7話 シリアス展開はTKGのあとで
炊いたご飯に新鮮な卵を一つ割り、乗せる。しょうゆを一周かける。それだけで、究極が完成する。
「はい!ご飯と卵としょうゆ!」
テーブルに出されたのはこの3つです。この3つで出来て、かつ簡単…そして美味しい…素晴らしいことこの上ない。皿の縁で卵を割り、ご飯の上に乗せる、生み出された宝玉は黄金の輝きを放っています。右手に持った箸で黄金色の黄身を割り、軽く混ぜます。そして、しょうゆを適量かければ、後は口に放り込む!
「美味しい!最高!」
「やっぱりTKGは最高だね!」
「うむ、うまい。やはり生命をよく感じる」
律さんの言っている意味はよくわかりませんが、おそらく感動を覚えているのでしょう。無理もありません。こんなに美味しいのですから。
「ふぅ…ごちそうさまでした」
「調子に乗って4杯食べちゃったよ。後で運動しなきゃ太っちゃう」
「高音さんはもうちょっとあったほうが良いんじゃないですか?」
「いやいや、だってもう体重が…いや!律さんがいるのにそんなこと聞かないで!」
高音さんは顔を赤らめ、体をよじらせながら、悶えています。デリカシーのないことだったかな…?
「久しぶりに腹が満たされた。感謝する」
高音さんが一息つき、調子を整えたあと、元気な声で言います。
「このくらいいいよ!さて、そろそろ行こう!」
「わかった、今起動準備をする。少し待ってくれ」
律さんは空で何かを操作する素振りを見せます。真剣な表情ですが、こちらは何も見えていないので、少しシュールな光景です。
「…さて、第一段階完了。次に第二段階、酔灯、場所をなるべく細かく頭の中で描写してくれ」
「わかった…学校…門…校舎…教室…グラウンド…」
律さんに指示されたあと、高音さんが顎に手を付け、ブツブツ言っています。今、自身の通っている学校を想像しているのでしょう。
「門辺りでいいか、よし、出力…座標設定…精度上昇…光力満タン…第二段階クリア、第三段階、次元歪曲開始!」
大きな穴のようなものが突然現れました。これが移動できるやつでしょうか…?
「まだ入るなよ、向こう側への次元の穴をあけなければ、次元の果てに飛ばされるぞ。そこには何もない。正しく光も届かない」
「はー…なんか怖いですね…あれ?でもそれで穴をあけてもらえば良いんじゃないんですか?」
想像を終えた高音さんは首を傾げる。
「不可能だ。そこは次元の果てと言っているが、次元とも呼べない無の世界だ。光は次元だ。光がなければ歪みは作れない。この光世界からの完全な別れを意味する。永遠のさようならをお望みなら入ればいい」
「そのつもりはないので遠慮しておきます…」
「そうか。よし…準備オーケー…そうだ、紫香楽宮はどうするんだ?」
想定していないことを聞かれ、キョトンとしてしまいました。
「そういえば…私学校にいこうとして…」
「…お前の親御さんは?」
「…わからないんです」
訝しげな顔でこちらの様子を伺ってきます。
「わからない?」
「なぜか両親のことと、家を思い出せなくて…」
「……」
高音さんも疑問を口にします。
「紫香楽宮なんて名字の人は中々いないんだから、探せば」
「いませんでした」
「…は?」
「一度道行く人に聞きながら相談所にいって調べてもらったんですが、今この世界に紫香楽宮という姓の者は存在しないと。他の種族や、昔の記録、すべてを辿っても紫香楽宮は存在しないんです。」
「じゃあ、お前は誰なんだ?その記録にないということはお前の姓も違うはずだろ?顔認証システムを使えば、この世界に登録されている者の素性がわかるはずだが?」
「………私は、データバンク上に存在していませんでした。では、この記憶にある思い出は、名前は、一体何なのでしょうか?私は…一体」
「わかった…嫌なことを思い出させてしまって、すまなかった」
ずっと無言で話を聞いていた高音さんも辛そうな顔をしています。
「いえ…それより、時間を取ってしまいましたね。学校に行ってきてください。遅刻しては大変ですから」
と、心配をかけまいと笑顔を作ります。高音さんも軽く微笑み返してくれました。
「…いくぞ」
「…はい」
高音さんがコクリと頷き、穴の中に入っていきました。
「…いってらっしゃい」
「いってくるね!」
と、まだ穴の中にいるであろう高音さんから返事が返ってきて、少し驚きました。しばらくしてから
「…よし、無事に着いたようだな。俺はやることができた、お前はどうする」
「そうですね…とりあえず散歩でもしてきます」
「わかった。あまり遅くなるなよ。お昼には帰ってこい」
「わかりました」
彼女は紫香楽宮 柴。他のゾンビよりちょっと訳アリな、普通の女の子である。