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美しい橋

作者: 三島縞






これは、今はもう無い島の話だ。







その島は、フェリーに乗って暫くするとひっそりとあった。

小ぶりな島で、一周するのに半日と掛からない。大きな山はなく、森林公園のような小さな森があるばかりだ。島民の主な仕事は漁師で、海に出るには漁港に出る他ない。民家はちらほらと建っており、塀などが無い為どこから何処までがその家の土地なのかよく分からない。コンビニなどは勿論無い。よくある田舎の離島である。



しかし、この島にはひとつ不思議なものがある。

橋だ。

ちょうど島の真ん中に小さな池がある。正式には沼である。沼というと濁っていてドロドロした泥沼を想像するが、この沼は綺麗だった。深い群青の色をしている水だったので、島の人たちはそれを池と呼んでいた。その池は小さく、反対の岸まで50m程しかない。

その池には橋が掛かっていた。木材で出来ているシンプルな橋で、真っ直ぐ対岸に伸びていた。子供心ながら地味な橋だなぁと思っていた。

だが、この橋は特別なものらしく、祖母はいつもにこにこしながら橋を差して、


「あの橋はね、お婆ちゃんのお婆ちゃんが子供の時からあるんだよ」


と教えてくれた。

祖母だけではなく、他の島の人々にとっても特別で愛され大切にされている不思議な橋だった。

島民は何かあるとこぞって橋に行く。例えば七五三に入学や卒業、手術前や弔事、お盆とお正月など。そういったものの他にも、待ち合わせや集会に誕生日、告白や別れ話もそこでしたという話も聞いた。人生の節目から何気ない日常にまで、橋は島民の居場所になっていた。



今でも覚えているのは祖父から聞いた、祖母が私の父を身籠った時の話だ。

祖父はこの島の出身ではない。本土からの移住者である。祖母が本土に出た時に知り合い、祖母の実家に挨拶に島に来た時に祖父曰く「ビビッと来た」そうだ。島の人々は皆穏やかで、自然も多く、多少の不便はあれど魅力的だったと聞いた。特に橋に惹かれたそうだ。橋を見た時に、ここを安住の地にしようと決めたのだった。祖父のような移住者は何人かいて、どの者も移住の決め手は橋だと聞いた。

祖父が島に移り、祖母との結婚生活が始まり1年程した頃、第1子である私の父がお腹に出来た。2人は痛く喜んだが、祖父は産まれるまでの間不安だったと言った。

祖母が毎日橋に行くのだ。

祖父が仕事から帰り、家に誰もいないなと思うと祖母はいつも橋にいた。身籠ってから雨の日も雪の日も、つわりが激しかろうが橋に通っていたそうだ。そして特に何をするでもなく、橋の周りをうろうろとするのだった。

祖父は身重の祖母の体を案じ、余裕がある時はいいが毎日橋に行くのはどうなのかと彼女に問うと、


「気が付くと、橋に行ってるのよ。ふと、時間があまると橋に行ってしまうの」


と本人も不思議そうに言ったそうだ。

祖父はその時、寒気のようなものを感じたそうだ。橋に呼ばれている、と彼は言った。

祖母以外にも妊娠すると橋に行く女性は多く、その島の伝統のようになっていた。橋に行けば何人子供が産まれるか分かると言われる程だった。元々の島の住民にとってはよくある光景でも、祖父のような移住者にとっては少々奇妙で時折恐怖に近い何かすら感じたそうだ。

父が産まれると、祖母は毎日行っていた橋通いをぱたりとやめた。祖父はそれに安堵したが、やはり薄気味悪さがあったという。

祖母が第2子の父の妹、私の叔母を妊娠すると、祖父はまた不安になった。幼い父の手を引いて橋に向かおうとする祖母に、半ば懇願のようにもう橋に行くのは控えてくれと言った。祖母は目を丸くして暫く黙っていたが、毎日行く事はないわね、と返した。幸い小さな父の面倒をみる事にも忙しく、父の時よりも橋に行く頻度は格段に減ったのだそうだ。

この話をする時、祖父はいつも神妙な顔をしていた。

私はこの話が好きで、島にあるこの橋を人を惹きつける何か神聖なもののように思っていた。




私がまだ子供の頃、毎年お盆とお正月の時期に島の祖母の家に泊まりに行っていた。

いつも両親と私と弟の4人と親戚の叔父さんも一緒にお邪魔していた。この叔父は祖父方の親戚で、島には住んでいなかったが橋をとても気に入っている人だった。長期休みがあると、いつも1人で橋を見に島に来ているようだった。

私の父と母はこの島の出身だが、就職により島を離れた。2人もこの叔父のように定期的に島に帰っていたのだが、私達が産まれてからは年に2回

、お盆とお正月のみの帰郷となっていた。

私達は叔父にとても懐いており、島で会う度に遊んでもらっていた。明るく時折り子供のように私達とはしゃぐ叔父と遊ぶのは楽しかった。

ある時、叔父と私と弟の3人で橋に行った時に、叔父さんの奥さんや子供達は島に来ないのか、そんなにしょっちゅう橋を見に来るのならいっそのこと島に住めばいいのに、と言った事がある。

その時叔父は、


「叔父さんが家族を此処に連れてこないのはね、帰る所を作る為だよ。ここの橋はとても素晴らしいけれど、やっぱり自分の家族ほどでは無い。叔父さんは橋が好きだけれど、何もかもを橋にとられたくはないんだ」


と言った。

まだ幼かった私達には、その時の叔父さんの言葉をよく理解する事は出来なかったが、こんなに大好きな橋よりも家族が1番なんだなぁ、叔父さんの家族とも遊んでみたいなぁと弟とひそひそ話したのを覚えている。







私が小学校6年生の時、暑い夏の日だった。

その年も例によって家族総出で島の祖母の家に来ていた。祖父は3年前に亡くなっていた。その頃から祖母が橋に行く事が増えた気がする、と叔父が言っていた。私の両親はそれ程心配はしていなかった。


「おじいちゃんがいなくなって寂しいんだよ。でも、此処には橋があるから大丈夫だよ」


両親の言う通り、祖母は橋があるから大丈夫だった。祖父の話をしたりしてしんみりとなると、祖母はすぐに橋に向かった。暫くして帰ってくると、にこにこと穏やかに微笑むいつもの祖母に戻っているのだ。

祖母の微笑みを思い出すと、そういえばこの島の住民は皆同じような笑顔をしていた事に気付いた。どの島民も、柔らかく穏やかで何処か慈愛を込めた様な微笑み方をしていた。

私の両親もそうだった。何か叱られたわけでも後ろめたい事が無くても、その顔を見ると許されていると感じてとても安心した。私達は、両親のその微笑み方が大好きだった。



その島では、お盆にお祭りをやっている。勿論、橋を囲む様に屋台が並ぶ。橋はここぞとばかりに飾り付けられ、提灯やら電球やらで派手に光るその様子は人々の心を踊らせた。

私はお祭りの時の橋がお気に入りだった。弟と一緒になって、ぴかぴかと光る橋を何度も往復した。

お祭りは3日にわたって開催された。私達は毎年3日間お祭りに足を運んだ。

この島のお祭りには、うちわが必要になる。しかも、それぞれの家庭で手作りしたうちわだ。うちわの骨は使い回しだが、地紙を毎年貼り替える。

祖母は布の端切れや、着られなくなった服の生地などを使って、うちわを作ってくれた。毎年柄の違ううちわをいくつも用意して、それぞれが気に入ったうちわを選ぶ。そのうちわも楽しみのひとつで、私はお正月よりもお盆に島に行く方がうきうきした。



この年も祖母が沢山用意してくれた物の中から選んだお気に入りのうちわを片手に、弟と叔父さんとはしゃぎながらお祭りが始まるのを心待ちにしていた。お祭りが始まるのは17時からだ。まだ小学生である私達が夕方を過ぎても外で遊んでいられるという非日常に興奮を抑えられず、午前中からドタドタと庭を走り回っていた。

祖母と両親は、にこにこして家の中から私達を見ていた。

すると、私と同じ年頃の女の子が庭に入ってきた。ご近所に住んでいるマミちゃんという女の子だ。マミちゃんはピンク色の可愛い浴衣を着ていた。


「この間来た、うちの叔父ちゃんに貰ったの。本土で買ってきてくれたんだって」


マミちゃんは浴衣の袖を広げて嬉しそうにくるくると回ってみせた。

わたしは無言で叔父さんをちらりと見た。

叔父さんは口の両端だけを器用に吊り上げた。目は笑っていなかった。

私は祖母にねだる事にした。


「おばあちゃぁん、私も浴衣着たい」


そういえば、私はこの島のお祭りに浴衣を着て行った事がなかった。ますますマミちゃんが羨ましくなった。


「そんなに綺麗なものはないけれど、杏奈のお古で良ければそれならあるよ」


杏奈は父の妹の事だ。その洒落た名前に憧れたのを覚えている。

お古でも着たいと言うと、父が物置に浴衣を探しに行ってくれた。

麦茶でもいかが、と庭にいるマミちゃんと私達を縁側に座らせて母は台所へ向かった。

もう橋を見に行った?まだ見てない、などお喋りをしていると、突然何処かから男の人の大声が聞こえた。



「橋が崩れるぞ!」



こんな大きな声は初めて聞いたという程の大声だった。

更に驚いたのは、その声を聞いた途端、側に座っていた祖母が急に立ち上がって外へ走り出した事だ。

さっと縁の下にあったサンダルをつっかけると、今まで見たことのない早さで走っていった。

続いてマミちゃんも祖母の後を追う様に走り出した。

縁側に取り残された私と弟と叔父さんは、揃ってぽかんとしながら2人の背中を眺めていた。

すると、家の奥から父が出てきた。父も祖母たちと同じく一目散に外へ走っていった。

遅れて母も皆んなに続いて飛び出ていった。

両親が何処かに急いで出て行ったので、さすがに私達姉弟も何事かと焦り出して後を追った。叔父さんも慌てて着いてきた。

周りを見ると、島民達が至る所から同じ方向へ向かって走っていた。

その先は、橋だった。

皆んな口々に、橋が崩れる、橋が崩れる、と言いながら島の中心である橋に向かって急いでいた。

それを見て、皆んな島に呼ばれている、と私は思った。

私は弟の手を引きながら、両親を見失わない様に努めて追った。


もうすぐ橋が見える、その時ふと父が足を止めて振り向いた。父は、自分の後ろを少し遅れて走る母に手を差し伸べた。

私はその時の彼らの姿を、今でも鮮明に思い出せる。

父の顔は、島民特有の微笑よりも穏やかだった。この世の幸福そのもののような満面の笑みで母に片手を差し伸べている。

その手を取る母の後ろ姿は、少女の様に弾みながらきらきらとして見えた。

母の着ている白いワンピースが夏の太陽に照らされて、まるで2人が輝いているようだった。

周りのざわめきは何故か消えて、蝉の声だけが聞こえた。

とても美しい光景だった。




その時、叔父さんに肩を掴まれた。


「君達はいけない。君達は行ってはいけない」


叔父さんの言葉に私は我に返った。他の島民の声も聞こえてきた。

私と弟は叔父さんに連れられるまま、踵を返して漁港へ方向を変えてた。私は弟を抱えるようにして走った。

振り返ってみたが、両親の姿はもう見えなかった。

漁港へ行く道すがら、橋へ向かう島民達と何人もすれ違った。

どの人も皆んな笑顔だった。

私達のように漁港に急ぐ人々は数える程しか居なかった。漁港に着くと、いくつかの手漕ぎのボートを急いで出して乗り込んだ。

ボートが港を離れた時、叔父さんが小さな声で呟いた。


「崩れた」


ここからでは橋は見えなかったが、ボートに乗っている全員が同じ事を思っていた。

橋が崩れた。




島から逃れたボートの人々は、どれもたまたま近くにいた漁船や救助の船に助けられて無事に本土へと着いた。

私と弟は始終放心していた。叔父さんが代わりに色々と面倒を見てくれた。

私達は自分の家には帰れず、叔父さんの家に連れていってもらってそのまま叔父さんの家の子供になった。

叔父さんの奥さんと双子の可愛いお姉さん達が迎えてくれた。3人ともぼろぼろ泣きながら私達を囲んで、大丈夫だよ、と言ってくれた。

私達は叔父さんの大切な家族に会えて嬉しかった。けれど、段々と心細くなってきた。

何日何ヶ月と待とうと、両親も祖母も戻ってこなかった。




それから10数年が経った。

私達姉弟は叔父さんの家を出て、それぞれ暮らしていた。

あの島は、橋が崩れると同時に海に沈んだらしい。

それを知ったのは高校に上がった時だった。気付いてはいたが、それはつまり私の両親も祖母も海に沈んだという事だった。

私と弟は時々2人で会う。今は無い島の話をしたりする。


「あの時の2人、なんか綺麗だったよね」


唐突に弟が伏し目がちに、そう呟いた。

私だけではなかったのか。弟もあの光景に美しさを感じていた。

今の今まで、あの時の両親の話をした事がなかった。弟の言葉を聞いて、彼も同じ様に思っていた事に少しの驚きと、何故が心の荷が降りた様な感じがした。

ずっと私は不謹慎な気持ちがしていた。知り合いや親戚は私達を可哀想だと言うし、友達は腫れ物に触るかの様だった。

両親と祖母をいっぺんに亡くして悲しくない訳は無い。しかも、あの3人は私達よりも島を選んだ。私達と生きるよりも、あの島と、あの橋と海に沈む事を選んだのだ。私達はあの橋に勝てなかった。

だが、あの時の両親を思い出すと、悲しみよりも先に感動に近い心を揺さぶられる様な感覚の方が強いのだ。何故なら、彼らは決して不幸では無かったと確信できるからだ。あの時の島民達や両親の様子を思い出すと、彼らが不幸に沈んでいったとはとても思えない。皆んな、まるで橋と一緒に崩れ去るのを待ちに待っていたかの様だった。それはあの時間近に居たからこそ、私の皮膚から直接感じられたものだった。

あの様に逝けるなら、本望だったに違いない。





私は今でも時々、あの時の島の事を夢に見る。特に鮮明に見るのは、両親の姿だ。

それは色褪せる事がなく、眩しく光る2人の最後の姿を見る度に、私はその夢に心を奪われながら目を覚ます。


あれ程の美しいものが、この世にあるだろうか。

何年経とうと、どれだけの物を見ようと、あの時の2人を超える程の美しい光景は、未だない。







.



実際に見た夢をお話にしました。

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