた忘れてた。これ無いとだめなんだよな」


 ヴェルトと呼ばれた青年がその石を拾い上げて腰につけた袋に入れる。

 この石は魔石と呼ばれている。魔物の核とも言える非常に重要な器官であり、特定のルートで高く捌くことが出来る。それをなんとなく知っているヴェルトは大切そうにそれを持ち帰った。


 ◇

――リーカントの村――


 ヴェルトらの暮らすリーカントの村は、村と言うには少し発展している。

 宿や酒場が揃っているので農村と言うには施設が揃っている印象を感じる。これはこの村がかつて観光資材に豊富な宿場町だったことが関係している。今では寂れているがそれでも残っているわけである。


 ヴェルトはそんな村に唯一存在する自警団に所属している。自然発生するようになった魔物を討伐したり、普通の犯罪者を捕らえるのが仕事だ。


 ヴェルトが自警団に入ったのは今から5年ほど前。兄のように慕う昔馴染の後を追うように入団した。

 今ではその昔馴染が団長の地位にあり、ヴェルトも優秀な団員として活動していた。


 団の仕事が終われば拾った石を事務担当に引き渡し、使った武器なども引き渡す。そうして1日の仕事が終わったら自由時間だ。ヴェルトにとっては気楽な仕事だ。


「そうだ。ちょっと帳簿見せてくれないか?」


 出納を管理するメンバーにそう言ってヴェルトは帳簿を確認した。中には各団員への報酬や定期的な宴への支払いをまとめた支出と魔石を売った収入などを比較する収支が記されている。これを見るにそれほど膨大ではないものの黒字であるらしい。ヴェルトは指を折りながら何かを思案していた。


「これ、借りていいかな?」


 そう言って出納表を見せるヴェルト。会計担当は少し考えながらも、明日の朝には戻しておけとだけヴェルトに伝え、別の作業に取り掛かった。


 ◇


 自警団の名は【白い猫団】。この地域において白猫は“最後に残るもの”という意味を持っている。

 任務の成功より生存を優先するという矜持を示した団名であり、これは団長であるザイル・ロドリスが決めた。


 そんなザイル団長はいま何処か――。答えは集会酒場【猫髭亭】である。

 白い猫団では定期的に祝会と称した宴が催される。団員総勢20名が夜更けまで酒を酌み交わし、料理を堪能する盛大な宴会である。

 今日もまたその宴が開かれている。猫髭亭の最奥席で酒を舐めながら肉を噛み締めているのがザイルだ。


「ザイル団長。少しよろしいでしょうか?」


 一人の青年、ヴェルトがザイルに問いかける。その片手には何枚かの書類が抱えられていた。それに視線を向けたザイルは一口だけ酒をあおった。


「そうだな。2階へ行こう」


 ザイルは酒を起き、掌で机によりかかるようにしながら立ち上がる。少し態勢がぐらつくがヴェルトがすかさず支えた。


「悪い、ヴェルト。飲みすぎたみたいだ」


「じゃあ…明日にでも」


「大丈夫大丈夫。意識はハッキリしてるから」


 ペチペチと頬を叩く、意識をハッキリさせるような仕草を見せたザイルに微笑み、しかしすぐにその表情を直したヴェルトは、ゆっくりと酒場の2階へ向かった。


 ◇


「しかしまあ……皆の前だからって敬語じゃなくていいんだよ?」


「いや、そうなんだけどさ。なんか……やめるタイミングを失ったって言うか……」


 二人きりになった途端、ヴェルトの口調と声色がやわらかく砕けたものになった。本来的にはこちらの口調がヴェルトのもの――少なくともザイルはそうであると認識している。


「もう皆うっすらだけど気付きはじめてるんだから。いいんじゃないか?」


「うん……そのうちね」

 

 それだけ伝えたヴェルトは話題を切り替えるように手元の資料を展開した。

 それは会計担当のまとめた出納表と、ヴェルト自身が新たにまとめ上げた何らかの図表である。赤字で分かりやすく表されているのは、ヴェルトがもつ生来の生真面目さ故と言えよう。

 その資料に目を通したザイルはまず驚いた。ヴェルトは己の想定より大きなことをやろうとしていると。最初に感じた印象はそれである。


「そこに書いてあるのは俺が纏めたこの団の事業計画と今後の提案だ。分かりにくかったら謝る」


「いや……理解し(わかり)易いよ。続けて」


「見ての通り、この団は現状黒字を出しているし、討伐した魔物を見ると相当レベルが高い。そして何より、この戦力が20人近い構成員で成り立っていることも強みなんじゃないかと思ってるんだ」


 魔物狩りは単独で任務に参加することが多い。故に複数人の構成団体では、頂点に位置する構成員と下層の構成員とのレベルが著しく離れていることも多い。

 その点、白い猫団はそれぞれがある程度単独で魔物に対応できるだけの技量を持ち合わせている。このため構成員がそれぞれ休息を取ることができ、効率的な任務遂行が出来るわけだ。ヴェルトはこれに目をつけ今回の提案を考えた訳だ。


「今の俺たちであれば、きっと王都に行っても上手くいくと思う。そりゃお金も掛かるよ? でも蓄えは充分あるんだ。ほら見てよ」


「そうだね。これだけあれば王都に行ってもしばらくはやってけるね」


「そう! ギルドに行けばもっと稼げるはずなんだ! そしてお金が稼げれば、この村をもっと便利に繁栄させられる。俺はこの村が無くなってほしくないんだよ!」


 机を強く叩きながらそう熱弁するヴェルトに向かう視線は密室ゆえにひとつだけ。

 ザイルの瞳は少し潤みながらヴェルトと書類を往復するようにキョロキョロと動いている。


 大きく深呼吸をして、ザイルは口を開く。


「ヴェルトの話はよくわかった。考えておくから、今日はもう休みな。皆と酒飲んでこい」


「わかった。でも行くなら早くだぜ? 冬になったら食料も値上がりするから!」


「冬まではまだ四月あるだろう。落ち着きな」


「ああごめん……ふぅっ、深呼吸…深呼吸……」


 ヴェルトは二度、三度と深呼吸をして落ち着かせると、ザイルを置いて部屋から出ていった。

 一人残されたザイルは、頭を指で撫でながら机に置かれたままの資料に再度目を通すのだった。

 

 

 


 

 

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