「第4回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」参加作品シリーズ
その缶コーヒーが冷めるまでは
「……チッ、しくじった」
さすがにわかる、これは助からないと。
穴の開いたワイン樽みたいにドクドクと流れ出る赤い液体。
立っているのが辛い。路地裏の自販機脇に腰を下ろす。
思えばクソみたいな人生だった。
ガキの頃から盗みは当たり前、大人になってからは殺しだって両手で足りないほどしてきた。
生きるためといえば聞こえは良いが、他に道が無かったわけじゃない。
俺が選んだ生き方。クズは最後までクズ。ゴミのようにくたばるのがお似合いってことだな。
「おじさん、大丈夫?」
……女子高生か。好奇心は猫を殺すって学校で習っていないのか?
「大丈夫に見えるか?」
「うーん見えないかな。救急車呼ぶ?」
「いや、いい。どうせ助からないからな」
「……そう」
猫みたいなくりっとした瞳。少し跳ねた襟足が余計にそう思わせる。
「お嬢ちゃん、早く行ったほうが良い。面倒事に巻き込まれたくないだろ……」
「お嬢ちゃんって……何時代の人よ。最後にしてほしいことあるなら聞くけど?」
はは……この子は俺の死神……いや……天使なのかもな。最後にご褒美もらえるようなことをした記憶はないが。
「熱い缶コーヒー……財布はコートのポケットに入っている」
いよいよお迎えが近いのか、寒くて震えが止まらない。
「良いよ、ちょっと待ってて」
視界がぼやけてきた。
「はい、甘ーいミルクコーヒー」
……俺はブラック派なんだけどな。
「……ありがとう、あったかいよ」
そう言えばこの子の名前も知らない。知ったところでどうしようもないが。
「……まだ……そこに……居るのか?」
もう何も見えない。かすかに感じる缶コーヒーの熱だけが俺とこの世界を繋いでいる。
「うん、一緒に居てあげる、その缶コーヒーが冷めるまでは」
「……変わってるな」
「よく言われる」
「じゃあね、おじさん」
缶コーヒーと同じように冷たくなったおじさん。
「……馬鹿な人。猫をかばおうとするなんて」
チャンスはあの一瞬しかなかった。
この世界で優しさは命取りになるって、学校で習わなかったのかな……
「コーヒーは私の奢りだよ、おじさん」
まあ……私も人のこと言えないかもね。